逃避行は悪魔と共に

黒砂糖デニーロ

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第一章

幕間・Ⅰ

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 エリカが後にした宿場町エルバ。日が昇るにつれ朝の静寂は人々の喧騒に変わり、あっという間に活気漲るいつもの街並みに変わる。エルバの一日の始まりだ。
 人で溢れかえる大通り。その中で一際浮いた存在がいた。
 紅い刺繍の施された純白のローブを纏った男。いや、その顔立ちはまだ少年と形容できる。もっとも、その目は不相応に険しく、そして確固たる意思が宿っていた。
 そう。彼には明確な目的があった。少年は周囲を隙無く見回すと、手近な露店に足を向ける。
「すまない」
 店の奥にいる店主に呼びかける少年の口調は、見た目に反して大人びていた。
 あいよ!と威勢よく答える店主。ちなみにこの店主、先日エリカとヴァルダヌの言い争いの仲介に入った恰幅のいい女店主だ。
「お客さんツいてるよ!今日の魚はどれも脂が乗った新鮮なのばかり……」
「いや、客じゃないんだ。ちょっと人を探していて」
 客じゃない、という言葉に店主は営業用のスマイルをさっさと引っ込める。
「なんだい、客じゃないのかい。まぁいいや。で?誰を探してるって?」
 嫌に威圧感のある店主に面食らいながらも、懐から小さな水晶玉を取り出す。それは持ち主の魔力に反応して淡く発光し、水晶玉の上にある人物のバストアップが浮かび上がる。
「こいつはエリカ・カーティスといって国から第一級の指名手――」
「ああ!この子かい。この子なら昨日会ったよ!」
 少年の話を最後まで聞かず、店主は映し出されたエリカを指差す。話を途中で割り込まれムッとしたのも一瞬。いきなりの接触者に少年は眉を吊り上げる。
「間違いないよ。確か連れにこのくらいの色黒の子連れてたっけ」
 店主は言いながら自分の胸の前あたりで手の平を水平に揺らす。
「盟約者の悪魔か。やはり奴はここに来ている……!」
 少年は口の中だけでぼそぼそと呟く。
「それで、この女はどこに?」
「さぁ。でも、あの時間から街を出たとは思えないねぇ」
 となると、まだこの街にいる可能性は高い。少年はやっと獲物の尻尾を掴んだことに内心で歓喜していた。
「そうか。ありがとう。邪魔をした」
 少年は慌しく水晶を懐にしまい手短に礼を言うと店を去る――
「なんだ。本当に何も買っていかないのかい。あの子は買っていってくれたのにねぇ…」
 店主のぼやきが否応無く耳に入ってしまった少年。変に対抗意識を刺激されたのか、出かけた足を戻し、
「……ちょうど朝飯が欲しかったところだ。その魚の塩焼きを一つ、いや二つくれ」

「うぅっ。苦しっ……」
 朝から少々重めの朝食を取り、満たされた胃をさすりながら少年は街中の宿を巡っていた。
 そんな時、ふと人だかりが視界の隅に入る。そこは狭い路地にあり、人だかりでもなければ入ろうとは思わないような場所だった。
「ここは……宿か?」
 少年は人だかりを掻き分けて前まで出る。宿の周囲は自警団が囲み、野次馬が入らないよう規制をしていた。
 少年は事件現場を調べる自警団を見つめる宿主らしき老父を見つけると声をかける。
「何があったのですか?」
「ん?ああ、うちに指名手配犯がいてな。それを知って押し寄せた賞金稼ぎを相手に大暴れしおったんじゃ」
 主人は聞いてくれといわんばかりに少年に説明する。
「指名手配犯!?」
「ああ。それも第一級指名手配の魔法犯罪者のな。名前は――」
「エリカ・カーティス!?」
 主人の言葉を先読みし、その名を口にする。
「おお。そうじゃそうじゃ。まったく、派手に魔法を使いおって。部屋は滅茶苦茶になるし、騒ぎでお客さんなんか寄り付かないし。まったく、商売上がったりだ」
「一応確認なのですが、こんな女でしたか?」
 先程露店の店主に見せた水晶を同様に見せ、面通しをする。老人は大きくうなずいた。
「ああ、間違いなくこいつだ。すると、あんたもこいつを追ってる賞金稼ぎかい?」
「いえ、自分は賞金稼ぎとは違うのですが……その賞金首は今どこに?」
 逸る心を抑え、少年は問う。
「さぁな。すぐに自警団が駆けつけたんだが、取り逃がしたそうじゃ。昨晩遅くだ。きっと街にはもうおるまいて」
「くそっ!一足遅かったか……」
「あぁ、でもあの女、西から来たって言っておった。この街は東西にしか道は通ってない。戻ったのでなければマルレーンに向かうはずじゃ。そうに違いない!」
 萎えかけた意気が、その一言で瞬時に蘇る。
 ようやく尻尾を捕らえた。今度こそは、必ず……!
 胸の奥にある執念の炎が一際強く燃え盛る。居ても立ってもいられず、少年は主人への挨拶もそこそこに、その場を後にしようとする。
 その時、「ねぇ、お兄さん」と呼び止める声が。
 それまで主人の側で沈黙していた老婆が、おずおずと口を開いて問いかける。
「指名手配犯というのは、こんなおばあちゃんの傷を治してくれるような人なのかね?」
 老婆の言わんとすることが分からず、少年は首を傾げる。
 しかし、老婆が擦る額に治りかけの傷を見つける。それは自然治癒されたものではなく、魔法による治療の痕跡であることをつぶさに見抜いた。
「その傷、もしかして賞金首が」
「ええ。賞金稼ぎの人に突き飛ばされてできた傷を、あの子は魔法で治してくて。しかも、あの子は申し訳無さそうに謝ったわ。あの子は何もしていないのに……私には、あの子が悪い人には見えなかったわ」
 そう言われ、改めて傷口を見つめる。その表情は一瞬、昔を懐かしむような、それでいて悲しむようにも見えた。
 しかし少年はその感情をかき消すかのように首を振る。そして、
「いえ。エリカ・カーティスは法を犯した大罪人です。どうか騙されないでください。情報提供、感謝いたします」

 路地を抜け、大通りを駆ける少年。先ほど見せた一瞬の表情は嘘のように、今は鬼気迫る形相でただ前だけを見つめていた。
「ここを発ったのが昨晩。仮に休まずに歩いたとしてもまだ半ばあたりといったところか。急げば追いつける……メリッサ!アリッサ!」
『あら?ようやく出番かしら?』
『もう退屈しちゃったよ』
 鈴の音の如き美しい二つの声が、少年に応える。だが、不思議な事に姿は見えない。
「もうすぐお前たちの出番だ。準備しておけ」
『『了解』』
 姿無き声の主が返事をすると同時に、少年は魔法を発動。足に光の筋がまとわりつくように絡み、溶ける様に消える。
 二、三回その場で跳ね、少年は自分の体が軽くなっていることを確認する。
「……待っていろよ、エリカ・カーティス」
 煮えたぎる感情を滲ませた低い声でまだ見ぬ標的に告げ、少年はぐっと地を踏みしめる。
『ところで、あれだけ食べた後に走って大丈夫ですの?』
「……」
 少年は無言で声を無視し、地を蹴る。その速度は人間のそれを遥かに超え、風のごとく街道を駆け抜けていった。
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