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- 22章 -
- 哀 -
しおりを挟むその音に班乃の動きが一瞬止まり手の力が微かに緩められる。その隙を見逃すことなく咄嗟にベッドから抜け出すと、玄関へと走りそのままの勢いでドアを開けた。
すがる気持ちで見上げたその先には打ち上げを終えたその足で安積家へと向かい、インターフォンを鳴らした市ノ瀬が驚いた顔で立っていた。
応答もなく勢いよくドアが急に開けられたのだから驚きもするだろう。
「びっ…くりしたなぁ。なんー」
なんだよ一体、と言いかけた市ノ瀬の言葉は、自身を見上げ唐突に歪ませた安積の目からこぼれ落ちたもので声にならず消えた。
ぱっと顔を背けて大きく息を吐き目元を拭う仕草に、中途半端に外されているシャツのボタンに異様さを覚える。
「…安積?」
手を伸ばそうとした瞬間、寝室から静かに班乃が顔を出した。なんでここに?というよりも、やっぱりな、という思いにかられる。
でもー
「睦月、今日はすいませんでした。ずっと皆で頑張ってきたのに…劇を投げ出して帰ってしまって」
申し訳なさそうに笑うその顔は、安積とは違いいつも通りに見えた。それが今は不自然極まりなく感じる。
「いや、それは別に大丈夫だけどー」
「姉が、事故に遭ってしまって。…病院へ行ってきたんです」
なにがあったのか、と聞くよりも前に班乃が話し始める。それならば安積が班乃を帰らせたのにも納得がいく。
「事故って…大丈夫なのか?」
「えぇ。手術は無事終わったのですが…まだ目を覚ましてないので、なんとも言えない状況で…」
「そう…。目、覚ますと良いな」
「そう、ですね。本当に…」
班乃と会話を続けながらも、安積の様子をうかがう。俯いたまま、一言も発する様子はない。
『なに?この空気…?』
「あと代役を申し出てくれたと安積から聞きました。本当にご迷惑を……」
「あぁ…大したことないって。ずっと一緒に練習してたし」
「それでも、なかなか出来ることではないかと…ありがとうございました。本当に感謝しています。それでは、僕はまた病院に戻らないとなので」
「あぁ、気をつけて」
1歩づつゆっくりと歩きながら2人の居る玄関へと進んだ班乃が通りすがりにポンっと安積の肩に手を置いた。
ありふれた光景なのにも関わらず安積の肩が大きく揺らぎ、ハッキリと息を飲む音が聞こえる。なんとも言えない気まずい空気が漂う中、ぎゅっと握られた安積のシャツの隙間から見えた“赤いなにか”に、一瞬にして頭が赤く染まる。
「……迷惑かけてすいませんでした」
そのまま何事もなかったかのように通りすぎ、靴を履いてドアを開け出ていこうとする班乃の腕を市ノ瀬が掴み止めた。
「…なんです?」
「お前……安積に、なにした?」
いつもなら“またね”や“気をつけて”、と元気良く声をかける筈の安積が、玄関を開けてから今の今まで一度も口を開くことはなく、加えての異様な姿や行動に思わず口調が強くなる。
考えたくもない。考えたくもないが、まさかとも思うけれど…嫌な考えが頭を過り、思わず引き留めた。
腕を捕まれたまま振り返ることもなく口を閉ざしたままの班乃の行動が、その予感が当たってしまったのだと肯定しているようで怒りが沸きあがる。
「おいっ」
再び問い詰めようとしたその時、それを止めたのは他でもない安積本人だった。
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