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- 10章 -
- 現実と夢の指輪 -
しおりを挟む「…どなたですか?」
無意識に班乃の前に立ち声をかけてきた女性との間に入り込むと、目の前にした女性の顔色は不健康な程に悪く、今にも倒れてしまいそうにも見える。
その顔には優しげな笑みが浮かんでおり悪い人には見えないが、自然に自分の声に棘がはいってしまう。
あの夜、班乃に送れなかったメールが胸につっかえていたせいだ。しかし後ろから優しく延びてきた手にゆっくりと引かれ、パッと班乃を見上げた。
「…お久しぶりです。おばさん」
「やっぱり…明君だったのね。凄い偶然。元気にしてる?」
「えぇ。おばさんは少し顔色が良くないみたいですが…大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。…じゃぁ、余り引き留めても悪いし、これで失礼するわね」
「はい」
にこりと笑い歩き出した女性だったが、少し進んだところでピタリと立ち止まった。しかし振り向くわけでもなく、しばし沈黙が流れる。
「どうか、しました?」
「…貴方が良ければ、たまにはお線香、あげに来てあげてね。あの子もきっと喜ぶと思うから」
「…はい。近々、伺います」
その会話を最後に、今度こそ女性は人並みに消えていった。
目の前で交わされていた会話を頭の中で再生させながらその意味を考える。あまり考えたくはないけれど、きっと先程の女性と班乃の共通の誰かが亡くなっているという事は容易に汲み取れた。
あげに来てと招くと言うことは、亡くなった方と先程の女性は血縁者という可能性が高い。そして招かれると言うことはー…
女性の消えた方をぼんやりと見ている班乃の表情からは、なにを考えているのか上手く読み取る事が出来ない。
『聞いても良いのかな…』
繊細な話題ゆえに迷うところだけれど、ここでなにもなかったように振る舞うのも不自然だ。それにこの間のように聞けずにモヤモヤとするのも正直辛い。
こう言った話題をする機会など今までになく、迷いながらも慎重に言葉を選んでいく。
「…言いたくなかったら、無理しなくていいんだけどさ。…その、誰か亡くなったの?」
「………」
その問いに答える事はなく、班乃はただただ静かに安積を見下ろした。微かに開いた口はなにかを言おうとしているようだったが、声になることはなくそのまま閉じる。
その姿からは今にも壊れてしまいそうな危うさが感じとれ、聞いてはいけない事を口にしてしまったのだと慌てて両手をふった。
「…っ、ごめん!無神経な事言っちゃったっ!えっと…そうっ、今日はもう帰ろう?ねっ!?荷物も重いし、そんな気分でもないだろうしっ!」
どう考えても今からどこかに入って休憩をという空気でもなく、立ち尽くす班乃の腕を両手で掴み帰路へと促すがそれは不発に終わる。
その変わり、班乃の手が安積の手に弱々しく重ねられた。
「あっきー?」
「…お線香をあげに、行きます。今から…だから」
「………」
「………」
それきり再び口を紡ぐ。
しかし、安積の手に重ねられた班乃の手は離れない。
先に帰れと言う訳では無さそうだ。寧ろその手からは一緒に…と言う意思を感じる。
その手が微かに震えていたから…
「分かった。一緒に行こ。とりあえず、荷物はロッカーかどっかに荷物預けて…えーと、電車?」
「………」
「分かった」
小さく頷いた班乃の手をとり、並んで2人駅へと歩き出した。
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