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- 28章 -
-憎悪と情愛-
しおりを挟む迷いながら進む事の不安は分からないでもない。だとしても、誰かを守る為に誰かを傷つけるなんて方法は、間違っているとしか思えない。
自分なら、絶対にそんな選択はしない。
けれど、自分の選択に葛藤していたと言うことは、良心がなかったわけではないのだろう。
今更言っても仕方のないことだけれど、あの時、母を他の道に導いてあげられる誰かが居てくれたらと思ってしまう。
「そんな祐子さんに、俺は何が出来るんだろうって考えて…肯定する事にしたの」
「…は? 肯定?」
「そう。貴女は間違ってないんだよって。自己肯定感をね、持てるように」
「いや、言ってる事は…分かるけど、でも、それじゃぁー」
鬱を患っている人には、自己肯定感を高める為に、そういった事が有効なのは小耳に挟んだ事はある。
けれど、それが意味する事なんて、それで何が起きるかなんて、他の誰よりも、兄が一番良く分かっていた筈だ。
「もちろん、暴力を肯定するのは駄目だって事くらい分かってたよ。でも自分が出来ることなんて、これしかなかったからね。祐子さんは悪くない。正しい。悪いのは俺だって。自分からそうなるようにしたの。まぁ、今でもその選択が正しかったかどうか分からないんだけどね」
「……いや、意味分からないよ。父さんは何してたの?」
「もちろん手は貸してくれてたよ。仕事して、疲れて帰って来て、毎日不安定な祐子さんの相談聞いて、寄り添って、自分が倒れたら駄目だって、無理して明るく振る舞って、子供の世話して、俺の事も気づかってくれてた。そしてまた仕事。毎日その繰り返し」
「…………」
知らない。そんなのは知らない。
安積の記憶の中では、2人はとても仲の良い夫婦で、いつだって笑顔で、優しかった。
兄の言う1面を垣間見た事など、1度たりともなかった。
「たまにさ、祐子さんが居ない時に、一緒に遊んだりしてたでしょ?全部父さんが上手くやってくれてたんだよ。俺達と祐子さんとで板挟みになって…本当に、父さんもいつ看病鬱になってもおかしくなかった。俺には祐子さんの話を聞いて寄り添う事は出来ないから、だから俺は俺に出来る事をしたの」
記憶の中の両親が“そう”なのは 、“そうじゃない姿”を、まだ幼かった自分に見せないようにしていたからなのだと、今更ながらに知る事となった。
自分の知らないところで、様々な思いが渦巻いていて、その渦から、自分は常に守られていたのだ。
そんな中、自分になにが出来るのか。
そう考え行動していた兄もまた、自分を守ってくれていた1人だった。
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