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- 13章 -
- 記憶 -
しおりを挟む家に帰ってからの生活は、予想外に…いや、予想はしなかったわけではないが、絵に描いたような生活だった。
食事は食卓にはつかせてもらえず、母が寝る間際に持ってくるものを部屋で食べる。
風呂も皆が寝静まった後。
家の風呂を使うのを許されたのは、近所の目があったからだといわれた事がある。
本当は気持ち悪いから嫌なのよ、と何度言われたことだろうか。
トイレは近くの公園まで行った。
部屋のドアの前には大きな家具が置かれて、外につながる外階段からのみ出入りが出来た。
家の中からじゃ、ここに部屋があるなんて分らないだろう。
こんな外階段、前はなかったことを考えると、引き取る事を見通して設置したのだと思う。
弟には“親戚”と言っていたのを聞いたことがある。
祐子さんは頑なに弟と会うことを許さなかった。
大事な実子と、知らない女の、気味の悪い子供を合わせたくなかったのだろう。
与えられた部屋以外に、髪の毛一本でも落ちて居ようものなら、確実に怪我が3箇所は増えた。
勿論洗濯物も自分でやった。
夜中に洗濯機を回すと怒られるので、学校から帰ってきて両親は仕事中、弟は幼稚園に居る時間帯にすませた。
暗く狭い部屋と、学校、風呂。
この3つが、自分に許された生活スペースだった。
祐子さんは何かしら因縁をつけ、憂さ晴らしのように暴言と暴力を振るうためだけに毎日部屋へやってきた。
階段を上がる足音が、異様に静かなのが恐怖を倍増させたのを覚えている。
悔しさと悲しさが心を支配して、自分の存在すらも分らなくなって、そんな俺が自身を傷つけるようになるのは、さほど時間はかからなかった。
日に日に増えていく傷に、誰も気がつかなかった。
それも当たり前で、学校の体操着でも見えないような肩や内腿を選んでやっていたから。
この事が誰かにばれ、祐子さんに問いかけに来てしまったら、本当に死ぬかもしれない。
現に外での母のイメージは、子供2人を大切に育てている“母”で、俺はそんな母に懐かず困らせている問題児として見られていた。
それでも祐子さんと父には気づかれてしまった。
父は祐子さんが居ない時に傷の手当や心配をしてくれた。不甲斐なくて申し訳ないと、心配かけてごめんなさいと、お互いに涙を流した。
祐子さんはそんなに傷つけたいならと手伝って上げると、そこを狙って手を上げるようになった。
弟は…そんな俺には気がつかなかった。
でも、そんな生活にも唯一救いがあった。
それは、祐子さんが居ない時にひっそりと弟が部屋を訪ねてくるのだ。
祐子さんに俺に会うなと言われていたのだろう。
それでも、一緒に遊びたいと無邪気に笑う姿は愛おしくて、どうしようもなく大切な存在だった。
弟が居なければ、今こうして生きているかどうかも怪しいところだ。
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