Pop Step

慰弦

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- 20章 -

- 開演 -

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「会長だって、ずっと練習重ねて今日を楽しみにしてたのに、それを断念するなんてよっぽどの事があったんだろ?」

「俺も、ごめん。あまりにも直前だったから、ちょっと焦っちゃって」

「えっ、い、いいよ別にっ!なにも聞かされないで主役が出れないってなったら、俺もそうなっちゃうと思うし……」


最初の1人を火種として口々に謝罪をする部員達へと顔の前でぶんぶんと両手を振り全力で答えた。しかしやはり何があったのかは気になるようで、なにか言いたげにその場を動こうとしない。

開演前と違って、その顔には心配そうな色が浮かんでいる。

勿論、部員達には聞く権利はあると思う。

『どう話そう?でも今言うのは…良くない気がする』

短い思考の上、安積は申し訳なさそうに笑った。


「家の事情でって事なんだけど…ごめん、俺もまだ詳しくは分からなくて」

「…そっか」

「えっと、なにか分かったら言うし!とりあえず、皆今日は本当にありがとう!!睦月も矢吹も、急だったのにほんと凄かったっ!ありがとうっ!!さ!文化祭も後ちょっとだし、さっさと片して楽しもうよ!!」


気持ちを切り替えるように笑い明るく振る舞うと、部員達も少しばかり陰りはあるものの笑顔を返した。

各々が着替えや片付けに入ったのを見届けた安積はもう1度握ったままだった携帯に目を落とす。

連絡はない。

携帯を目の届く所に置いて、自分も着替えに入った。


「お前、本当に何も知らないのか?」

「ん??」


いつの間にか隣に来ていた市ノ瀬が、同じように着替えを続けながら安積に問いかけた。ウィッグを外し、ウィッグネットをバチバチと止めているヘアピンを引っこ抜きながら、うーん、と唸ってみせた。

詳しい事を知らないのは嘘ではないが、何も知らないかと言われたらそれは嘘だ。でも……

じっと市ノ瀬を見る。どこか疲れた様子で見返してきた顔にはいつもの覇気がない。当たり前だが相当にお疲れのようだ。


「…ありがと、睦月」

「あ?」


問いとはまったく別の返答に眉を潜めて短く声を発した市ノ瀬をよそに、ようやく全てのピンを抜き終わりネットを外すと頭を軽くふった。締め付けがなくなり頭皮にあたる空気が心地よい。


「あっきーが出れないってなって、顧問には意気揚々となんとかしますって言っちゃったんだけど、どうすれば良いのか全然分からなくてさ。だからあの時、お前が冷静に配役変更の提案してくれて、ほんと助かったよ」

「…別に、たいしたことねぇよ」

「謙遜すんなよ!ワンチャンお前ならロミオ出来るかも、とは思ったけど、矢吹がマキューシオの台詞覚えてるなんて全然知らなかったし、すげぇな、ちゃんと全体把握してる感じ。しかもあの空気の中有無を言わさぬ迫力でズバッと提案すんのもめっちゃかっこ良かったっ!」

「……そりゃ、どうも」


『照れてる照れてるw』

ふいっとそっぽを向いた仕草に自然と笑みがこぼれる。意図したことではなかったがうまく話もそれたので、あえて触れることはなくいい加減着なれたスカートを脱いだ。

文化祭が終わったら、きっと皆で打ち上げに行くだろう。ここで班乃の事情に触れてしまったら心から楽しめないかもしれない。

自分達の為に色々と骨を折ってくれた市ノ瀬に対し嘘をつく罪悪感をグッとこらえ、言えなくてごめん、と心の中で呟いた。
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