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- 28章 -
-憎悪と情愛-
しおりを挟む兄の返答を待ち、しばし沈黙が流れる。
心を癒す筈のこの場所の様々なものが、最早意味をなさなくなっていた。
「…俺は、今自分の手の中にある幸せがなかったかもしれない、そんな未来は嫌だよ」
「…どういう、事?」
沈黙を破った兄の手が天井へと伸び、何かを守るようにギュット握りしめられ、特に意味も意識もなくその手を眺める。
「今ある幸せがなくなる変わりに、経験した辛い事がなかった事になるとしても、そんなのは嫌だなぁ」
「……でもさ、最初からなかった幸せなら、なくなったとも思わないし、寂しくも悲しくもないでしょ。さっきのゾンビの話みたいにさ」
1度頭をよぎった思いが、どんどんと懐疑的な気持ちを膨らませていく。
別に消えてなくなりたいわけじゃない。
でも、最初から自分など居なければ…
「そうかもね。でも、実際あるんだから。もしもなんて考えるだけ無駄な時間でしょ。今まで経験した辛い事も嬉しい事も、全部俺だけのもので、俺を形作るもので、大切で失くしたくないもの。誰になんて言われようと、これは本心だよ」
微かに震えて聞こえる声に胸が締め付けられる。
兄のこんな声は、初めて聞いたかもしれない。
「聖だってその1つなんだから。だから…奪わないでよ」
「……ごめん」
天に伸びた兄の手はいつの間にかその目を覆い隠し、その横顔が溜め息をついた。まるで、込み上げるものを押し留めるように。
きっと、“ 自分なんて ” という思いが伝わってしまったのだろう。兄を想い、思った感情が、兄の大切なものを奪うなんて、本末転倒すぎる。
悲しませてごめん。
伝えたいのにうまく言葉にできず兄を見つめていると、目を覆い隠していた手が浮き上がり、悲壮感を感じさせる笑みが自分へと向けられた。
「原因は今話した事で凡そ全部だよ。他になにか聞きたい事はある?」
「…でも」
他になにかと言われればないわけじゃない。けれど辛い思いを上乗せさせてしまっている現状で、これ以上口を開くことはどうしても戸惑われてしまう。視界にうつる兄は、目をつぶり口許には元気のない微かな笑みを浮かべていた。
「この際だから話せることは全部話すよ。それで聖のモヤモヤがとれるなら。全部、終わらせよう」
潔い事を言っているようにも聞こえるが、その声には覇気がなく、いつもの揺ったりとした余裕を感じさせる色もない。気丈に振る舞っては居るけれど、やはり当時の事を思い出すのは辛いのだろう。
只でさえ激務だったうえ、そのままこんな話に付き合わせられたのなら尚更だ。
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