Pop Step

慰弦

文字の大きさ
上 下
720 / 1,150
- 25章 -

- 不香の花 -

しおりを挟む


『しないでする後悔より、してする後悔の方が良いに決まってるっ!』

大丈夫大丈夫と心の中で唱えると、小さく息を吐き出しパッと顔を上げた。

その先に待っていたのはー


「ーっ! なっ、にしてんだよ?」

「いや、まぁ…」


後一歩踏み出して居たらぶつかっていた。
そんな距離で体ごと自分を向いていた市ノ瀬の姿だった。

咄嗟に前へ出した手は市ノ瀬の肩付近を見事にとらえ、見事衝突回避できた自分の反射神経に密かに自画自賛する。


「なんか、難しそうな顔して歩いてるから。気がつくかなぁーと」

「声かけろよ…」

「でもまぁ、ちゃんと気がついたな。偉い偉い」

「誉められてる気がしねぇよ、それ」


『でも…』

触れた手のひら。それはただの偶然だけれど。
それだけで、頭の中をぐるぐるしていた悩みや寂しさがぶっ飛んで満たされてしまう。

勿論そんなのは今だけで、家に帰ったらまたぶっ飛んだものが戻ってくるだろうけれど…

『このまま、ぎゅってしたい』

沸き上がる欲は止まる気配がなく困ってしまう。

『離れたくない』
『もっと一緒に居たい』

温もりと安心感と幸福感に包まれて眠った今朝までの自分が羨ましい。


「……たくない」

「ん?」

「……ん?」

「いや、今なんか言っただろ?」

「えっ?…言っ、たかな?」

「はぁ?」

「多分気のせいじゃない?」

「自分の事だろ」


聞こえなくて良かった。
完全に無意識だった。
多分、帰りたくないとか離れたくないとか言った気がする。そんな事言ったら絶対そうしてくれるだろうから。散々世話になっておいてもっとなんて言えない。

家族だろうが恋人だろうが、いくら仲が良かろうが、離れて1人の時間を持つのは誰にだって必要なはずだ。それに、自分も考えなきゃならない事があるのだから。

聞こうと決意を決めたけれど、不安がない訳でもないけれど、どうあがいても1番は市ノ瀬だけれど、市ノ瀬だけに時間を使う訳にはいかない。

大丈夫、多くはないがまだ時間はある。

ギリギリになってしまうけれど、聞くのは最悪班乃の誕生日が終わってからでも間に合うはずだ。
多分。
肩に置いたままだった手をぎゅっと握り締めて下へ下ろした。


「バス停どっち?」

「あぁ、あっち」


場所を聞くことで帰ることを促し、何度目かの止まった足を再び動かす。誰かが雪掻きした山を避けながら歩き、歩きやすくしてくれてありがとうございますと心の中でお礼を言った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

BlueRose

雨衣
BL
学園の人気者が集まる生徒会 しかし、その会計である直紘は前髪が長くメガネをかけており、あまり目立つとは言えない容姿をしていた。 その直紘には色々なウワサがあり…? アンチ王道気味です。 加筆&修正しました。 話思いついたら追加します。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...