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- 22章 -
- 哀 -
しおりを挟む「…なにそんな怒ってんだよ。別になにもないって」
「なにもないって……」
『なに言ってんだこいつ……?
喋れなくなってたくせに。
泣いてたくせに。
誤魔化せると思ってんのか?
そんな、跡までつけらてー…』
しかし“止めてくれ” とでも言っているかのような目で班乃を掴む市ノ瀬の手に安積の手が置かれれば、大人しく離すしかない。
解放され微かに色を変えた腕を擦りながら班乃が何かを言いかけたようだったが、結局市ノ瀬の問いにも答えずそのまま静かにドアを出ていった。
2人だけになった玄関に、静寂が訪れる。
いつまでもこうしているわけにもと思うが、家主である安積は来訪者である市ノ瀬を追い出すわけでも招き入れるでもなく、まるで存在を忘れているかのようにただその場に立ち尽くしていた。
じゃぁ俺も帰るというのは違う気がして…というか言いたくもなく、立ち尽くしたままの安積へ話しかけようとしたその時、突如崩れ落ちるかのようにしてその場に踞った。
「ぉ、おいっ、どうした、大丈夫か?」
そっと背中に手を置くがなんの反応も示さず、次第に聞いたこともない不自然な呼吸音が聞こえ始める。
「安積っ!?」
時折むせ込みながら苦しそうに首もとを押さえ喋ることすらままならない様子だ。
『なんだこれは?過呼吸的なやつか??過呼吸の時ってどうするんだっけ??ゆっくり呼吸させて…あとは息止めてみて…え、止めんの??いや、でもなんかこれは…過呼吸とは違う気がする』
様々な事が脳裏を飛び交う中、苦しそうな呼吸の合間に微かに言葉のような物が聞こえた気がして、その言葉を聞き逃さないようにぐっと屈み耳を近づける。
「……鞄……外、ポケット??」
何とか聞き取れたのはそれだけだったが、それだけで十分だった。外ポケットに入っている何かを取って欲しいということだろう。
「分かった、待ってろ」
『確か鞄はいつも寝室に置いてた筈…』
動けないでいる安積を1人残し室内へと上がると足早に寝室へと向かう。中をのぞくと鞄は記憶の通りの場所に置いてありほっと胸を撫で下ろすが、常に几帳面に整えられている毛布が乱れているのが目に入り瞬時にして怒りが沸き上がる。
だがしかし、今はそんな場合ではない。
舌打ちしながらも外ポケットを漁る。
ハンカチに、ティッシュに……
漁る手に固い筒上のような物が触れた。
「なんだこれ…β刺激薬?メプチン、エアー??」
取り出して見たそれがなんなのかは分からない。だが他にはなにも入ってなさそうだし、ハンカチやティッシュを求めているわけではないだろう。
それを握りしめ急いで安積の元へと戻り手渡した。弱々しい手で受け取り、それを咥え込むと空気と共に大きく吸い吸い込む。
少し間を空けてから、もう一度同じ動作を繰り返した。
焦る気持ちからかもの凄く長く感じた時間が経過した後、漸く呼吸が落ち着いたようで再びの沈黙が訪れる。
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