Pop Step

慰弦

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- 23章 -

- 終幕 -

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イチョウの葉の絨毯へダイブしていった。


「おい、携帯……」


テンション上げ上げな安積になされるがままでどうやらそんな声は聞こえないようだ。

『…しょうがねぇな』

喜び分かち合っている所に水を差すのもあれだし後で渡してやろうと半ば呆れながらも1人密かに携帯を回収するのであった。


「ちょっとあっきーっ!!なにぼんやりしてんの!?病院には行くの??」

「あっ、いえ、面会時間に間に合わなそうなので、後日行こうかと」

「そか、それは残念だな…じゃぁ、睦月もほらっ!」

「ほらって……なにその手」 


班乃の肩を掴んでいた手を片方離した安積は、そのままズイッと市ノ瀬へと差し出した。

『嬉しいのは分かるけど、テンション高すぎだろ…ってか、その手なに?』

と若干引き気味な市ノ瀬などなんのそので、催促するように手をヒラヒラと動かした。


「なにって…嬉しくないのっ!?」

「や、嬉しいけど…」

「じゃぁ、嬉しい時は皆で喜ばないとっ!!」

「それは一理あるかもしれないが、喜び方は人各々というか…勢い良すぎて引くというか…なぁ?」

「えっ? あっ、いえ、引いてはない…です、けど…ちょっと困ってはいますね」

「なんでよっ!?俺がテンション高いんじゃなくてあっきーがボンヤリしすぎなのっ!!」

「…そんな、こと…は」

「どっちもどっちだろ」

「すいません」

「なぜ謝る…」


『今この2人になんか言っても正常に判断出来ない気がすんな…』

そんな様子に失笑しか浮かばないけれど、嬉しいと思うのは本当の本当だ。親友が大事な家族を失わずに済んだのが嬉しくないわけがない。

いつも冷静な班乃の正常な判断力を鈍らせ、暗い影を落とさせた切欠は、間違いなくこの事だったと思う。悲しい結末にならなくて、本当に良かった。

安積を失い、家族をも喪う事になってしまったら、それは彼にとってどれだけ辛いことだっただろう。

仔犬のようにまとわりつく安積にようやく笑顔を向ける余裕が生まれた班乃へ、拾っておいた携帯を差し出した。


「あれっ、いつの間に…ありがとうございます」

「明」

「はい?」

「良かったな」

「…はいっ!」


いつも大人びている班乃の、どこか子供のような無邪気な笑顔と元気な返事に、心の底から喜んでいるということがひしひしと伝わってくる。素直に感情を表すその様子が自然と笑顔の伝染を生む。

自分のミラーニューロンの働きが、彼らと居ると良い仕事をしてくれる事は認めざるおえない。主な伝染元は安積に間違いないだろうけど。


「じゃーお祝いしないとっ!!」

「そうですね」

「行っちゃう!?このままやっちゃうっ!?ケーキ代わりにクレープでお祝いっ!!」

「結構です」

「急に “ スンッ (ㅎ_ㅎ) ” って顔しないでっ!!冗談だよぅ!?」

「どーだか…」

「今日は2人で楽しんできてください」

「はーい…」


他愛ない会話を繰り広げながら公園を抜け駅までたどり着くと、手を振りあって班乃と別れる。清々しく笑うその顔に、懐かしさと嬉々たる思いが心に広がった。


「よし、じゃぁ、行くか、クレープ」

「うっ、うん!!」


どこか緊張したような返事に、笑いをこらえながらも並んでクレープ店へと足を向ける。

文化祭から始まった3人の亀裂は、関係性を変えつつも漸くここで終演を迎え、新なスタートを切った。
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