攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第8章

第51話 開店! ごろつき豆腐店

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「いらっしゃいませ~」
「お豆腐、一丁貰えるかしら?」
「ゴーロ!」
「あいよ!」
「ありがとうございました!」


 中天からこちらを応援してくれるように輝く太陽の光を受け、汗を弾けさせながら俺たちは破顔した。

 ごろつき豆腐店、ここに開店である。



 *****



 あれから実際に開店に漕ぎ着けるまで、結局二ヶ月ほどかかってしまった。

 その間に主にやっていたのは、豆腐の研究だった。

 どこの農場のひよこ豆が良いか、水の量はどのくらいが良いか、加熱時間はどのくらいが最適かなど項目は多岐に渡る。



 販売する側がその味を知らないというのもおかしな話なので、三人と一緒に作り、振るまったところこれが大好評だった。


「豆がなんでこんな……!」
「酒! これは一杯引っかけたくなる味だな!」
「さっぱりしているようで濃厚。濃厚なようで、さっぱりしている。この舌触りといい、不思議な味わいだ」


 そう言って、彼らは自ら進んで豆腐の研究に取り組んだ。

 その過程で思わぬ副産物を得る事が出来たのも快挙と呼ぶに値する出来事だろう。


「これを食ってると、故郷のアレに合うんじゃねぇかって思えてくるんだよな」
「故郷?」


 四人で出来上がった豆腐を味見していると、ツァハリスがおもむろにそんな事を言い出した。

 顔を見ればどこか遠くを見て昔を懐かしむような、穏やかな表情をしている。


「ああ。ツァハリスは南領の東側の、アクロイド国との国境沿いにある集落の出身なんだよ。ちなみにゴーロは北部出身だよ」
「みんな出身地はバラバラなのか……。それで、アレっていうのは?」


 横から解説してくれるキーファの言葉に頷きながら、俺はツァハリスに話の先を促した。

 ごろつきとなる前の三人の話にも興味があるが、ツァハリスの言う『アレ』が妙に気になる。

 勿論、ツァハリスの事だからアレの正体が酒という事も十分にあり得るけれど。


「さっきもキーファが言ったけど、俺の生まれた村は国境沿いにあるせいで言葉とか文化が隣の国と入り混じってるんスよ。それで村で日常的によく使われていたものに、万能調味料・ウスターソースっていうものがあるんスよ」
「ウスターソース!」


 雷が俺の上に落ちた。

 バルトロメウスではないので、これは比喩の方だ。

 それだけの衝撃を受けた。


 ウスターソース。

 懐かしい響きだ。

 まさかこっちの世界でその単語を聞く事が出来るとは思わなかった。

 甘辛くて、野菜の旨味がしっかりと効いていて、さらりとしたあのソースは揚げ物との相性が抜群なんだよな。


 あれ?

 でもなんで豆腐にウスターソース?


「こっちに来て最初に驚いたのが、ウスターソースがない事だったなぁ。塩もいいけど、あれの方がもっと旨い気がするんスよね」
「それってどんなソース?」


 首を傾げる俺にツァハリスは魚を数ヶ月ほど塩漬けにして出来た液体をベースにスパイスなどを加えて作るソースだと教えてくれた。

 よく話を聞いてみると、どうやら俺の思っているウスターソースとは別物らしい。


 確かに、魚は海に面した南領の特産物の一つだった。

 そう思う一方で、彼の話から俺はあるひらめきを得た。


 魚を塩漬けにして作るソース。

 魚醤と呼ばれるものが前世の世界にもあった事を思い出す。


 それまで俺は豆腐を塩で味付けしたり、サラダに混ぜたりして食べていた。

 大豆の豆腐より、ひよこ豆の豆腐は豆の味が濃いから味付けはほんの少しで良かった。

 それでも豆腐と言えば嫌でも思い出すのはやはり醤油の事だが、そんなものは当然ここには出回っていない。


 かと言って、素人が醸造に手を出すのは危険だと思った。

 一般的な醤油が大豆を主原料にしている事くらいは知っているが、麹に関する知識はない。

 要は何らかの菌を用いて発酵させるのだろうという見当はついたが、そこから一歩踏み込んだ領域、実際に何の菌を使うのかなんて皆目見当もつかない。

 菌という分野に、生活雑菌の中から手当たり次第試すのも憚られて結局泣く泣く醤油を諦めていたのだ。


 魚醤は臭みが強いが、味も見た目も醤油に近いと聞いた事がある。

 作り方もそんなに複雑ではなかった筈だ。

 瓶の底に塩を敷き詰め、生魚もしくは干物を入れて上からさらに塩を被せ、通気性の良い蓋をして重石を乗せそのまましばらく放置、発酵によって生じた液体を漉すだけだった。

 海外トラベル系のテレビ番組でアジア諸国の文化として紹介しているのを見た事がある。

 魚の内蔵に存在する菌で自然発酵するだけだから、危ない実験をする必要もない。

 試す価値はあるな。


 翌日からツァハリスを中心として魚醤の試作と彼の出身地で常用されているウスターソースの入手に取り組む事になったのは言うまでもない。



 その他もやるべき事はたくさんあった。

 お店を安定して経営するには、複数の農家と原料であるひよこ豆の優先供給の話を取り付けたほうが良いだろうという事で、身綺麗にしたキーファとカーヤさんと北領を駆けずり回った。

 一件とではなく複数の、しかもそれぞれ異なる地域の農家と契約を交わすのは、天災や人災を睨んでの事だ。


 その際、ブロックマイアー公爵の口利きが大変助けとなり、三件と取引をする事になった。

 仕入れの量に関しては、商品の売れ行きや経営状況を見て調整していくつもりだ。


 最初はあまり大規模に店を構えて失敗したら怖いので出店の形を取る事にしたのだが、屋台の骨組みを作る段階で活躍したのが、ゴーロだった。

 どこからか廃材を抱えてきたかと思うと、トンテンカンとあっと言う間に作り上げてしまったのだ。


「そんな技術があるなら何故今ままで……いや、何でもない」


 得意満面にサムズアップをしてくる姿を見て、大いなる疑問が飛び出しそうになるのを俺は何とか飲み込んだ。

 誰にだって触れられたくない過去の一つや二つくらいあるだろう。


 かく言う俺だって、未だに頭の中で幅を利かせている乙女ゲーム言語や、前世の黒歴史については二重の意味で触れられたくない。

 あれは接触禁忌だ。



 それからもう一つ。

 忘れてはならない一大イベントがあった。

 そう屋号の命名だ。


 なんというか大方の予想通り、三人は揉めに揉めた。

 その争いの中で出された案は『ゴーロと愉快な仲間たち』だの、『魅惑の薄黄色』だの、『俺の角に頭をぶつけて逝け』だの、『空飛ぶ眼鏡ブリレ』だの、はっきり言って意味不明なものばかりだった。

 中でも極めつけはツァハリスの提案した『神々の休息と混沌の楽園』だ。

 彼は中学二年生なのだろうか。

 もちろんそれらは軒並み却下された、俺に。


 ブーブーと三人揃ってブーイングをしながら、じゃあ何が良いのかと逆に聞かれ、こんな時ばかり結託するんだなと俺は不平じみた感想を抱きながら、少し考えて口を開いた。


「ごろつき豆腐店、なんてどうかな?」
「豆腐はそのままだが、ごろつきとはどういう意味なんだ?」
「ゴーロたちの名前から文字を拝借したのと、遠い異国の言葉でたくさん転がっている様を表すんだ。うちの豆腐のラインナップに寄せ豆腐があるでしょう? それがちょうどそんなイメージかなって」


 俺の説明を聞いた三人は『ごろつき』という単語を口の中で何度も繰り返した。


「俺たちの名前が……!」
「やったぞ、俺は二音も入っている!」
「ゴーロだけズルいぞ」


 騒いで回る三人はまたも低次元な言い争いを繰り広げる。

 お前たちは小学生か。


「異議は無いみたいだね」


 やれやれと呟いて、やっと決まった屋号を書類に書く。

 申請手続きのために父上に提出しなければならないのだ。


「あっ! でもこれ、親分の名前が入ってないッスよ?」
「うん? ああ、まあ俺は豆腐の『と』がアルフレートの『ト』って事でいいんじゃないかな」
「親分適当だな……」
「書き直したくないんじゃないのか……?」
「何か言った?」
「何でもないッス」


 こうして屋号は無事、『ごろつき豆腐店』に決まった。



 その後も俺たちは豆腐の研究を進めた。

 せっかくお店を構えるのだから、やっぱり他では真似出来ない味・黄金比のようなものを目指したい。

 ひよこ豆の銘柄は農家を行脚した際に、最も豆腐に向いているだろうと思われるものを厳選した。


 水にもこだわった。

 まあ、一番相性の良い水は意外とすごく身近なところにあったとだけ言っておこう。

 そこから味を一定に保てるようになるまでにそれなりに時間を要した。



 ――そして今日。


「あら、なんて可愛い子なの!」
「お名前は?」


 若い奥様方に揉みくちゃにされました。

 頭の上にいつの間にか花冠なんて乗せられて、両腕には抱えきれない程のお菓子が乗せられている。


 どうしてこうなった?


 そこかしこで黄色い声が上がり、文字通り色めき立っていた。


「羨ましいやつめ……」
「そう?」


 俺が接客というか、客寄せパンダ役を一手に引き受けているというのに屋台の中で働くゴーロ、キーファは薄情だった。

 俺がごろつき三人に秘密で用意していたお揃いの服に今朝はあんなにも感動してくれたというのに。


 助けを求めて首を巡らすと、カーヤさんが手をわきわきと動かしながら身悶えていた。


 ……忙しい、のか?

 視線がかち合うと不穏な光が宿っているのが分かる。

 あれか、家にいたかったのに俺のせいで出掛ける事になったから怒っているのか?

 ここのところ俺が忙しかったせいで、俺のお世話係のカーヤさんも忙しかったからな……。

 たまにはお休みをあげるように母上に相談してみよう。



「こっち向いて!」
「はい。お豆腐も買っていってね」


 声のしたほうに向かってにっこりプライスレスで微笑むと、咳き込むような音が幾つか聞こえた。




「親分、こっちは完売ッスよ」
「ツァハリス」


 開店から二時間程して、両手で抱えるくらいの大きさの箱を首から下げたツァハリスが戻ってきた。

 おかえりと言って箱の中を覗き込むと見事に空になっている。


「随分早いじゃねぇか」
「いてぇよ、ゴーロ。でもこっちも順調ッスね」
「親分効果だ」
「お客さんを放置しないでね。これなら、明日はもう少し量を増やしてもいいかな」


 じゃれあうように互いに小突くゴーロらを横目に俺は一人思索にふける。


 そう、開店から今の今までツァハリスは俺たちとは別行動をしていた。

 駅弁スタイルで売り歩き、つまり行商をしてもらっていたのだ。


 他でもなくツァハリスを選んだのは三人の中で一番無難な人相をしていたからだ。

 ゴーロは気が短い上にいかつい顔立ちだし、キーファは整った面差しをしているが、如何せん目つきが悪い。


 その点、お調子もののツァハリスは平凡な顔立ちながら、お調子者故に大抵笑顔だ。

 それに彼は大柄なお陰で遠目にも目立つ。


 ちなみに売り歩きの方は店とは敢えて品揃えを別にしてある。

 今日は店では絹ごし風のひよこ豆腐のみだが、ツァハリスにはカップに入れた寄せ豆腐、そしておから揚げを渡してあった。


「でもいいんスか? おから揚げをタダで配っちまって」
「今日は開店記念だからね。最初なんだからパーッと賑やかにいかないと」


 豆腐を買ってくれた人にオマケと称しておから揚げを無料でつけた事がツァハリスは気がかりならしい。

 心配ないと手を振る俺の言葉もよく呑み込めなかったようで、ゴーロと二人揃って渋い顔をしながら首を傾げている。


 おお、そうしてると本当に職人気質の豆腐屋のおじさんみたいだな。


 実を言うとお菓子屋さんでなく、豆腐屋を選んだ裏の理由もこの辺りにあった。

 だってごろつきがお菓子屋さんもとい、パティシエなんてハイセンスでスタイリッシュな職業に転身したら、ちょっとムカつく上に噴き出してしまいそうだから。

 ゴーロとツァハリスなんてこの間まで無精ひげを生やしていたのだ。

 絶対に似合わない。

 三人には是非とも苦み走った渋い男道を突き進んでもらいたい。


「まずは利益より宣伝効果、か」
「さすがですわ、アルト様」


 俺の意図が解ったらしいキーファとカーヤさんは揃ってうんうんと頷く横で、ゴーロとツァハリスが悔しがっていたのが可笑しかった。


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