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- 28章 -
-憎悪と情愛-
しおりを挟む自室から出ると、1階から聞こえる調理の音に気を配りながら、ゆっくりと歩き、実家でありながらも初めて見たドアの前へと立つ。
微かに震える手でノブを握りしめ、音を殺すように慎重に下ろすと、なんの抵抗もなく、ドアが数ミリ自分の方へと動いた。
心臓が五月蝿い。
この先になにがあるのか、見るのが怖い。
見てはいけないものを見てしまいそうで…
知らなければ良かったと後悔してしまいそうで…
それでも、良く分からない使命感が確かめろと叫ぶ。
ドアノブから1度手を離し、胸に手を当て落ち着かせるように長く息を吐き出すと、遠い記憶をたどった。
母に隠れて会いに行った異母兄の部屋。
窓が1つ、家具はローテーブルと小さめな本棚があるのみで、後は敷き布団が1組。保健室のような香りが常にどこかから漂っていた。
布団を座布団変わりにし、並んで絵を描いて、画用紙からはみ出しテーブルを汚したクレヨンの跡を、笑って許してくれた。
本を見ながら、時折2人で悪戦苦闘しつつ折り紙を折り、殺伐としていた部屋に、出来上がった作品を所狭しと飾り立て、笑いあった。
テレビもなにもない部屋で、兄の膝の上に座り、幼稚園やお出掛けした時の楽しかった話などをした。それにも疲れたら、自分を抱き締める兄の暖かな腕の中で眠った。
目が覚めるといつだって、直ぐ横に優しく微笑む兄が居て、それが凄く嬉しかった。
今思うと、いつ帰ってくるか分からない母を気にして、ゆっくり寝てなどいられなかったのだろう。その事実が胸を締め付ける。
陽の傾きかけた空を窓から眺め、悲しみを隠したような笑みを浮かべた兄が、帰りを促すあの瞬間が寂しかった。
常に漂っていた、保健室のような…消毒の香りは、それは兄が…
ギュッと目をつぶり、落ちていってしまいそうな気持ちをなんとか引き止めると、再びドアノブを掴み、今度は止める事なく開け放った。
「…………」
目に映る光景に、言葉は生まれない。
夕方の光が優しく照らし出しているその部屋にはー
部屋を塞いでいた本棚が1つ。
それ以外、なにもない。
ただただ、空っぽな空間が広がっていた。
クレヨンのはみ出した机も
2人で作った折り紙も。
並んで座った布団もなにもかもがない。
重々しい足取りで室内に入り周辺を見渡してみる。
変わらずあるのは外へと続くドアと
夕日を眺め、悲しそうに別れを告げるあの窓だけだ。
この場所に兄がいた痕跡はない。
唯一それあるのは、今ここに居る自分の記憶の中のみだ。それ以外には、どこにもなかった。
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