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- 15章 -
- 違うからこそ -
しおりを挟む「ふっ…」
口に手をあて小さな笑い声をもらした班乃をパッと見上げたその顔が、あまりにも情けなくて更に笑いがこみ上げてしまう。
「え…ちょっと、なになに? ここ笑う所!?」
「いえっ、違、違うんですけど…」
何が起こっているのか分らないといった顔でおどおどとしている姿は、情けないというよりもむしろ…
「いえ、可愛いらしいなぁと思いまして」
「はぁっ!?」
そういえば、未だに自分達は川の中に突っ立っている。寒さに震えながら、川のど真ん中で真剣に話しこんで…むしろなんで自分まで川に入り込んでいるんだろう。
声を上げて呼べば良かったじゃないか。
色々と効率が悪過ぎる。
でも…
それでも良いじゃないか。
衝動に任せて動くのも、たまには悪くない。
困惑したように自分を見上げる安積の腕を掴んで川から上がらせ、置きっ放しにされている安積の荷物へと先に歩みを進めると上着を取って渡した。
「見ていて寒いです。 早く着てください」
「うん。 ありがとう」
「ありがとうございます」
「…ん?」
上着を中途半端に羽織った格好のまま、鸚鵡返し返された言葉に顔を上げた。
その瞬間、感じたのは頬を挟む暖かさ。
目に映ったのは見知った班乃の整った笑顔。
そして、次に感じたのは…
何が起こったのかわからなかった。
ただ、冷え切った唇に暖かい感触が触れたような気がして、直ぐ目の前には今まで経験した事のない距離に親友の顔があった。
それは時間にしては一瞬だったかもしれないが、凄く長く感じられた時間が過ぎ、唇から暖かさが離れていった。
「ありがとうございます。 こんなに一生懸命に、僕のために頑張ってくれて」
「……う、うん」
『…今の、って』
「さ、帰りましょう。このままでは本当に風邪をひいてしまいます」
「えっ?…ぁっ、うん?」
『あれ? …え…えっ?』
何事もなかったかのようなあまりにも普段通りすぎる班乃の態度に思考が追い付かない。困惑する安積を置いてけぼりにし先に歩き始めた班乃に問うことは出来ず慌てて追いかけた。
「指輪、探してくださってありがとうございました。でももう、本当に大丈夫なので。気にしないでください」
「…うん」
「僕の為にと思ってくださる気持ちだけでも嬉しいのに、あんなに一生懸命探してくださるなんて…僕には十分すぎるほどのご厚意です」
「でも…見つけられなかったし…」
「僕にとってより大切なのは、指輪の有無よりも貴方の気持ちですよ」
「………うん」
「…帰ったら、ちゃんと暖まって風邪引かないようにしてくださいね」
「うん」
駅が近づき人通りの多くなってきた道を歩きながらなんとか会話を交わしていくが、頭の中は大忙しだ。本当はもっと聞きたい事があるはずなのに、上手く言葉が見つからない。
指輪が見つからなかったのは、本当に残念で、悲しくて、自分の力不足が悔しくてしょうがない。班乃だって見つからなかった事は悲しい筈なのに、それでも感謝を向けてくれている。その事が余計申し訳ない気持ちを増長させ胸が押し潰されそうだ。
そんな思いをもっとちゃんと伝えたいのに、元気になってもらう為にかけたい言葉もある筈なのに、先程の暖かさの正体や意味を知りたい、そんな思いが邪魔している。
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