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- 28章 -
-とある休日2-
しおりを挟む市ノ瀬にとっては少しだけ、安積にとっては大いに引っ掛かる“メンズメイク”の言葉に、自然と顔を見合わせた。
安積が何が言いたいのか。
何を思っているのか。
なにも言わなくても分かっていた。
「…まぁ、ほら。部活の為だろ。女役が圧倒的に多いんだから、レディースメイク勉強するのも、化粧品貰って喜ぶのも、なんも変じゃねえよ」
「……そう、かもだけど」
「部活に全力な所も、メイクして可愛くなったお前も、俺は好きだけどな」
「…なんだろ。嬉しいはずなのに、この全力で喜べない感じ」
と言いつつも、眼前に並ぶ化粧品にわくわくしている気持ちは隠しきれておらず、安積は無理して取り繕った絶妙な顔で、自身の化粧ポーチからヘアピンを取り出し、形の良いおでこをあらわにした。
手慣れた様子で下地を作り、手の甲で色を確かめながらシャドーを選ぶ。カラフルになった手の甲を、ウインクするように瞑った目の横にあてがうその顔に笑顔が浮かんでいる事は、指摘しないで置くことにした。
シャドーで色づく瞼にアイラインが引かれると、続いて睫毛が空を向く。綺麗にカールされた睫毛に、毛束にならないナチュラルなマスカラが乗り、只でさえ大きめの目が更に際立った。
薄ピンクのチークが頬に乗り、パールで微かに光り…
「あ」
「ん?」
「リップ、これが良い」
「え? あぁ、うん?」
いくつか並ぶリップに伸ばされた安積の手を止めた市ノ瀬は、その中の1つを手に取り差し出した。
それは、ロミオとジュリエットを演じた時に安積が使用してた物で、あの時はまだ付き合ってもなく、想いを伝えてもいなかった。
あの時は、演技中、近づく距離に緊張し、体を硬直させ、頬を赤らめる安積に我慢するしかなく…
でもー
「今は我慢する必要ねぇんだよなぁ」
「えっ?なに?なんかあった?」
「いや、幸せ噛み締めてる所」
「…そう? なんか良く分からないけど、それなら良かったw」
緩やかに弧を描いた薄い唇が、艶やかなピギーピンクに染まっていく。擦り合わせた唇が、まるで花を咲せたように、小さな音と共に開かれると、市ノ瀬は引き寄せられるように、テーブルの上に体を乗り出した。
「……なん、だよ、急に」
「や、うっかり」
「うっかりって……色、移っちゃってんぞ」
「良いよ別に。これはこれでご褒美だわ」
「あ、そ…」
ある意味、あの時出来なかった事へのリベンジを果たした市ノ瀬は、満足そうな笑みを安積に向けた。
そして即座に反らされた、緊張とは違う安積の恥じらう表情が、あの時とは圧倒的に変わった2人の関係を、如実に表にしており、幸福感で胸が満たされていく。
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