攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第7章

第48話 知恵比べ

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「遅いぞ。約束の時間より、302秒しか早くないではないか!」


 そう言って鼻の穴を膨らませるバルトロメウスは紅蓮の炎を身に纏っていた。

 比喩などではなく、本当に目に見える炎が彼の体表を舐めるようにしてメラメラと燃えていた。

 時々、パチパチと音をさせながら踊るように跳び跳ね、宙を舞う火の粉が真実味を持たせている。


 五分前行動なんだからいいじゃないかとか、いちいち秒単位で言ってくるなんて細かくて面倒な奴だなとか、他にも色々と突っ込みどころはあった。

 だけど、それらを全て超越した存在感を彼の纏う炎は放っている。


「ゲオルグさん、あれ見えますか?」
「はい、誠に残念ながら」


 一応確認を取って、それが俺だけに見える幻覚という可能性を打ち消す。

 ゲームの中の、大人の彼もああだった。

 あれは一種の病気だ、それも末期レベルの。


「どうした? 何とか言ったらどうなのかね?」
「五分しか早く来れなくてスミマセン」
「ふむ、次からは気をつけたまえよ」


 この手合いの人間は下手に刺激をしては駄目だ。

 変人は何をしでかすのか、全く想像がつかない。

 そう考えた俺は形だけでも謝っておく事にする。

 すると、彼は妙に上から目線な言葉ではあるが、謝意を受け入れてくれた。


「して、兄上。彼はいったい何者なのですか?」
「彼は、シックザール家のご子息だ。……バルテル、何度も言っただろう?」
「そうでしたか? 関心を抱けなかったので、覚えていませんでした」


 嘆く兄と馬鹿正直に答える弟。

 客人を目の前にしてする会話では無い。

 しかし、失礼だと腹を立てるより、頭を抱えるゲオルグさんが不憫に思えてしまった。

 割と鬼畜なゲオルグさんを困らせるとは、さすがは変人だ。


「アルフレートと申します。以後お見知り置きを」
「我がアイヒベルガー皇国の輝かしき建国時代より誉れ高い四大公爵が一角を担うアイゼンフート公爵が三男・バルトロメウスだ。好きに呼びたまえ」


 ゲオルグさんの紹介受けてまずは会話の糸口を掴もうと、名乗る。

 それに対してバルトロメウスも無駄に長い口上で名乗り返してくれる。

 ご丁寧にも背景に少女漫画にありがちな花を背負いながら。


「それで少年は私に何の用なのだ? なるべく手短に言い給えよ。私には世界の八百万の謎を解明するという使命があるのでな。一秒も無駄には出来ぬ」
「いや、あの。だだ仲良くなりたいなって……」


 花が消えたと思ったら、またバルトロメウスの周りに炎が出現する。

 これはあれか、使命に燃えるというやつなのか?


 気の短い彼を前に俺は言葉に窮していた。

 そもそも俺はコミュニケーション能力が高い訳ではない。

 そこへ加えて相手が変人となれば意思疎通の難易度はぐっと上がる。


 ゲームの時はそれがゲームだからこそ選択肢で選んで話を進めれば良かったが、現実となると選択肢を自分で用意しなくてはいけない。

 それは想定以上に大変な事だった。



「ああ、すまない。それなら少年はこのままこの場を去ってはくれまいか? 謎が私を呼んでいる。私は世界の深淵なる謎に魅せられたのだ。今更、人同士の矮小な関わりになど心奪われはすまいよ。花はなぜ咲く? 空は何故青い? 風とは何だ? 太陽はどこから現れてどこへ行く? それら全てが私を捕らえて放さない。思い起こせば……」


 非常に饒舌に語る彼の背景は大忙しだった。

 炎が燃えさかっていたかと思えば、また花が咲き、真っ青に染まり、風がごうと音を立て、まばゆい後光が射す。

 忙しない。

 そしてずっと見ていると目が疲れる。

 背景がうるさい。


「ああ、もう! 鬱陶しい!」


 目まぐるしく変わるバルトロメウスの背景に俺は早々に音を上げた。

 それまで黙っていた俺が喧しいわと急に叫んだ事で、バルトロメウスの演説がピタリと止む。

 いいんだ、どうせ話の内容なんて一つも頭に入っていない。



 邪魔過ぎる背景。

 それこそバルトロメウスが遠目に見ても判る変人たる所以である。

 さっきのあれは全部彼が自分で意図して作り出したものだ。

 彼はその技術を自ら『演出』と呼んでいる。


 何の事はない。

 その正体は無系統魔法なのだが、バルトロメウスはそれを事あるごとに炸裂させていた。


 例えば、ポケットから何かを取り出した時、おはようと挨拶する時、彼が喜んでいる時、怒っている時、悲しんでいる時、楽しんでいる時。

 それは猛威を振るう。

 動く紙芝居野郎、又の名をナチュラル・サウンドボックスだ。


 彼は息をするように彼だけのその魔法を操る。

 演出魔法を編み出した。

 その点だけならば彼は天才だと称賛しても良い。

 しかし、その使い方が問題であった。


 効果音や特殊効果というのはここぞという時に入れるからこそ、皆が心を牽かれるのだ。

 彼の取りあえず使えそうなタイミングは全部使うという謎のポリシーは、周囲の人間の精神をゴリゴリと猛烈な勢いで削り取っていく。


 考えてもみてほしい。

 羽ペンを一本を取り出すのに、伝家の宝刀を引っ張り出したみたいなフラッシュと効果音が入るのだ。

 毎回毎回それでは鬱陶しい事この上無い。


 その行為に何の意味があるのか?

 何の狙いがあってやっているのか?

 それを問うたのはゲームではただ一人、ヒロインのみであった。


 まず遠目に見た時点で異様さに気付いたまともな人間は彼に寄って来ない。

 公爵家の権力に釣られた者、彼の研究成果に邪な興味を抱いた者、好奇心で寄ってきた者も、研究者特有のどこか一本気で偏執的な彼の関心を引く事は出来ず、また目を向けられるまで傍に居座る辛抱強さと図太さも無く、すぐに去っていく。

 そうして彼の周りには誰もいなくなり、残されたのは彼自身と誰に見せるとも無い演出魔法のみである。


 そんな彼だからこそ、初めて自分を深く理解しようとしてくれたヒロインを決して離しはしなかった。


 ヒロインに恋心を抱くようになってからの彼は、タイプは違えどルーカスと一、二を争うヤンデレである。

 ルーカスが『傍にいてくれないと僕死んじゃうから』の病弱なウサギタイプとするなら、バルトロメウスは甲斐甲斐しく世話を焼いて『私がいないと君は本当にダメな子だね』とやんわり追い詰めるタイプだ。

 どっちも怖い事に変わりは無いけどな。


 二重の意味で変態だけれど、ヤンデレ堕ちする前はギャグキャラ扱いされる事が多い一方、ヤンデレ化後は一部の女性たちから強い支持を受けていた。

 全攻略対象キャラにそれぞれどれかしらのルートでヤンデレっぽい描写・エピソードが入るけれど、それに特化させていたのはルーカスと彼のみだ。


 奇怪さで目立つ人でもあるから、遠目に見ながら宗教的な目線で信奉する集団はいたが生涯、双方両思いで友と呼べた人物はヒロインただ一人。

 元が執着気質なだけに、ヒロインに対してああなるのも解らなくは無い。

 だけど、それは何かあった時に彼が取り込まれやすい人物だと示してもいる。


 まともな人間は近付かないなんて自分で言っておきながら、近付いていく俺はいったい何なのか?

 そう自問したくなるから、非常に気は進まなかった。

 自分の前世と孤独なピエロ具合が似ているから、居たたまれなさも倍増だ。



「やはり常人にはこの芸術は理解出来ぬか」
「すごいね」


 世界の破壊をもくろむどこぞの魔王のような発言をするバルトロメウスを俺はとりあえず褒めてみる事にした。

 褒められて嫌がる人間はいない筈だ。

 褒める声が棒読みになっているのは気にしないでおこう。


「くだらぬ用しか無いのなら、研究に戻らせてもらうが」
「いや、ちょっと待って! ちゃんとした用事もあるから!」


 バルトロメウスの精神状態は非常に判りやすい。

 暗雲が立ちこめ始めたのを見て、慌てて引き止める。

 全く、油断も隙もあったものじゃない。


 褒めたのはあまり効果が無いようだ。

 レオンと違って簡単に流されてはくれないらしい。


 バルトロメウス的には『友達になりたい』はくだらない用事に分類されるのか。



「私は馴れ合うつもりは無い」
「お前は病気の中学二年生か!」


 バルトロメウスの頭の上では枯れ葉が舞っている。


 この変人、扱いにくいぞ。

 ゲームの彼はもっと表面上は社交的で暑苦しい性格だった筈だ。

 それを見て周囲が余すところ無くどん引きするのがお約束だった筈なのに、ちびっこバルトロメウスは取り付く島も無い。

 まるで難攻不落の要塞だ。


 人と関わる事自体を拒絶しているように見える。

 俺の子供時代なんてお菓子や玩具をちらつかせればチョロいもんだったのに、なんだこの違いは。


「実は俺もバルトロメウスの研究をお手伝いしたいなって思って」
「手伝い? そんなものは必要ない」


 俺の次なる手は『友達になりたい』にアレンジを加えたものだった。

 彼が関心を示すだろう研究というキーワードを織り交ぜたのだ。

 相手もなかなかどうして頑迷であるが、ここで諦める俺では無い。


「そんな事言わずに! 今ならお安くしとくよ? ほら、ゲオルグさんも黙ってないでちゃんとフォローして!」
「あ、ああ……。バルテル、彼はお前より年下だが相当優秀らしいぞ?」


 立っている者は親でも使えと云うが、俺は座っているゲオルグさんをせっついて、説得を試みる。


「この私よりもか?」


 暫し考えたバルトロメウスは逆に俺に問うてきた。


 ナイス、ゲオルグさん!

 さすが兄弟だ、弟の押さえるべきツボを熟知している。


「試してみる? 俺が負けるなんて有り得ないと思うけど」
「いいだろう。もし万が一、私が負けるような事があれば私が貴君の助手となろうではないか」


 敢えて挑発的な言い方をした。

 誘い文句としては随分お粗末だけれど、こういうのはそれと判り易い方がいい。

 それに自尊心を刺激されたバルトロメウスはまんまと乗る。


「じゃあ俺が負けたら今日のところは退散する事にするよ」


 ここに知恵比べが始まった。



「ヨモギとヤマトリカブト。その見分け方における最大の特徴は?」
「ヨモギは葉の裏が白い」
「うぬ、正解だ……」


 互いに問題を出し合い、先に答えられなくなった方が負けという非常にシンプルな形でそれは執り行われる事になった。


 まずはバルトロメウスが先攻。

 俺はそれを難なく躱す。


 俺には秘策があった。

 この知恵比べは俺が狙ってそういう話の流れに持って来たものだ。

 そして先程のバルトロメウスの設問、実は俺は何度も聞いた事のあるものだった。


 ゲームの中で、もう十数年程成長した彼がヒロインにそっくりそのままの問いをぶつけるのだ。

 ヒロインとの出会いの際、珍しく自分に近付いてきたヒロインを追い払う為にバルトロメウスが知恵比べを仕掛ける。


 その流れに則って、俺は彼に挑んだ。

 恣意的な考えで闇雲に挑んだ訳では無く、記憶にあるやりとりの再現を目論んで。


 やや大人気ないかもしれないが、誰も綺麗な勝ち方なんて求めていない。

 泥臭かろうが何だろうが、勝ちは勝ちだ。

 俺は勝って、彼の動向を把握しておく必要がある。


 次は俺が問題を出す番だ。


「テーブルの上で、卵を何の道具も魔法も使う事無く立たせるにはどうしたら良いか?」


 一気に勝ちを取りに行った。

 いわゆる、コロンブスの卵だ。

 ゲームでルルがバルトロメウスから勝ち星を得た設問がこれだ。


「卵をこれへ」
「はい」


 バルトロメウスはドア付近で控えていた使用人に命じて卵を持って来させた。

 ごく普通の白い殻の卵だ。

 それを右手で掴んで尖っている方を天井に向けてテーブルの上に置く。

 そしてそのまま右手を離すと、卵は当然のようにころりと転がった。


 そこから長い長い、バルトロメウスと卵の取っ組み合いが始まった。

 手を離しては転がり、転がってはまた立てようとする。

 途中から俺の存在などすっかり忘れ、演出魔法を使う事すら忘れてただ真剣な眼差しで彼は卵と向き合っていた。



「バルトロメウス?」


 時間制限は特に設けていなかったので、正確なところは判らないが体感で小一時間程待って俺は声を掛けた。


「まだだ、まだ!」
「研究の為に時間を無駄に出来ないんじゃなかったの?」
「だが! 目の前の謎を放っておくなど研究者のする事では無いだろう!」


 相変わらずコロコロと転がり続ける卵を手に彼は熱く語った。

 彼の瞳には魔法によるものでは無く、意志の焔が灯っている。


「じゃあ負けを認める?」
「それは……」
「バルテル、つまらないプライドを守る事に固執して答えを得る機会を失う事こそ、研究者の最も恥ずべき行いだ」


 俺の意地悪な言葉にバルトロメウスは迷う。

 そんな弟を見ていたゲオルグさんは兄として、そして研究者の先輩としてまだ幼い彼を諭した。


「参りました。私の負けだ。それで、どうすればこの卵が立つ?」


 最も身近な先達の教えに従った彼は敗北を宣言すると、性急に答えを聞いてくる。


「ゲオルグさんは分かりますか?」
「いや、全くわからない」


 卵をバルトロメウスから受け取りながら、ゲオルグさんにも尋ねてみると彼は首を横に振った。

 やっぱりちょっと意地悪だったか。


「こうすればいいんだ、よっ」


 ほんの少しだけ反省しつつ、それでも心の大半で無事勝利をした事に安堵しながら俺は丸いそれをテーブル目掛けて振り下ろした。


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