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- 26章 -
- 幸せの貌 -
しおりを挟む『……落ち着かない』
想いを伝える事が出来たら押し込めてきた悩みや不安は落ち着くかもしれないとの予想は当たっていたのだけれど…。
また別の問題が出てくるなんて。
問題…ではないのかもしれないけれど。
そわそわして落ち着かない気持ちを両手を握りしめなんとか誤魔化し、正面を向いたまま電車の窓に映る市ノ瀬を盗み見る。
『……彼氏。彼氏? 恋人……恋、人。本当に?』
急激に良い方向でとてつもない変化が起こったせいか、まだ信じられない気持ちの方が強く実感も薄い。隣に座る市ノ瀬がいつもとなに一つ変わらない態度と言うのも大いに手伝っている。
『でも“好き” だけじゃなくて、ちゃんと “ 付き合って ” て伝えたし……付き合って、るんだよな…? 俺達………
…………って、付き合ってるってっっ!?』
改めて言葉にすると物凄いパワーワードだ。
顔に集中する熱を感じ叫び出したくなるのをなんとか押さえ、出来るだけ冷静にと一度目を閉じ静かに開ける。
「っ!?」
「んだよ?」
「……こっち見んな」
「えぇー……?」
目を開けた瞬間目の前の窓に映る市ノ瀬が自分を見ていたことに気がついた安積が咄嗟にそんな言葉を口にすると、少しばかりの悲しみと困惑を混ぜたような市ノ瀬の返答におずおずと顔を見上げた。
「……ごめん。でもお前、なんでそんな通常運転なんだよ。普通はもっとー…」
「もっと?」
「…いや、だからほら…あるだろ、色々と」
「色々……あぁ。まぁー…なんつーか…慣れ?」
「慣れ?」
良い淀む安積の真意を察し答えた市ノ瀬だったが市ノ瀬の真意には全く気がついていないようで、安積からは心底不思議そうな視線を投げ掛けられる。
無意識に人を振り回す奴ほど厄介なやつは居ない。そんな厄介な人にハマってしまったのは自分自身なので自業自得ではあるけれどなんともなんともやるせなく感じてしまう。
でも、好きになった事に後悔はなかった。
「おかげさまで、なんでもないように振る舞わなきゃいけない時間はたくさんあったからな」
「……ごめん」
「ったく。少しは反省しろ馬鹿」
「………ぅん」
『…なにも、そんな楽しそうに言わなくても』
怒るような言葉とは裏腹に楽しそうに笑っている市ノ瀬の心情は今一安積の理解を越えていたのだが、それでもそんなに楽しそうにされると…
「なに笑ってんだよ?」
「いや、お前と居るの楽しいなって」
「………お前、反省する気ねぇだろ?」
「あるよっ!いっぱいあるっ!」
自然と生まれる笑顔の連鎖が心地よく、たったそれだけの事でも市ノ瀬を好きになって良かったと心底思う。そんな市ノ瀬の隣に、そんな市ノ瀬の1番近くに堂々と居ても良い関係になれたという事が何よりも嬉しい。
『この幸せがずっとずっと続けばいいのに……あ、これ良いな』
もうじき来る初詣の願い事が思わぬ所で舞い降り1人気持ちを踊らせながら最寄り駅に着くと、親友と並んで乗り込んだ電車を今度は恋人と並んで降り立った。
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