1,063 / 1,150
- 28章 -
-憎悪と情愛-
しおりを挟む「大人になってから知った事だけどね。思いを踏みにじっちゃったみたいで、結果家族じゃない証明みたくなっちゃったのは申し訳ないけど、祐子さんのその思いは素直に嬉しかったなぁ」
「…そっか。母さん、そんなこと…」
でも、それは昔の話だ。温泉に来る前の母の言葉が思い出され、無意識に溜め息が出る。
戸籍になんて残すんじゃなかったと叫ぶ母の言葉が…
昔は良い人だったという事実になんの意味があるのだろうか…
兄の思い出が、辛いだけのものではなかったのは嬉しいけれど、今の母が、今の兄を傷つけて居る、その免罪符には、決してなり得ない。
「……っ!?」
「もー、暗い話じゃないって言ってるじゃない!これは俺にとって良い話嬉しかった話、幸せな思い出なんだから、一緒に喜んでよぉ」
「……ごっ、ごめん」
無意識に渋い顔をしてしまっていたのだろう。
クルリと振り向いた兄の指が眉間に突き刺さり、とっさに笑顔を作った。不恰好な自覚のある笑顔ではあったけれど、不貞腐れたような兄の顔に笑みが戻ったので良しとした。
『後もうちょっとかな…?』
手ぐしで乾き具合を確認すると、ようやくゴールが見えてきた。兄は、母の言葉をいまだに大切に覚えていて、髪を伸ばし続けている。
兄に言うのも変な感じではあるけれど、その健気さに涙が出そうになる。ぎゅっと抱き締めてあげたくなる。
切ればなんて安易に言った、自分のなんて配慮のないことか….
「んー…でもさぁ、なんか見覚えあるんだよねぇ」
「ん? なにが?」
自分の発言に反省し、若干落ち込みかけた所に、悩ましげな兄の声が届いた。こめかみに指を当て、記憶を手繰り寄せる様に目をつぶっていた。
「あの時の景色。最近見たような気がしてさぁ」
「あの時?」
とは、どの時の事だろう?
「噴水とイルミネーション…」
「あぁ、遊園地の事?」
「そう。ここ数年遊園地なんて行ってない筈なんだけど…あの時行ったのって、何処の遊園地なんだろう? 今更聞くのもあれだ………し」
「聖?」
話途中で、なにか思い当たった物でもあったのだろうか? パッと顔を上げ目を丸くし、鏡越しに自分を見上げた兄としばし見つめあった。
「どこか分かったの?」
「分かったかもしれない。これ、あそこだ… 」
「どこ?」
「観覧車から大きな白い屋根が見えたの。たぶんあれ、野球場だ」
大きな白い屋根の野球場。それは自分にとってもわりと最近目にしたばかりの物だ。でも、その事を兄に言った事は勿論ない。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説


そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。


BlueRose
雨衣
BL
学園の人気者が集まる生徒会
しかし、その会計である直紘は前髪が長くメガネをかけており、あまり目立つとは言えない容姿をしていた。
その直紘には色々なウワサがあり…?
アンチ王道気味です。
加筆&修正しました。
話思いついたら追加します。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる