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慰弦

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- 28章 -

-憎悪と情愛-

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兄の声色のあまりの普通さと、その軽さに思わず問いかけると、兄が不思議そうに首を傾げた。


「どうして? もう帰らない人の荷物取っといてもしょうがないでしょ? 必要な物は全部運び出してたし、なんの問題もないけど」


そう平然と言って退ける兄に、愕然とする。

何故こうも、自分の存在した痕跡全てをバッサリと捨てられて、平然としているのだろう?兄自身、あの家に残して置きたくなかったのだろうか?

他人を物凄く大切にするのに、母の事でさえも感謝してくれているのに、何故、自分の事にはこうも淡白にしていられるのだろうか?

そんな悲しい事を、平気で言える様になってしまった、そんな兄の姿がとても痛ましい。

そうさせてしまった “ なにか ” がとても憎らしい。

それでも、兄がそう思ってしまってるのだとしても、そう思うようになってしまったのだとしても、自分にはそういうふうに割りきる事は到底出来ない。


「俺は…悲しかった」

「…そう?」

「思い出ごと全部捨てられたみたいで、ひじりの事を蔑ろにしてるみたいで、凄く悲しかった…」

「物はいつか壊れるし、失くなるものでしょ?でも思い出は誰にも捨てられない、自分だけの物だから、そんなふうに思わなくても大丈夫じゃない?」

「…でもさ、誰にも捨てられなくても、忘れちゃう事はあるじゃん。忘れたくなくてもさ……もし思い出せなければ、あの部屋の中にも、俺の中にも、ひじりの存在はなかった。どこにも居なかった。そう考えたら凄く怖くなった」

「………」

「思い出に残ってれば良いって思ってるなら、どうして宝物だって残してるの?大事で残しておきたいって思ってくれたからじゃないの?」

「それは…」


勿論、その通りだった。
大事で大切だから残しておきたかった。
口では思い出だけで良いなんて言いながら、そんなのは弟を納得させる為の詭弁でしかない。

現に手離すことが出来ず、今の今まで大事に取っておいた自分の言葉に、説得力は皆無だろう。

でもそれらを持ち出したのは、それだけが理由じゃない。弟の気持ちを聞いた今、酷いことをしたと心が痛むが、当時はそれが最善だと思ったのだ。

なぜならー

『忘れて欲しかったから。…せいには言えないけど』

2度と会うつもりはなく、会わない方が良いとも思っていた。忘れてくれてた方が好都合だった。何もかも忘れて幸せになって欲しかった。

自分が居なくなれば、彼女があの部屋の物は全部処分してくれるだろう。ある意味、そこには信頼があった。

処分されても良いと思ったのは、まだ小さな弟が少しでも自分を忘れるように。忘れたその時に、思い出す切っ掛けにならないように。
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