攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第2章

第15話 子ライオンの我儘

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 ――バンッ。


 けたたましい音がして、蹴破られるような勢いで扉が開くと同時に金色の髪の幼児が飛び込んできた。


「あっ、いたのだ!」


 一同が呆気に取られる中、彼は壁に当たって跳ね返る扉もお構い無しに俺の姿を認めるとタタッと駆け寄ってきた。


 通路の方が何やら騒がしい。

 慌ただしい足音と声が聞こえる。


「アルト、お前ってしゅごいヤツだったんだな!」


 恐らくは彼に原因があるのだろうが、本人こと殿下は我が道を突き進んでいた。

 青い瞳をキラキラさせて、何故か俺を見上げてくる。


 すごいって何がだ?

 誰に何を吹き込まれたんだ?

 それにレオンの髪は何故ボサボサなんだ?


 一度に色んな疑問が湧いてきてどれを口にすべきか迷っていると、開きっぱなしの扉からまたも見覚えのある人物が飛び込んできた。


「どうやって魔法しだ……あぐっ」
「殿下、お待ち下さいませ! 御髪おぐしが……!」
「むっ? 余は髪の事などどうでも良いぞ?」


 飛び込んできたマヤさんがレオンを捕獲する。

 抱きかかえる、ではなく捕獲だ。

 純銀製のブラシで髪を梳かされるとレオンは唇を尖らせ、いやいやをするように身を捩る。


 マヤさんの手元が狂うだとかそんな事はお構い無しに首を振るものだから、頭は余計にぐしゃぐしゃになった。

 毛先が絡まり、好き勝手な方向に跳ねている様は鳥の巣かライオンの鬣たてがみのようだ。


「いけません! 王族たるもの常に身嗜みには気を配っていただかなければ、周辺諸国はもちろん国民にも示しがつきませんわ。それにまた陛下の真似を……」
「このあいだは尊大に振る舞うのは控えよと申しておったではないか?」
「お友達の前で偉そうに振る舞うなというのと、身嗜みの話はまた別ですわ」
「ややこしいぞ!」
「どこがややこしいのですか? 単純明快でしょう! さ、お分かりになりましたら、頭を差し出して下さいませ」


 俄に室内が騒がしくなった。

 言わずもがな、目の前の主従二人のせいである。


 誰も一言も喋らない空気の重さに押し潰されそうだと思っていた。

 願わくばお喋りな奴よ来いとも思っていた。

 だけどこれは些かやり過ぎというものではないか?


 俺は騒がしいのは嫌いじゃないが、ブロックマイアーとクラウゼヴィッツの家風ならどう思うか……。

 寸劇からいったん目を離して上座を振り返る。


 ……どうやら俺の心配は杞憂に終わった。

 初見の方々には刺激が強過ぎたようで、視線は釘付けだがどうも頭が回っていないみたいだ。


 皆が口を半開きにしている。

 あのディートリヒでさえ、だ。


 問題無しと判断した俺はレオンとマヤさんに視線を戻した。



 父親、つまり国王陛下の真似がマイブームなのかやたら古風な口調で駄々を捏ねるレオンが可笑しい。


 そんな王子を相手にマヤさんは隙あらばヘッドロックを掛けようと目論んでいる。

 言葉の上でも子供には難しい単語を遣って言いくるめようとしていた。

 全く油断も隙もあったものじゃない。


「……嫌だと申しておろう! 髪など整えたところでまたすぐに乱れるのだ、放っておけばよい!」
「嗚呼、なんとお労いたわしや! こんなか弱き老女の些細な願いもお聞き入れ下さらないのですね……! わたくしは殿下の為を思って……」
「うっ……マ、マヤはか弱くないだろう……」



 手を替え品を替え。

 珍しく手こずっているマヤさんが泣き落としにかかる。

 それも芸の細かい事に涙まで流しながら。


 この間三秒だ。

 カップラーメンより手間が掛かっていない。


 これに滅法弱いらしい王子はここへ来て初めて碧の瞳を揺らがせた。

 嘘だとわかっていてもつい、反撃の手を緩めて様子を窺ってしまう。


 そう、レオンは根はいい奴なのだ。


 然りとてこの世界の女性はしたたかだった。

 一瞬の隙も見逃さす、マヤは王子を押さえ込みに掛かった。



 ――三十秒後。


「それでは殿下、いい子でしっかり学んで来て下さいね。ああ、それと陛下の真似は禁止ですよ? お友達とは仲良く、です」


 非常に満足げな顔をしてマヤさんは部屋を出ていった。

 完璧に整えられた頭をした王子を残して。


 確か前世ではそれを天使の輪と呼んでいただろうか、キューティクルが照明の光を受けて輝いている。

 なるほど確かにそう見えなくもない。

 だというのに王子本体はどっと疲れた顔をしていた。


 ……気苦労で禿げるんじゃないだろうか?



 雰囲気ブレイカーズの解散を受けて生暖かい視線を向けると、ちょうど王子が立ち直ったところだった。


「俺はじぇったいに屈しない。いつかマヤを越えてやる。じぇったいにだ」


 たまに噛むのがご愛嬌。

 無駄に熱くなったレオンの瞳には青い炎が揺らめいていた。


 立ち向かうより、髪をきちんと整える習慣をつけた方が早いと思うけどな!



「はい、そこまでね」


 パンッと手を打つ乾いた音と母上の声に、呆然としていた面々が一斉に我に返る。

 幼児三人が揃いも揃って狐に摘ままれたような顔をしていた。


「あの方はいったい何者なのでしょうか……?」


 鈴を転がしたような声が疑問を奏でる。

 先生に最初の質問をしたのはイルメラだった。


 一方で俺は記憶より幼く純粋な声がスピーカー越しでなく直に鼓膜を震わせる事に歓喜し、その振動を全身に伝えた。


 一音、一音をゆっくりと味わう。

 人は美味な食事を舌の上で転がして味わうが、音においても似たようなものだと俺は初めて知った。

 そうして俺は文字通り喜びを噛み締めていた。


 ――直後に母上の口から爆弾発言が飛び出すとも知らずに。



「マヤはそうね……昔は私のお目付け役であり、近衛騎士団の長だったわ。今はただの女官だけど、未来はもしかしたら女官長かもしれないわね」
「元近衛騎士団長!?」
「何だ、知らなかったのか?」
「あらあら、もうすっかり仲良しさんかしら?」


 目を剥くとはこの事を言うのだろう。

 隣のイルメラと表情・言葉共に完全なシンクロを果たした。


 さも知っていて当然のようにレオンは言うが、知らないものは知らない。

 前世の知識を以ってしても、そんなものは出てこなかった。


 当然といえば当然である。

 ゲームにおいて彼女はストーリーラインに殆ど関わりの無い脇役キャラなのだから。


 だけどそう考えるとあの身のこなしや物怖じしない姿勢の説明がつく。


 この国の近衛騎士団とは王家直属の少数精鋭部隊の事で、近衛部隊・近習部隊とも呼ばれている。

 城の騎士の中でもエリート中のエリートしか所属を名乗る事が許されない、憧れの騎士団だ。

 町の子供に将来の夢を聞けば、男の子の半数は近衛騎士団になりたいと答える。


 その団長ともなれば王の側近だった筈だ。

 実力主義な面の強い部隊だけにその実力は折り紙付きだ。

 あのくらいの動きは出来て当然だ。


 母上の仲良し発言は俺とイルメラのハモりを指してなのか、気安い感じでレオンが話しかけて来る事に対してなのかはわからなかった。


 何も言わなかった二人といえば、一方は『このえきしだんってなぁに?』と聞こえてきそうな顔で静かに首を傾げ、一方はアンニュイな表情に戻って微動だにしていない。


 マイペース甚だしかった。

 話題をかっさらっていった雰囲気ブレイカーズの凄さに比べれば現時点ではどうということも無いけれど。


「有名な話だけど、子供たちが知らないのも無理はないかもしれないわね。そもそも女性の就任自体に前例が無かったのに、団長になってきっかり一年で自ら近衛騎士団をやめるなんてって当時の関係者は大騒ぎだったのよ……」
「陛下は何と?」
「それがマヤもあの人も教えてくれないのよね……」


 女性の身でありながら兵士としてトップに昇り詰めながら、たった一年で辞職したなんて人々の興味を誘いそうな話だとは思う。


 一年きっかりというところに何か裏がありそうだ。

 だけど真実を知る者たちは王の側で何を見、何を聞き、何を感じて、何を思ったのか口を閉ざしている。


 母上の言う、あの人とは父上の事だろう。

 マヤさんが近習部隊長を勤めていた時期から宰相をしていたのなら、何か知っていてもおかしくは無い。

 むしろ知っていると考えるのが自然だ。


「さて、昔話はこのくらいにしておいて授業の記念すべき第一回を始めましょうか。レオンハルトくん、席に着いて」
「むっ? 殿下と呼べっ」


 色々新しい情報が聞けたのに、ますます謎が深まった。


 マヤさんの話題を終わらせて、授業開始の号令をかける母上にレオンは二重の意味で不満の声を上げた。

 彼にとってマヤさんは肉親以上に身近な存在だ。


 中には侍女や女官などただの手駒としか考えていない貴族もいるだろうが、レオンハルト殿下は真っ直ぐな人間だ。

 それも不器用や愚直と云われる程に。


 人を人として、マヤさんを人として認識している彼にとって、さっきの昔話は十分に興味深い話だったのだろう。


『殿下と呼べ』という発言はつい先日、俺にも向けられたものである。

 前回は今のよりも舌足らずな響きだったが、随分と上達したものだ。


 これだけ上達しているということはそれだけ言い慣れているという事に他ならない。

 父王を真似た尊大な物言いは彼にとってはごっこ遊びの範疇なのかもしれない。


「いいえ、敢えてレオンハルトくんとお呼びするわ。私はこの部屋にいる皆を平等に扱うつもりよ」


 王子や殿下と呼ぶ事を面と向かって拒否されたのはおそらく俺で二人目だろう。

 レオンは青い目を真ん丸にして二度三度瞬き、不思議そうに俺と母上の顔を交互に見比べていた。


「さあ、レオンハルトくん。座って下さい」


 再度母上が着席を促す。

 すると何を思ったか、レオンはイルメラに話し掛けた。


「女、そこを退くのだ」
「……えっ?」
「レオンハルトくんの席はこちらにありますよ?」


 脈絡の無い命令系の発言にイルメラが困惑する。

 見兼ねた母上が、自分に一番近い席を示したが、レオンは頭を振った。


「アルトの隣がいいのだ、だからその席を余は所望する!」


 今度は俺が当惑する番だった。


 隣同士の席になりたいとごねる程、俺はいつレオンに好かれたのだろうか?

 出会ってからこっち、説教をぶちかまして無理やり名前呼びをするという無礼を働き、とてもじゃないが好かれる要素など見当たらない。


「レオン、人にものを頼む時はもっと丁寧に言葉を選んで言うものですよ、特に女性相手の時は」


 現在進行形で小うるさい事を言っている。

 こういうのはお目付け役のマヤさんの仕事だと思うが、この授業中は俺に丸投げしてきていると言っていい。


「うむ、そうなのか? ……そこなる女子おなご、レオンハルト・アイヒベルガーが命じる。その席を余に明け渡すのだ! さもなくば、王子の名のもとにそなたを……」
「いや、それ違うから。格式張った口上を述べながら脅すんじゃない!」
「なんだ、これも違うのか。脅してはおらぬぞ?」


 だというのに素直に俺の言葉を聞き入れてくれるくらいには、懐かれている。


 聞き入れた結果の解釈がおかしいのは、彼の育った環境のせいなのか。

 大真面目に脅し文句を口にしかけていたのを慌てて止める。


 とっさの事だったので素の口調が出てしまったけれど、後で不敬罪でしょっぴかれたり、怒られたりしないよな?


『そなたを』の後になんと続けるつもりだったのかなんて聞かない方が身の為だ。

 本人にその自覚が無いのがこれまた性質が悪い。


 それでもついついアドバイスなんぞしてしまう辺り、俺は面倒見の良い人間だったのかもしれない。

 好かれている事に悪い気はしない。


「レオン、そういう時はこうしろと相手に自分の要求を強要するのでは無く、選択権を与えるのですよ」
「うむ。……そこの女、その席を余に明け渡さぬか?」


 何か微妙に違う。

 本人は至って大真面目なのに、だ。


 きっと国王様風アレンジのせいだろう。

 あら不思議、『席を譲ってもらえませんか』が『席を明け渡さぬか』に早変わりだ。


 どうしても席を譲って当然という上から目線の副音声がついているように聞こえてしまう。

 あの口調ではどうやってもまともなお願いなど不可能なのかもしれない。


「で、ですが殿下のお席はあちらに……。殿下はこの集いの中でもっとも高貴な方。一番上座に着くのが当然かと……」
「余は作法など気にしておらぬ。それに先程あの者も言ったではないか? 皆平等だと」


 常識を訴えるイルメラはなる程賢い子供だと思う。

 しかし、レオンはその上を行っていた。


 母上は皆を平等に扱うと言った。

 だから彼は王子だから上座という理論はおかしいと語る。

 我が儘を通す為の屁理屈だが、間違ってはいない。


 我が儘も貫き通せば立派かもしれない。


「フッ……」


 遠く離れた席から微かな笑い声が聞こえた気がした。


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