攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第3章

第22話 太陽と魔法

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 翌々日。


「清廉なる水よ、彼のものを熱より解き放て!」


 いつものように狸寝入りを決め込んだ後、俺は我が家の敷地の外れにある、広場で魔法の試し打ちをしていた。


 取り敢えずは危険の少なそうで、尚且つイメージのしやすい系統からという事で水の球を出す呪文を唱える。


 予定では昨日、ここに来る筈だった。

 ところが思わぬ番狂わせがあり、一日予定が延びてしまった。


 俺がコック長の手を借りて豆々しいひよこ豆腐を作成したのは一昨日の事。

 あの後が大変だった。


 あのままその場で豆腐の試食会になったのは、まあ想定内の流れだと云える。

 予想外だったのは、母上があの場に乗り込んできた事だ。


 遅れて登場した母上の姿に、賑やかだった厨房がしんと静まり返ったのは云うまでも無い。

 悪戯が見つかった子供の如く、全員が全員、気まずそうな表情を浮かべていた。


 そこへ母上が言い放ったのだった。

「私もアルちゃんと一緒にお料理したかった」と。


 強したたかなカーヤさんが、さらっとコック長を売ったのは皆目を剥いていた。


「アルト様の記念すべき最初のお料理の助手を務めたのは、この人だけですよ」とリークされたコック長は、豆腐の角に頭をぶつけそうになった。


 どっちかっていうと俺の方が助手だとかそんな事は言える雰囲気じゃなかった。


「せめて一生懸命お料理するアルちゃんの姿を母様は見たかった」と涙ながらに訴えられてしまっては、翌日の予定を空けぬ訳にはいかなかった。



 話を戻そう。

 この世界に於ける魔法とは、言葉、意志、魔力の三つが合わさって初めて発動するものと言われている。


 無詠唱という特殊な技術もあるが、それすら口で言う代わりに術者が脳内でそれぞれの魔法に対応した術式を組み立てる必要があり、非常に高度な技術とされている。

 逆に言えばその三つさえ揃っていれば、特段動作を伴わずとも発動するものらしい。


 魔法というと、手を叩いたり、くねらせたり、杖を振ったりするイメージがあるが、この世界の魔法はその類いに当てはまらなかった。


 もっとも、必要が無いからといってやってはいけない訳ではない。

 指向性の観点でいえば杖や手で発動座標を示すのは理に適かなっているからと、何らかの動作を魔法詠唱に組み込んでいる魔法師も多くいた。


 つまり、何が言いたいかというと、俺も形から入ったという事だ。


 前世の世界では、目に見えぬ何かを切り裂くように手を動かし、やたら古風な言葉遣いで意味深な発言を壁や虚空に向かって繰り返していたら、大きな病院のお世話にならなければいけないだろう。


『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!』などと唱えながら手指を閃かせ始めたら重症の合図である。

『あの子はどこかおかしい』と母親に心配されるくらいなら、まだいい。


 そんな環境で、腕の振りが甘いだとか体育界的な指導方針で以て、息子にゲーム中の魔法の呪文を唱えさせる強者つわものな母親など俺は一人しか知らない。


 考えようによってはご自分を魔女っ子と信じて疑わぬ人よりも、深刻な病状かもしれない。


 この身体にとっては初めての経験であるそれに妙にしっくりくるものを感じながら俺は呪文を唱えていた。


 水、風、土、火と来て、お次は闇。


「深淵なる闇よ、彼のものを寧安なるその身で包み込め!」


 唱えた瞬間に目の前に自分の身体がすっぽりと入りそうな黒いもやもやした球体が現れる。


 ブラックホールみたいだと思った。

 いや、もちろん実際に見た事は無いけれど。


 ここまで試して、何と無くだが自分の適性が掴めた気がする。

 どれも発動する事は出来たが結果に如実に差が現れていた。

 同程度の魔力で、と思っていたのに。


 どうやらこの中では土系統が苦手なようだ。

 他の系統の平均が自分の頭の大きさなのに対して、土だけは二回りも小さかった。

 反対に得意なのは水系統と闇系統らしい。


 この結果が少し意外だった。

 ゲームのアルトは母上と同じく水魔法と光魔法が得意で、火系統と闇系統が不得意だった筈だ。

 土系統と火系統の方は置いておくとしても、闇なんて丸っきり逆じゃないか。


 魔法の各系統に対する適性は先天的に決まっている。


 もちろん後の努力で適性の低い系統を補う事も可能ではあるが、それを実際にやる者は殆どいなかった。

 理由は単純明快、不得意なものを地道に伸ばすより、得意な系統に特化して伸ばした方が実用性が高いからだ。


 しかしそれは諸刃の剣だった。

 確かに各系統に優れた魔法師スペシャリストは育ちやすいが、オールマイティーな人材は育ちにくい。


 通常、一人の魔法師が高い適性を持つのは一系統のみで、二系統以上を巧みに操る事が出来る人間は天才や神童などと呼ばれる。


 母上のように、複数の系統を組み合わせた魔法を編み出すなど異例中の異例で、魔法史に名が刻まれる事は間違いない。


 つまり、『水系統を扱える人がいないので、あの魔物は倒せません!』などという状況が起こりうるのだ。


 前世的に例えるなら、『担当じゃないのでちょ~っと判らないっすね~』という頼り甲斐の無いショップ店員さんと同じである。


 全系統抜かり無く対応させたくば、それだけの人数を取り揃えろ、となるが魔法師は後衛職だ。


 少数精鋭部隊が望ましい状況となれば、むやみやたらと後衛を増やすのは宜しく無い。

 前衛に対して後衛は同数以下である事が鉄則だ。


 だからこそ、全系統を並の魔法師以上に扱えて尚且つ、魔力保有量の馬鹿高いゲームのアルトは重宝されていた。


 そもそも、四大系統の使い手はそう珍しくも無いが、光と闇に関してはその適性者は極端に少ない。


 光と闇のどちらかが使えればそれだけで、厚遇される。

 その両者プラス、四大系統、無系統もとなればそれはもはや化け物級と云えた。


 そんな才能を持っていても驕らず、魔法技術上達に邁進した彼には天晴れと云うしか無い。


 ゲームのアルトと俺。

 細かな食い違いは俺の行動の結果ゆえだろうか?

 それとも、隠された設定が存在していた?


 適性が全く無ければ、魔法は発動しない。

 という事は俺は今現在、無系統とまだ試していない光以外は素養がある事が確定している。


 ふっと胸で支つかえていた息を吐き、体内の魔力の残量を確認した。


 ……大丈夫だ、まだまだ余裕がある。

 試し打ちをする前と然程変わった様子は無く、キラキラ輝く魔粒子が体内で輝いていた。


 体調も……特に異常は無いな。


 左腕に嵌まる腕輪も暴発しないのなら特に異存は無いらしく、しとりと変わらぬ光を湛えながらも沈黙を守っている。


 ここまで慎重になるのは、昏倒してしまうのが怖いからだ。

 この間の魔法師団の惨状を考えれば、もっと慎重になってもいいくらいだ。


 本当ならもっと休憩を挟みながらした方が良かったのだろう。

 だが、ここまで歩いて来るのに経過した時間を思えば、あまり悠長な事は言っていられないような気がする。


 準備体操がてら、日課の発声練習と魔粒子制御訓練もしたから、正確なところは判らないけれどだいぶ時間が経っている筈だ。


 ちゃっちゃと片付けて、部屋に戻ろう。


 そう考えたのがいけなかったのだろうか?

 はたまた、イメージしたものが良過ぎたのか?


 光の球というとやっぱり太陽だよなぁなんて思いながら、右手に白い魔粒子を幾らか集める。


 よし、こんなものか。


「無垢なる光よ、我の手となり彼のものに祝福を与えよ!」


 ヒュッと風切り音をさせて腕を振り下ろす。

 少し角度がずれた。


 脆弱で貧弱な筋肉しかついていない、子供らしいプヨプヨの腕で正確無比なスイングはそもそも無理な話だったのだろう。


 呪文を唱え終えた瞬間、ピカァァッと目も眩むような閃光が真っ白に視界を埋め尽くした。

 余りの眩しさに考える間も無く目を瞑る。


 音も無く弾ける光を瞼越しに感じる。


 一瞬がやけに長く思えた。


 ピクピクと痙攣する瞼を嫌々ながら抉じ開けた。


「何これ……」


 様変わりした眼前の光景に途方に暮れる。


 森が生長していた。

 あの木が、という範疇では無い。


 木立を少し広げた程度の、それでも子供の身には大きく感じた木々の群生地が、立派な森へと生長を遂げていた。

 砂地の見えていた足元には青々とした草が生い茂り、風と囁き合っている。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……。

 どうするんだこれ!?


 一瞬で緑化するなど、どう考えても異常だ。

 さっきの光の球スフィアに草木の生育なんて効果は無かった筈だ。

 あれはただ辺りを明るく照らすだけの魔法の筈。

 なのにどうしてこうなった?


 あれか、太陽のイメージでやったから、ついでにその辺りの草木も生長させときました、ってか?

 って、そんないい加減な事があってたまるか!


 ……いや、そんな事は後でいい。

 今は目の前の森をどうするか、だ。


 地を踏み鳴らし、腕組みして頭をフル稼働させた。

 だが、結局俺はそれをどうする事も出来なかった。


 木を縮める魔法とか無いかな?

 芝刈り魔法なら無系統の中にありそうな気がする、なんて都合の良い事を考えはしたが、そんな魔法が実在したところで呪文は分からない。


 使えなきゃ意味無い。

 毒にも薬にもならないのだ。


 迷っている暇は無い。

 本物の太陽は空で傾いていた。



 *****


「アルちゃ~ん?」

「ん?」


 昨日、大量に作ったおから揚げをパリポリと軽快な音をさせて食べていると、向かいに掛けていた母上が話し掛けてきた。


「アルちゃん、何か母様に言う事は無いかしら?」


 ドキンと心臓が跳ねる。


 どういう意味だろう?


 えっと、バレて無いよね?

 でもだとしたら、母上はなんてタイミングで俺にそんな事を言うのだろうか?


「えっと、うーんと……母上、髪切った?」


 明るければいいというものでも無い。

 明るくなり過ぎれば、見失うものもある。

 それを肝に銘じた一日だった。


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