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慰弦

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- 28章 -

-憎悪と情愛-

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唐突に聞こえた声は、なんとなくそうなんじゃないかと思っていた人物の声で、手探りでその形の良い頭を撫でた。


「言ったら、もっと悲しむ人が居るんだ」

「そうなの?でもそれじゃぁー」


その時、不意に髪を揺らした生温い風と、それが運んで来た忌むべき香りに、月影の言葉が途切れる。それと同時に、先程まで自分の手の中にあった暖かさは、忽然と消えてなくなってしまった。


「……あ、れ?」


そして突如襲ってきた腹部の熱。暖かなが下半身へと伝い落ちる嫌な感覚に、そっと腹部に手を這わせると、べっとりとした何かが手に絡み付いた。

『これって……』

古い記憶が急速に甦り、嫌な汗が体を伝う。

たまらずその場にうずくまると、その箇所を押さえ込んだ。けれど呼吸する度に量を増やし、どんどんと流れ出るそれに、恐怖が込み上げ、呼吸すらも上手く出来なくなる。

まるでそこに心臓があるかのように、ドクンドクンと脈打ち、自分の命そのものが流れ出てしまっているようにも感じられた。

『止め、ないと…だよね、これ』

頭上からは、そんな自分の状況などお構いなしに、責め立てる女性の声が降り注ぐ。恐怖と畏怖の象徴でもある彼女の香りが纏わりつき、一段と濃くなった自身から発せられる鉄の匂いが、交じり合いながら全てを飲み込んでいく。

霞み始める視界の中、目の前で立ち竦んでいた女性の両足が、後退りしながら消えていった。

あまりにもリアルな感覚に、顔は苦痛に歪み、何も考えられなくなり、意識も遠のいていく。今にも意識が途切れそうになる中、それを繋ぎ止めたのは、徐々に聞こえ始めた泣き声だった。

堪えることなく響くその泣き声は、先程泣いていた声とは違い、どうやら幼い子供のようだ。

けれど、間違えるわけがない。

この声も、弟だ。

『……大丈夫、落ち着け。これは夢なんだから…こんな所で再体験して、翻弄されてる場合じゃないだろ』

気持ちを落ち着かせる為、大きく深呼吸をすると、体を伝う生温い液体が量を増やす。
かなりの不快さに背筋が冷えるが、だからといって死ぬ訳じゃない。

『…ははっ、まろみ出そぅ』

唯一の救いと言えるのは、痛みがない事だろう。
あの時の自分が痛みを感じなかった事に感謝だ。

過ぎ去った変えようのない出来事に、思い出したように怯えるなど、そんな馬鹿げた話などない。脳に根付く恐怖を吹き飛ばすように頭を振ると、ゆっくりと立ち上がった。

『…とにかく、探さないと』

今こんな夢を見ているのには、きっとなにか意味があるはずだ。いったい何を暗示しているのか?覚醒が近間っているのか、白み始める頭をなんとか働かせ、泣き声に向かい足を進めた。

先程とは違いどんどんと近くなっていく声に、安堵しながら進み続ける。

『もう、少し…、もう少しだから』

その祈りは無事に届いたようだ。
ぼんやりと小さな子供の後ろ姿をとらえ、その真後ろへとたどり着くと膝を落とした。

『大丈夫。もう、大丈夫だから…もう、泣かないで』

悲しみに小さく揺れる、その儚げな体を抱き締めようと両手を伸ばす。しかし、それよりも早く、誰かの腕が月影へと絡み付き、遠く引き離される。

この感覚には覚えがあった。


「…どうして、貴方が」


しかし、その問いに答える事はせず、そのが声を発した。


「俺と、一緒にいこう」


その歓喜の声はー
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