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慰弦

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- 28章 -

-憎悪と情愛-

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やはり、終始仲が良くなかったと思っていたのだろう。瞬きさえ忘れ驚いたように自分を見る弟に笑い返した。


「そう!小さかったからそんなに記憶はないんだけど、凄く楽しくて、イルミネーションがすっごく綺麗だったのは覚えてるよ。噴水に反射して、キラキラ光って、観覧車の中から見下ろすと、まるで花畑みたいだった」

「そう、なんだ…そか、そっかっ! 分かるっ!!凄く綺麗だよね、遊園地のイルミネーション!」


兄が言葉にした光景は、まるでたった今目の前にしているかのように想像する事ができた。それは数ヵ月前に、似たような景色を見たばかりだろう。

文化祭後、色々とギクシャクしていたあの時、市ノ瀬が遊びに連れ出してくれた遊園地。

暗くなるまで遊び回り、疲れ果て、HOTジュースで暖を取りながら、並んで見たウォーターシンフォニー。嬉しい言葉を沢山貰ったあの観覧車から見下ろした景色は、今だって鮮明に思い出せる。

とても綺麗で心踊るあの景色を、父と母と共に、兄も見た事があった。楽しかったと話せる、良い思い出として。

相容れない思いや、受け入れられない出来事、様々な事が要因となり、今のような関係性になってしまったのは残念だけれど、それだけは、本当に良かったと素直に思えた。


「色々あって今みたいになっちゃったけど、祐子さんが沢山頑張ってくれてたおかげで、俺にも安積家の一員として、あの家で暮らしてた、家族としての楽しい思い出も、ちゃんとあるんだよ!」

「そっか…よかったっ!すっごく!!」


兄にも、本当の家族との思い出があってくれた事が、凄く嬉しい。家族が、辛いだけの思い出じゃなかった事が凄く嬉しいと、漸く弟の顔に曇りのない笑みが浮かぶ。

幸せな思い出があるぶん、その後の事が余計に辛く感じたのではないかとも思えたが、兄が楽しそうに語っているなら、指摘するのは藪というものだろうと、そこは口をつぐんだ。


「まぁ、俺がそんなんだったから、祐子さんと養子縁組するタイミング逃しちゃったんだけどね」

「え? どーいうこと?」

「この子が母親として認められるようになるまで待ってあげよう! そうなれるように頑張ろうっ!って思ってくれてたみたいで」

「そうだったんだ…」


どうして母は兄と養子縁組をしなかったのだろう。先程の話の中で聞いた時は、悪い考えばかりが浮かんでしまって居たけれど、その理由には相手を思いやる暖かさだけが存在していた。

母も兄を愛そうとしていた。
良い母になろうとしていた。

いつだったか兄が話していたその言葉が、ほんの少しだけれど実感となっていく気がした。
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