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- 28章 -
-憎悪と情愛-
しおりを挟むそのあまりに急な事態に、体が固まったように動かない。
静かにそよいでいた木々の葉が、激しくぶつかり合いながら、派手にざわめき鼓膜を揺らした。
優しく温かく体を包み込み、緩やかに揺れていた筈の水面が、急激に数を増やした、肌を伝う数多の気泡が、異変を伝えてくる。
心なしか、辺りを漂う湯気の濃度も増した気がした。
『なに、これ…??』
辛うじてだが、微かだけれど頭は動くようだ。錆び付き動きが鈍くなっているように感じる首を、なんとか動かし、隣で寝転ぶ兄へ顔を向けるが、何故だか表情が見えない。
暗闇に居るわけでもない。
髪や手で隠れているわけでもない。
それなのに顔が見えない。
そうとしか言い表しようがない。
その光景は、何時か見た光景と重なる。
兄が再び孤児院に行ったあの日。
長い長いかくれんぼの、始まりの日。
『なん、で…?』
心臓かバクバクと騒ぎはじめる。
再び兄が遠くへ行ってしまうような気がして…
声をかけたいのに、喉が張り付いた様に声が出ない。
一体なにが起こっているのか、何故こうなっているのか、何もかもが分からない事だらけだ。それでも、この状況を打破しないと、と言うことだけは分かる。それなのに、なにも出来ない。
そんな思いに、もどかしさと焦りが頭を駆け巡る。
けれど凍ったように固まり、指先1つ動かせない状況で、なにが出来ると言うのだろう。
頬に、背中に、どんどんと浮かんでいく冷や汗が存在感を増していく。
『なんで…どーして見えないんだよっ!?』
いくら瞬きを繰り返しても、相も変わらず側に居る筈の兄の顔は見えない。もしかして、兄になにか良くない事でもあったのか?
名前を呼ぼうにも、手を伸ばそうにも、自分の体なのに何一つ思うように動かせない。その間にも辺りで起こる異変はその色を濃くしていく。
『どうしようっ、どうしようっ!?聖になにかあったらっ…どっか行っちゃったらっ…聖っ…聖っ!!』
恐怖と不安に、なにも出来ないもどかしさと、情けなさに目が潤む。
その時。
ふいに自分の真横で小さな波が起きた。
『…今度はなにっ?』
只でさえ頭がついていかず困惑真っ只中なのだから、これ以上良く分からない事は起こらないで欲しい。
しかし、そう思ったのも束の間、再び真横で起きたその波が、体を優しく持ち上げ、弱々しくも、確かに押し出すように打ち付けてきた。
その波に押され、体が横を向くと、反動で力の入らない片手が、振り子のように動き兄へと伸びる。
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