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- 16章 -
- 本番と波乱 -
しおりを挟むたった今渡した名刺を大きく震える両手で持ち、先程の態度とは一変し力強い視線を向けてくる市ノ瀬に少したじろぐ。安心させようと渡した名刺は逆効果だったのだろうか?
不安になりつつ様子を見守っていると、だいぶ興奮した様子で立ち上がった市ノ瀬は叩きつけるかのように両手を机に置くと大きく身を乗り出した。
「実は俺っー!!」
“モデルを目指してるんです!!”
そう言いかけて、寸での所で飲んだ。
『ぃや、まだだっ、1度褒められただけで有頂天になったら駄目だっ!』
自分はなんの技術もないただの子供で、ただの子供がプロになにかを求めるなんて失礼な話であり不快に感じさせてしまうかもしれない。
それにただの夢物語と思われ本気に捉えてもらえなかったとしたら、その先に続くものはなにもない気がする。
商品となる自身をもっと磨き専門分野を学んで知識をつけ、モデルとしての基礎を身につけスタートラインに立てるようになってからじゃないと信用なんて得られないだろう。
『だから、言うのはそれからだっ…!』
年若くして代表をこなし実力を見せつける姿は素直に憧れや尊敬の念を抱かせるには十分で、単純だと思われるかもしれないが先程までとは違う好意が自分の中に沸き上がるのは隠しようがない。
『いつか、絶対に言うっ!貴方のもとで働かせてくださいって!』
「いえ、なんでもないですっ」
高ぶった気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐きだし言葉の続きを待っているかの2人を誤魔化すともう一度名刺を見る。
『それまで、この名刺は大切に保管しておこう』
「あっ、聖!時間大丈夫!?明日朝早いって言ってたじゃん!」
「わっ、もうこんな時間っ!?ちょっと急がないと不味いかもっ!!」
「睦月もっ、もう話はいいだろっ?」
「え? あっ、あぁ」
最後にもう1度市ノ瀬への謝罪を口にしバタバタと玄関へ向かう月影を外まで出て見送った2人は、共通通路へ移動しすると下を見下ろし車が見えなくなるまで見送った。
「…悪かった」
「なにがだよ?」
意味もなく月影が消えた方向をしばし眺める2人の間に少しの沈黙が訪れる。そんな沈黙を破ったのは安積の小さな謝罪の言葉だった。
「知ってて黙ってた事。 もっと早く言ってれば良かったなって思って」
「あぁ…良いよもう。 聖さんが言わないようにって言ってたんだろ」
「それは…まぁ、そうなんだけど」
「だからもう良い。それに、今日はスッゴイ収穫あったし」
「収穫?」
「気にすんな。 じゃぁ、俺も帰るわ」
「あぁ……って、待ってよ。なんか用があって来たんじゃねぇの?」
「……あぁ、そうだった。あぶねー忘れてたわ」
そう言いつも対して危ないと思っては居ないような緩やかな動作で安積宅へと戻った市ノ瀬は、持ち込んだコンビニ袋から1枚のクリアファイルを取り出した。
「これ、俺の鞄に紛れ込んでた」
「これって………っ!!?」
「まぁ、俺もやるのはこれからだし、お互い頑張ろーぜ」
『なんで睦月の鞄にっ!?ってか今何時だと思ってんだよっ!!俺も忘れてたけどもっ!!』
文句も言えず絶望と焦りでわたわたとする安積へ背を向け軽く手を振ると、ゆっくりと帰路へとついた。
舞台の事や月影の事で気持ちが忙しい1日だったが、大きな目標も出来たし結果的に良い1日だったと言えるだろう。
夜遅くに思い出された宿題という絶望に浸る安積とは違い、やる気に満ちた笑みをたたえた市ノ瀬は軽やかな足取りで自宅へと向かったのだった。
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