Pop Step

慰弦

文字の大きさ
上 下
489 / 1,142
- 21章 -

- 冒険 -

しおりを挟む


不安と緊張の中、携帯の通知音に耳を集中させていた。今から行くよ。返信がきたらいよいよだ。

準備だってしてきた、話す内容だって考えてある。

だけど今だに纏まりきらず、頭の中ではずっと話す内容を繰り返していた。けれど、いくらシュミレーションしたって相手がどう返してくるか分からない以上、正解はないのだろう。

実際に会話をして成り立ったものしか正解はでないのだ。

座り込んで膝を抱えて頭を埋めて、そんなふうにずっと考え込んでいても気分が滅入るだけだ。これ以上気持ちが落ち込まないようにと勢いをつけ立ち上がると窓辺にある椅子へと移動し腰を下ろす。

落ちかけた太陽の、まだ沈みたくないとでもいうような、最後の悪あがきともとれる夕日が教室全てを照らし出している。

殆どの出し物が片付けを終えたらしく、校門とは正反対のこちら側には生徒の姿はない。

静かに息を吸って吐いた。

文化祭が嫌いなわけではないけれど、やはり賑やかなのは苦手なので、ようやく戻りつつある日常に安心感を覚える。


『大丈夫、うまくやれる』


そっと目を閉じ、心を落ち着かせようとしていた丁度その時、勢い良く教室のドアが開いた。


「おまたせっ!がっくん!!」


反射的に声のした方へ振り返ってからパッと携帯を見た。返信はない。返信がきたら、返信がきたら、と考えていたので心の準備は不完全なままだ。


「えっ、あっ…いや、そんなには待ってない。大丈夫」


そうだ、同じ建物にいるのだから、返信するよりも直接来た方が効率が良い場合もあるだろう。申し訳なさそうに謝られれば、逆に自分の考えのいたらなさに申し訳なくなる。


「それで用事って?なんかあった??」


急に呼び出したのは此方なのに、開口一番心配を口にする。どこまでも優しい男だ。

けれど、うまく言葉が出てこず、思わず植野の視線から目をそらす。

そんな自分の態度に怒るでも急かすでもなく、植野は笑みを浮かべたまま自然と窓の外へと視線をそらした。

『あぁ、自分はいつも待たせてばかりだな』

だが今は落ち込んでる時ではない。話に集中しなくては。話の切り口を探すけれどなかなか良い言葉が出てこない。

話し始めてしまえば勢いでなんとかなったりもするのだけど。

誰かと話をする上で1番難しいのは、なんだかんだ最初の一言だったりすると思う。

自信を持って言えるほどには、自分は話をするのが得意ではない。そんな自分がいつもとは違うことをしようとしてもうまく行くはずがないのだ。

ならいつも通りの事から自然に話を続けていく方が、いくぶんかうまく行く……気がする。

側に置いてあったバケツから花束を取り出し、巻き付けてあるペーパーから水が垂れないように手早くビニールを被せつけて差し出した。


「これ、渡そうと思って」

「えっ、もしかしてこれ渡すためにわざわざ待っててくれたの!? うれしー!ありがとー!!」


鈴橋の手から花束を受け取り、電気のついてない教室で良く見ようとするかのように高く持ち上げ、窓から差し込む夕日に花束をかざした。


「綺麗な花ー!でも初めて見る花だなぁー!なんて名前?」

「チューベローズ」

「えっ、これバラなの!?」

「いや、薔薇じゃない」

「違うの!?おもしろww」


満面の笑みで花を眺める姿に、以前に交わした会話を思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

BlueRose

雨衣
BL
学園の人気者が集まる生徒会 しかし、その会計である直紘は前髪が長くメガネをかけており、あまり目立つとは言えない容姿をしていた。 その直紘には色々なウワサがあり…? アンチ王道気味です。 加筆&修正しました。 話思いついたら追加します。

処理中です...