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序章
第4話 初歩の初歩
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“魔力とは凡そどんな生き物にも宿っている力である。魔力とは即ち生命力である。私はさまざまな検証を経てそのほとんどが全身を駆け巡る血液に含まれていると断ずるに至った。怪我などで大量の血液を失った場合、同時に生命力である魔力までもが大量に失われてしまう為、大変危険な状態であると言える”
なるほど。
魔力=生命力なのか。
昨日見つけた例の魔導書を膝に抱えて、俺は大きく頷いた。
昨日の興奮も冷めやらぬまま、俺は今日も人目を忍びながら書庫を訪れていた。
そして、あの本を夢中になって読み進めているわけである。
魔法を学ぶ第一段階といえば、“自分の魔力を感じ取る”のがファンタジーの定番である。
従来の感覚的指導法によると、魔力とは海の水の様だとも、温かい陽射しの様だとも言われている。
血液に溶け込んでいる、か。
確かに個人差の大きい感覚的指導に比べると余程こちらの方がわかりやすい。
特に俺にとっては。
血中に多くの魔力が含まれている、となれば血流=魔力の流れではないか。
そう仮説を立て俺は目を瞑った。
赤子には不釣り合いなほどの集中力を発揮し、毛細血管の隅々にまで気を配る。
すると俺は早々に己の中の魔力の奔流を掴む事が出来た。
なるほど、魔力は生命力と等しいとは言い得て妙だと思う。
左胸から全身へと送られ、また心臓に戻ってくる。
俺の魔力は温かいのにひんやりしていて、不思議な印象だった。
人によって感じ方が違うのは、魔力の性質が個々人で異なるからなのか?
細かい疑問を抱きつつ、本の続きに目を通す。
“魔法の使い過ぎ、又は何らかの要因により体内の魔力が枯渇した人間は最悪の場合死に至る。また、消費した魔力は睡眠など、心身を休息させる事によって回復が可能である”
この辺りの設定は前世のゲームでも見た覚えがあるな。
しかしこれは俺にとっては現実だという事を忘れてはならない。
ゲームでは一晩眠れば体力も気力も全回復が常だったが、現実はそうはいかないだろう。
まして、それらはゲームと違って数値として知る事など出来ない。
体調の変化によってぼんやり判るだけだ。
つまり、魔法の使い過ぎには十分気を付けなければならない。
幸いゲーム内でのアルフレートは母親譲りの魔力保有量と技術を誇っていた筈だから、魔法を扱う者としての素質には期待出来る。
ただ、調子に乗ってバンバン使うのはよそう、危険過ぎる。
せめて、自分の魔力保有量が具体的に判ってからだな。
“さて、魔力とは何か、魔法の使い過ぎが如何に危険かよく解ったところで魔導の基本中の基本、魔力の精錬について話そう。我々の体内に満たされている魔力だが、ただそこに存在するだけでは何の役にも立たない。流れを変え、身体の特定部位に集める事によって身体能力を一時的に上昇させる事は可能だが、属性魔法を使うには魔力を身体の外に放出する必要がある”
まずは体内で魔力を移動させる練習をし、十分に慣れたら体外へ放出する練習に取り掛かるのが良いらしい。
また、この訓練は属性魔法を使えるようになってからも重要で、大人になっても毎日続けている魔術師もいるとか。
この本の作者にして我が師匠(名前が判らなかったので勝手にそう呼ぶ事にした)は、この魔力操作が上手くいかず、長年躓いていたらしい。
制御の出来ない、方向性すら定まっていない只々膨大なだけの力など、持ち主にとっても世界にとっても不幸にしか成り得ない。
そう考えた師匠の両親は持てる権力、財力をフルに活用して息子の魔力を隠蔽し、魔法の使用の一切を禁じ、家庭教師にも金を渡して口止めした。
まだ幼かった師匠はご両親を軽蔑し、憎んでいた。
そんな師匠が両親の思いを知ったのはとある学友の言葉がきっかけだったという。
『年端もいかない子供の分際で、君はこの世の善悪を全て見抜く事が出来るつもりでいるのか』と。
両親が魔法を禁じたのは息子の自分を思うが故だった。
子供の自分が悪しき者に騙され、利用されぬよう、その力で誰かを傷付けて悲しむ事の無いように、両親は家名に泥を塗る覚悟で動いてくれた。
そう悟った師匠は何年も寄り付かなかった実家へと急いだ。
夜分遅くに先触れも無く急に帰ってきた息子に驚いた両親の前で、師匠は膝をついて泣いたという。
魔法の上手く使えない自分は愛されていないのだと勘違いしていた。
自分を認めてくれない両親を蔑むしか心の平穏を保つ方法が無かったのだと。
愛されたいと願うあまり、色々なものを見失ってしまっていた、気付けなかった自分は愚かだった。
自分はこんなにも両親に愛されていたのか、と。
息子の懺悔を聞いたご両親も一緒になって泣いた。
その後の数日間、学園を休学した師匠はご両親と話し合った。
そこで師匠は両親に胸の内を正直に打ち明けた。
『それでも魔法を学びたい。自分がこのような魔力ちからを持って生まれたのにはきっと何か意味があるはず。人は自分の持っている力に対して責任がある。その責任を果たしたい、果たすべきだ』と。
この時、師匠は齢九つであったという。
これはゲーム『運命の二人』では語られる事の無かった過去だ。
この世界にはゲームで登場しなかった人物もたくさん存在している。
その一人ひとりに過去があり、未来があるのだ。
俺にとって、師匠の記したこの魔導書との出会いは運命だったのかもしれない。
ゲームと決別する為の。
これはヒロインの物語ではない。
俺の物語だ。
ゲームでは語られる事の無かった師匠の生涯だが、俺はその思いを引き継いでいきたい。
俺が彼の生きた証でありたいと思う。
何故たまたま手に取っただけの本の作者に対してそこまで思うのか。
それは前世の“僕”に似ている部分があるからだと思う。
自分は母親に愛されていないのだろうか、と思っていた時期があった。
現在世界より、タブレット端末の向こう側の世界に夢中の母。
キャラの名前を引き合い出しては、○○くんみたいにもっと女の子には優しく、だとか言われる日々。
情緒が不安定になる時期など誰にでもあると言ってしまえばそれまでだが、あの頃の僕は確かに悩んでいた。
結局、自分の母親が変人で愛情表現がどこか屈折してしまっている(この辺りからも彼女が『運命の二人』にハマった理由を推測する事が出来る)が愛されていない訳ではない。
気にしても無駄だという結論を出した瞬間、ふっと胸が軽くなった。
俺がここまで乙女ゲームを憎むのもこうした経緯があったからかもしれないな。
やはりダブレット一つ投げて寄越す育児は間違っていると思うよ、前世の母上。
そう、胸中で呟いた途端にどこかで懐かしい声がした気がした。
『貴方の為なのよ』と。
……気のせいだよな?
前世の母上は空の向こうの筈だ。
……いや、死んだのは俺だからお空の向こうは俺か。
まあ流石にいくら何でも世界が変わってなお、前世の母上の魔手が俺に干渉してくる事は無いだろう。
“体内での魔力の移動は身体中に点在する魔力の粒子、魔粒子をかき集めるようにして一点に集中させるのが最も初歩的な方法である。そうして集めた魔粒子を再び体内で散らし、また結束させる。これを毎日繰り返し、呼吸をするように容易く出来るようになるまでが魔法入門者の最初課題である”
魔粒子か、また新たな言葉が出てきたな。
これは読んで字の如く、魔力の素になる粒子でいいんだよな?
さっきは血管を通る魔力の大まかな流れしか感じ取れなかったから、もう少し細かい部分を見ろってことなのか。
本を膝の上に置き、その上に両手を重ねて背筋を伸ばし、大きく深呼吸をして目を閉じた。
前世でいう座禅のイメージだ。
埃っぽい匂いに交じる本とインクの香り、足に触れた床のひんやりとした感触、天井から降り注ぐ陽光の暖かさ、自分の息遣い。
一瞬弛んだ頬を引き締めつつ、それらの気配を意識から切り離す。
とくとくと脈打つ己の心音が鼓膜を一定の間隔で振動させている。
血管が植物の根のように全身に張り巡らされている様子が脳裏に浮かぶ。
前世で習った白血球、赤血球、血小板の他に魔粒子がここにあるはずだ。
強く確信した途端、それは急に目の前で形を成した。
強い光に当てられて目が眩んだ時のような。
そんな錯覚に襲われたと思った瞬間から間もなく、頭の中のイメージが切り替わった。
それは色とりどりのビーズのようだった。
赤や青、黒や白といった色が目立つ中で緑や黄色も比率は少ないもののちらほら見かける。
極端に少ないのは黄色だった。
これは属性を示しているのだろうか?
だが、だとすると一色だけ説明がつかない色がある。
色、というかその魔粒子は色も形も見ることが出来なかった。
その魔粒子自体が自力で発光していて、よく見えないのだ。
師匠の本には魔粒子がどんな色や形をしているのかは書かれていなかった。
これは俺が自分の記憶から引っ張り出して、自分の理解しやすい形がイメージにとして投影されているだけなのかもしれない。
発光していることに大した意味などないかもしれない。
どういうわけか、謎の魔粒子に意識を向けようとすると何か不思議な力で考えをねじ曲げられてしまう。
『気の短い男は嫌われちゃうわよ?』
そんな言葉がぽつりと頭の中に浮かんだ。
「……ぃっ」
バッと後ろ――部屋の扉を振り返る。
誰もいない。
上は……いない。
誰だ、今の声は。
前世の僕の母に似た声だった。
似ているというより本人の声のような……。
いや、俺は何を馬鹿な事を。
確かに俺は転生者らしいが、こんなことがそう頻繁にあってたまるか。
訓練を続けよう。
確かこの魔粒子を動かせばいいんだよな。
それでこの魔粒子を自在に操れるようになるのが今の俺の課題か。
師匠、俺頑張ります!
問題はきっとイメージだよな。
動かすと言っても、実際に手で触れて動かす訳じゃない。
かといって魔粒子には神経が通っている訳でもないから、他の身体の一部みたいに動かす事も不可能だ。
そう、云わば不可視の力。
見えない力っていうと重力とか……?
いや、これはイメージしにくいな。
もっと身近なものはないのか。
師匠は魔粒子を一点に掻き集めろと言っていた。
掻き集める、集める、寄せる、引き寄せる……?
これだ!
連想ゲームのように言葉を次々と言い換えていったところで俺は閃いた。
磁力だ。
磁力をイメージすればきっとうまくいくはずだ。
前世で小学生の時、理科の実験に磁石を使って砂鉄を集めるというものがあった筈だ。
魔粒子を砂鉄に見立てる。
そして今回はそうだな、この右手に磁石を置いたとしたら……。
ゆっくりとだが確実に魔粒子は右手へと移動していった。
おお、すごい!
本当に動いた!
さっきの何だかよく判らない魔粒子も動かす事は問題なく出来るようだ。
今度は左手に。
これも問題なく魔粒子を集める事が出来た。
……というか、あれ?
なんかさっきより青いのと白いのの比率が高くないか?
全体的な量もさっきより多いような……?
……いや、こんなものか。
師匠によると次は、集めた魔粒子を元に戻せばいいんだったよな。
これはそうだな……。
扇風機で書類が吹き飛ばされた時のイメージでいこう。
よし、出来た。
魔力を引き寄せて、散らす。
これを一セットとして、毎日繰り返せばいいんだよな。
気付けばかなりの時間が経ってしまっているようだ。
本棚の影の位置が動いている。
今日の読書はここまでだな。
そろそろ母上かメイドさんが俺を起こしに来る時間だし、あの訓練は初歩とはいえ慣れない子供の身体には随分負担がかかるものらしい。
背中が汗でぐっしょりと濡れている。
このままで過ごすのは気持ち悪いな、これは。
おやつの前に母上かメイドさんにお願いして、着替えを持ってきてもらおう。
初めてやってこの成果ならまずまずだよな。
棚に師匠の本を戻し、服に付いた埃を払い落として俺はほくほく顔で書庫を後にした。
なるほど。
魔力=生命力なのか。
昨日見つけた例の魔導書を膝に抱えて、俺は大きく頷いた。
昨日の興奮も冷めやらぬまま、俺は今日も人目を忍びながら書庫を訪れていた。
そして、あの本を夢中になって読み進めているわけである。
魔法を学ぶ第一段階といえば、“自分の魔力を感じ取る”のがファンタジーの定番である。
従来の感覚的指導法によると、魔力とは海の水の様だとも、温かい陽射しの様だとも言われている。
血液に溶け込んでいる、か。
確かに個人差の大きい感覚的指導に比べると余程こちらの方がわかりやすい。
特に俺にとっては。
血中に多くの魔力が含まれている、となれば血流=魔力の流れではないか。
そう仮説を立て俺は目を瞑った。
赤子には不釣り合いなほどの集中力を発揮し、毛細血管の隅々にまで気を配る。
すると俺は早々に己の中の魔力の奔流を掴む事が出来た。
なるほど、魔力は生命力と等しいとは言い得て妙だと思う。
左胸から全身へと送られ、また心臓に戻ってくる。
俺の魔力は温かいのにひんやりしていて、不思議な印象だった。
人によって感じ方が違うのは、魔力の性質が個々人で異なるからなのか?
細かい疑問を抱きつつ、本の続きに目を通す。
“魔法の使い過ぎ、又は何らかの要因により体内の魔力が枯渇した人間は最悪の場合死に至る。また、消費した魔力は睡眠など、心身を休息させる事によって回復が可能である”
この辺りの設定は前世のゲームでも見た覚えがあるな。
しかしこれは俺にとっては現実だという事を忘れてはならない。
ゲームでは一晩眠れば体力も気力も全回復が常だったが、現実はそうはいかないだろう。
まして、それらはゲームと違って数値として知る事など出来ない。
体調の変化によってぼんやり判るだけだ。
つまり、魔法の使い過ぎには十分気を付けなければならない。
幸いゲーム内でのアルフレートは母親譲りの魔力保有量と技術を誇っていた筈だから、魔法を扱う者としての素質には期待出来る。
ただ、調子に乗ってバンバン使うのはよそう、危険過ぎる。
せめて、自分の魔力保有量が具体的に判ってからだな。
“さて、魔力とは何か、魔法の使い過ぎが如何に危険かよく解ったところで魔導の基本中の基本、魔力の精錬について話そう。我々の体内に満たされている魔力だが、ただそこに存在するだけでは何の役にも立たない。流れを変え、身体の特定部位に集める事によって身体能力を一時的に上昇させる事は可能だが、属性魔法を使うには魔力を身体の外に放出する必要がある”
まずは体内で魔力を移動させる練習をし、十分に慣れたら体外へ放出する練習に取り掛かるのが良いらしい。
また、この訓練は属性魔法を使えるようになってからも重要で、大人になっても毎日続けている魔術師もいるとか。
この本の作者にして我が師匠(名前が判らなかったので勝手にそう呼ぶ事にした)は、この魔力操作が上手くいかず、長年躓いていたらしい。
制御の出来ない、方向性すら定まっていない只々膨大なだけの力など、持ち主にとっても世界にとっても不幸にしか成り得ない。
そう考えた師匠の両親は持てる権力、財力をフルに活用して息子の魔力を隠蔽し、魔法の使用の一切を禁じ、家庭教師にも金を渡して口止めした。
まだ幼かった師匠はご両親を軽蔑し、憎んでいた。
そんな師匠が両親の思いを知ったのはとある学友の言葉がきっかけだったという。
『年端もいかない子供の分際で、君はこの世の善悪を全て見抜く事が出来るつもりでいるのか』と。
両親が魔法を禁じたのは息子の自分を思うが故だった。
子供の自分が悪しき者に騙され、利用されぬよう、その力で誰かを傷付けて悲しむ事の無いように、両親は家名に泥を塗る覚悟で動いてくれた。
そう悟った師匠は何年も寄り付かなかった実家へと急いだ。
夜分遅くに先触れも無く急に帰ってきた息子に驚いた両親の前で、師匠は膝をついて泣いたという。
魔法の上手く使えない自分は愛されていないのだと勘違いしていた。
自分を認めてくれない両親を蔑むしか心の平穏を保つ方法が無かったのだと。
愛されたいと願うあまり、色々なものを見失ってしまっていた、気付けなかった自分は愚かだった。
自分はこんなにも両親に愛されていたのか、と。
息子の懺悔を聞いたご両親も一緒になって泣いた。
その後の数日間、学園を休学した師匠はご両親と話し合った。
そこで師匠は両親に胸の内を正直に打ち明けた。
『それでも魔法を学びたい。自分がこのような魔力ちからを持って生まれたのにはきっと何か意味があるはず。人は自分の持っている力に対して責任がある。その責任を果たしたい、果たすべきだ』と。
この時、師匠は齢九つであったという。
これはゲーム『運命の二人』では語られる事の無かった過去だ。
この世界にはゲームで登場しなかった人物もたくさん存在している。
その一人ひとりに過去があり、未来があるのだ。
俺にとって、師匠の記したこの魔導書との出会いは運命だったのかもしれない。
ゲームと決別する為の。
これはヒロインの物語ではない。
俺の物語だ。
ゲームでは語られる事の無かった師匠の生涯だが、俺はその思いを引き継いでいきたい。
俺が彼の生きた証でありたいと思う。
何故たまたま手に取っただけの本の作者に対してそこまで思うのか。
それは前世の“僕”に似ている部分があるからだと思う。
自分は母親に愛されていないのだろうか、と思っていた時期があった。
現在世界より、タブレット端末の向こう側の世界に夢中の母。
キャラの名前を引き合い出しては、○○くんみたいにもっと女の子には優しく、だとか言われる日々。
情緒が不安定になる時期など誰にでもあると言ってしまえばそれまでだが、あの頃の僕は確かに悩んでいた。
結局、自分の母親が変人で愛情表現がどこか屈折してしまっている(この辺りからも彼女が『運命の二人』にハマった理由を推測する事が出来る)が愛されていない訳ではない。
気にしても無駄だという結論を出した瞬間、ふっと胸が軽くなった。
俺がここまで乙女ゲームを憎むのもこうした経緯があったからかもしれないな。
やはりダブレット一つ投げて寄越す育児は間違っていると思うよ、前世の母上。
そう、胸中で呟いた途端にどこかで懐かしい声がした気がした。
『貴方の為なのよ』と。
……気のせいだよな?
前世の母上は空の向こうの筈だ。
……いや、死んだのは俺だからお空の向こうは俺か。
まあ流石にいくら何でも世界が変わってなお、前世の母上の魔手が俺に干渉してくる事は無いだろう。
“体内での魔力の移動は身体中に点在する魔力の粒子、魔粒子をかき集めるようにして一点に集中させるのが最も初歩的な方法である。そうして集めた魔粒子を再び体内で散らし、また結束させる。これを毎日繰り返し、呼吸をするように容易く出来るようになるまでが魔法入門者の最初課題である”
魔粒子か、また新たな言葉が出てきたな。
これは読んで字の如く、魔力の素になる粒子でいいんだよな?
さっきは血管を通る魔力の大まかな流れしか感じ取れなかったから、もう少し細かい部分を見ろってことなのか。
本を膝の上に置き、その上に両手を重ねて背筋を伸ばし、大きく深呼吸をして目を閉じた。
前世でいう座禅のイメージだ。
埃っぽい匂いに交じる本とインクの香り、足に触れた床のひんやりとした感触、天井から降り注ぐ陽光の暖かさ、自分の息遣い。
一瞬弛んだ頬を引き締めつつ、それらの気配を意識から切り離す。
とくとくと脈打つ己の心音が鼓膜を一定の間隔で振動させている。
血管が植物の根のように全身に張り巡らされている様子が脳裏に浮かぶ。
前世で習った白血球、赤血球、血小板の他に魔粒子がここにあるはずだ。
強く確信した途端、それは急に目の前で形を成した。
強い光に当てられて目が眩んだ時のような。
そんな錯覚に襲われたと思った瞬間から間もなく、頭の中のイメージが切り替わった。
それは色とりどりのビーズのようだった。
赤や青、黒や白といった色が目立つ中で緑や黄色も比率は少ないもののちらほら見かける。
極端に少ないのは黄色だった。
これは属性を示しているのだろうか?
だが、だとすると一色だけ説明がつかない色がある。
色、というかその魔粒子は色も形も見ることが出来なかった。
その魔粒子自体が自力で発光していて、よく見えないのだ。
師匠の本には魔粒子がどんな色や形をしているのかは書かれていなかった。
これは俺が自分の記憶から引っ張り出して、自分の理解しやすい形がイメージにとして投影されているだけなのかもしれない。
発光していることに大した意味などないかもしれない。
どういうわけか、謎の魔粒子に意識を向けようとすると何か不思議な力で考えをねじ曲げられてしまう。
『気の短い男は嫌われちゃうわよ?』
そんな言葉がぽつりと頭の中に浮かんだ。
「……ぃっ」
バッと後ろ――部屋の扉を振り返る。
誰もいない。
上は……いない。
誰だ、今の声は。
前世の僕の母に似た声だった。
似ているというより本人の声のような……。
いや、俺は何を馬鹿な事を。
確かに俺は転生者らしいが、こんなことがそう頻繁にあってたまるか。
訓練を続けよう。
確かこの魔粒子を動かせばいいんだよな。
それでこの魔粒子を自在に操れるようになるのが今の俺の課題か。
師匠、俺頑張ります!
問題はきっとイメージだよな。
動かすと言っても、実際に手で触れて動かす訳じゃない。
かといって魔粒子には神経が通っている訳でもないから、他の身体の一部みたいに動かす事も不可能だ。
そう、云わば不可視の力。
見えない力っていうと重力とか……?
いや、これはイメージしにくいな。
もっと身近なものはないのか。
師匠は魔粒子を一点に掻き集めろと言っていた。
掻き集める、集める、寄せる、引き寄せる……?
これだ!
連想ゲームのように言葉を次々と言い換えていったところで俺は閃いた。
磁力だ。
磁力をイメージすればきっとうまくいくはずだ。
前世で小学生の時、理科の実験に磁石を使って砂鉄を集めるというものがあった筈だ。
魔粒子を砂鉄に見立てる。
そして今回はそうだな、この右手に磁石を置いたとしたら……。
ゆっくりとだが確実に魔粒子は右手へと移動していった。
おお、すごい!
本当に動いた!
さっきの何だかよく判らない魔粒子も動かす事は問題なく出来るようだ。
今度は左手に。
これも問題なく魔粒子を集める事が出来た。
……というか、あれ?
なんかさっきより青いのと白いのの比率が高くないか?
全体的な量もさっきより多いような……?
……いや、こんなものか。
師匠によると次は、集めた魔粒子を元に戻せばいいんだったよな。
これはそうだな……。
扇風機で書類が吹き飛ばされた時のイメージでいこう。
よし、出来た。
魔力を引き寄せて、散らす。
これを一セットとして、毎日繰り返せばいいんだよな。
気付けばかなりの時間が経ってしまっているようだ。
本棚の影の位置が動いている。
今日の読書はここまでだな。
そろそろ母上かメイドさんが俺を起こしに来る時間だし、あの訓練は初歩とはいえ慣れない子供の身体には随分負担がかかるものらしい。
背中が汗でぐっしょりと濡れている。
このままで過ごすのは気持ち悪いな、これは。
おやつの前に母上かメイドさんにお願いして、着替えを持ってきてもらおう。
初めてやってこの成果ならまずまずだよな。
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