攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第5章

第36話 チョイ悪系

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「レオン……?」


 予想外の声が聞こえてきて、まさかまさかと思いつつ、背後を振り返る。


「どうした? 喜べ、遊びに来てやったぞ」


 小さな身体を精一杯ふんぞり返らせるのは、そっくりさんや幻覚では無い。

 こんな上から目線のちびっ子が他にいてたまるか。

 間違いなくレオンハルト・アイヒベルガー殿下、その人だった。



「なんだ、このガキんちょは?」
「親分に向かって……」
「生意気だな」


 レオンの偉そうな態度はやはり初見の大人には不評らしい。

 偉そうというか、身分的には実際に偉いのだけれど、三人衆は王子の顔を知らないようだ。



「いや、こいつはいいんだ! 俺の友達だから」
「うぬぬ……、親分がそう言うなら……」


 難色を示すごろつき達を何とか宥めて、レオンに向き直った。



「なんでここに?」
「友の家に遊びに来るのに理由など必要ないであろう? それともアルトは余が迷惑なのか?」


 生き生きとふんぞり返っていたレオンの顔が急激に曇る。

 いや、曇りどころか雨が降りだしそうだ。



「いや、迷惑じゃない、迷惑じゃないから。泣くな、な? 比類無き幸せであります!」
「ふふん。そうであろう、そうであろう」


 どうにも女子供の涙に俺は弱いようだ。

 慌てて壊れたからくり人形のように首を振りながら宥めると、レオンはそれはもう晴れやかな笑顔を浮かべた。



「……レオンが単純な奴で良かった」
「何ぞ申したか?」
「何でもアリマセンデス、ハイ」


 さっきまで優しいと思っていた朝日が目に染みるのは何故だろうか?

 ジェットコースターをヘビーローテーションした後のように、どっと疲れた気がした。

 朝から重労働だ。


 だが、安堵したのも束の間。

 災難は畳み掛けるようにやってきた。



「ところでアルトはここで何をしていたのだ?」
「あちらの方々は?」


 ピンポイントで今聞かれたくない点を突かれて、胃が引っくり返りそうになる。

 いつもより寝坊したお陰で朝食前で良かった。

 ぶちまけるものが何も無いからな。


 レオンとマヤさんの主従は抜群のコンビネーションを発揮している。

 マヤさん、貴女はいつからそこにいたんですかね?

 さっきまで全く気配がしなかったのですが。



「おいっ、あのオバチャンどこから現れたんだ?」
「しっ、知るか!」
「気付いた時にはそこに居たぜ」


 マヤさんが誰だか判っていない三人衆がヒソヒソと騒ぎ出す。

 例によって声のボリュームが落とされていなかった。



「オバチャン?」


 マヤさんの眉がピクリと動く。

 怖い、元近衛騎士団長様が怖い。

 口は禍いのもと、女性にオバチャンは禁句である。



「俺、何だか寒気が……」
「俺もだ」
「あのオバチャンの方から冷気が」


 本能の為せるわざなのか、ごろつき達は身の危険を感じつつも、その正体までは掴めなかったようで、失言を重ねた。



「二度も言ったわね?」


 手弱女たおやめな女官から、益荒男ますらおな武人へとマヤさんのモードが移行されたのが判った。

 みるみるマヤさんの存在感プレッシャーが膨れ上がっていく。


「ひぃぃっ」
「お、お、お……」
「お助け~!!」


 ここへ来て、漸く自分が大蛇を怒らせてしまった事に気付いた三人衆は震え上がった。


「久々に良い運動が出来そうですわ」


 言葉遣いは女性らしいそれだというのに、全くもって声の調子が合っていない。

 腹から出されていると判る、野太い声だった。



「親分!」


 三人衆が異口同音に叫ぶ。

 俺をそんな縋るような目で見るな!


 素知らぬフリを決め込もうと思っていた。

 困った時の、他人のフリだ。

 薄情と言われようが、何と言われようが俺だって我が身が惜しい。


 大丈夫、ごろつきとはいえ、屈強な成人男性三人だ。

 マヤさんもさすがに剣は持っていないのか、抜刀はしていないし、幾ら何でも事情を聞きもせずに致命傷を負わせたりはすまい。

 ここは今暫く堪えてくれ、南無とやるつもりだった。


 だというのにどうだろう。

 揃いも揃って小動物のような目を向けてくる三人衆が発した『親分』という呼び名に、マヤさんは即座に反応を示した。



「お知り合いですか?」
「えーっと、一応……?」


 目が泳ぐ。

 何とか誤魔化す方法は無いものか。

 頭を悩ませる暇も無く、マヤさんは詰め寄ってきた。


「お仲間ですか?」
「仲間というか、さっき仲間になるように頼まれたというか……」
「お仲間ですか?」
「ハイ」


 なんだか無理やり言わされた感満載なのですが。


「アルトはこんな大きい友達がいるのか!」


 よく判っていないらしいレオンが、俺の言葉に目を輝かせた。

 凄い凄いという俺へ宛てた讃美歌が聞こえてきそうだ。



「正確には俺の手下になるのかな?」
「そうか、ではこやつらは余の手下も同然だな」


 上下関係を示唆する発言に敏感なところはさすが男の子だ。

 レオンの中では俺の手下=レオンの手下になるのか。


「という訳なので、マヤさん。俺が代わりに謝ります。ごめんなさい」
「すまぬ」


 部下の不始末は俺の不始末。

 頭を下げる俺と一緒になってレオンも頭を下げてくれる。

 こういうところ、レオンはいい子だよな。



「困りましたわ。先に謝られてしまってはこれ以上怒れないではありませんか。それにアルフレート様だけでなく、レニー様まで」


 臨戦態勢を解いたマヤさんが眉と肩を下げる。

 レオンを殿下と呼ばないあたり今、三人衆の前で身分を明かすつもりは無いらしい。

 耳慣れない呼び名にレオンはレニー様が自分の事だと思わなかったようで、小首を傾げている。



「それで、アルトはこやつらと何をしていたのだ?」
「あー、それなんだけど……」


 レニー様の正体よりレオンの関心は俺と三人衆にあるようだ。

 それに応える俺はわざと勿体をつけるように言葉を切る。


 二度目の問い掛けだったから、既に答えは用意出来ていた。



「実はチョイ悪系男子の指南をしていたんだ」
「チョイ悪系?」


 予想通り、王子が食い付く。

 嘘は言っていない。

 ごろつきと話していたのは、彼らが吐いた嘘の穴についてだ。

 チョイ悪な会話である。


 身を乗り出して来るレオンに、しめしめと思いながら俺は続けた。



「完璧な良い子より、少しだけイタズラ心を持っていた方が格好いいだろ?」
「そうだな。余もそのチョイ悪とやらになりたいぞ!」


 男の子特有のノリでレオンは目をキラキラと輝かせた。

 やっぱり男なら、目指すはロマンスグレーの似合うチョイ悪系ナイスミドルだろう。

 あれ、青春通り越した?



「さすが親分」
「燃えてきたぜ!」
「チョイ悪を極めし者だけがその先の悪々系を名乗る事を許されるんですね」


 ごろつきはごろつきで、俺の発言を拡大解釈して勝手に盛り上がっている。

 チョイ悪を極めし者とか、何だその無駄に格好良さそうな設定は。


 悪々系とは初耳だ。

 イメージ的にはパンク系に近い感じだろうか?

 いや、それともヘビメタだろうか?



「して、そのチョイ悪とやらはどうやってなるのだ?」
「うーんと、そうだな。まずは……」
「いけません!」


 男五人で盛り上がっていたところに、マヤさんが絶妙なタイミングで水をさす。


「放せ、マヤ! 聞こえぬではないか!」
「聞こえないようにしているのですから、当然ですわ」


 マヤさんはレオンの頭を両手で挟むようにして、耳を塞いだ。

 それに怒ったレオンが暴れる。

 持てる力をフル活用して、マヤさんの手を引き剥がそうと暴れていた。


 だがしかし、マヤさんの手はレオンの耳にピッタリと押し当てられたまま、離れない。

 さほど力を入れているようにも見えないのに、吸い付いたように離れないのはどういう訳だ?


 聞こえないように塞いでいると告げるマヤさんの声さえも、本人が超音波を発している事もあってレオンの耳には届いていない。


 おかげでレオンの頭はボサボサだ。

 何をどうしたらそうなるのか、また鳥の鶏冠とさかみたいになっている。



「アルフレート様。チョイ悪などと仰らずに是非、良い子を目指して下さいましな」
「ハイ」


 本能的に俺は首を縦に振った。

 この人の言葉には逆らってはいけない気がする。


 武官モードの時より、力一杯微笑んだ女官モードの方が威圧感は上とか、反則だろう。


 俺とのやり取りを主あるじに一切聞こえぬように済ませたマヤさんは、食後の肉食動物のように大変満足げに頷くと、レオンの拘束を解く。

 ……いや、押さえる場所を替えただけだった。

 いつの間にかマヤさんの手はレオンの肩へと移動している。



「酷いではないか!」
「さて、お次は御髪おぐしを整えなくてはなりませんね」


 聞いちゃいない。

 不満を訴える王子の言葉をさらっと無視したマヤさんは愉しそうに笑った。


 反対にレオンの方は棒でも呑み込んだかのような顔つきでフリーズする。

 よほど髪を弄られるのが嫌いならしい。

 レオンといえば瞬間湯沸し器にして、火の玉少年がその性分。

 しかし熱くなっていたのが、急にクールダウンした。



「マ、マヤ。……待て」

「じっとしていて下さいね。すぐに済みますから」


 既にマヤさんの右手には銀製のブラシが装備されている。

 台詞が何となく、注射をする五秒前のお医者さんみたいだと思った。


 シャキーンという謎の効果音が俺の頭の中で再生された。



 *****


「完璧ですわ」

「ううっ……」


 ものの数十秒でレオンハルト殿下の御髪は劇的な変化を遂げた。

 うん、朝日を浴びてキラリと光るキューティクルが眩しい。

 そんな艶やかな髪の持ち主は例によってげっそりと疲れた顔をしていた。



「おっかねえ……」

「昨夜の姐ちゃんよりおっかねえ……」

「それと対等にやりあえるなんて親分はさすがです」


 一連の流れを黙って見守っていたごろつきの間に激震が走ったようだ。

 マヤさんを恐れるごろつき達の感情は、何故か俺を称賛する方向へとベクトルを変えた。



「このゴーロ、親分に一生ついていきやす!」
「同じく、ツァハリス!」
「同じくキーファ!」


 感極まったように次々と名乗りを上げるごろつき達。

 急に訪れた熱い展開に、早くも復活したレオンが目をキラキラさせている。


 うん、男の子はこういう主従の誓いみたいなの好きだよな。

 俺とて例外では無い。

 だけど悪いが今回は敢えて、雰囲気ブレーカーズに代わって言わせてもらおう。

 ごろつき達の事情が全く判らない!



「三人ともどうしてうちの庭をうろついていたの?」


 俺の問い掛けに三人衆は互いの顔を見合わせた。

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