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第28章

龍の翼 ~後編~

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 クレイドルとの戦いの後、俺は騎士団本部へと来ていた。
「……つまり、お前の友達がアルタイルに入ってるってことか。それもメチャクチャに強い」
「……どうしたらいいんだろうな……俺は」

 そう言いながらライトを見ると、ちょうど口元にオレンジジュースを持っていっている所だった。口をつけずに言葉を返す。

「その人が抱いてる気持ち、理解はできるよ。共感はできないけど」

 そう言うと一口オレンジジュースを飲み、机にコップを置いてから続きを話す。

「大事なものが無くなって、それは何を使っても代えられない」

「…………」

「心に直接来るぞ。あれは」

 残酷なまでに、俺達はその感情を知っている。ただ、それが浮き彫りになった。

「クレイドルにどうやって向き合う? 今回の話を聞いてる限り、属性主体のやつを連れて行っても無駄だろう」

「レナも連れていけない。クレイドルはレナを優先して狙うはずだ」

 そう、あの時のクレイドルの台詞。『ムソウの魔女か……』というあの言葉には、少しだけ殺意があった。恐らくレナ本人にはなんの罪も無いのだろうが、戦う理由が違うレナに対して、どこか思うところがあるのだろうと思う。レナを連れていけないということはつまり、あの異世界転移技を喰らえば、魔法は使えなくなるという事だ。気を引き締めなければいけない。


「俺は騎士団の仕事で動けないし、氷河も連れていけない。どうなるか分かったもんじゃない」
「話すことも禁止だな」

 そこまで話したところで、ライトが疑問を投げかけてくる。

「天は? なかなかやるでしょ、天」

「……出来れば、話さないでおきたい」

「なぜ?」

「……天は属性の覚醒を済ませたばかりだ。その状態でコアに干渉されて、何が起こるかわからない」

「そうか……まだ安定してないのか。盲点だった」

 さすが師匠だな、という小声を聞き逃さなかった俺だが、ツッコミを入れるのを我慢できたことを褒めてもらいたいものだ。

「じゃあ、龍牙呼ぶか」

「ゼクル、龍牙は今国内にいないぞ。黒龍様の神域に行ってる」

「……龍牙がいないのは分かったけど、そのかしこまった話し方なに?」
「いや、怖いだろ。横から突然火吹かれたりしたら」

「そんな事しない。安心しろ」

 その声は、左下。小型のドラゴンっぽいヤツ。と言っても、本物の御本人なのだが。何かよく分からんが、俺の身体から分離して小型で顕現出来るらしい。よく分からんが。そらまぁ、部屋の中に世界最強の生物がいれば、怯えもするだろう。知らんけど。

「はぁ……、俺とお前の二人しか無理だってさ、ドラゴン」

 そう言いながらしっぽを振りながらドッグフードを貪るドラゴンを持ち上げる。逆鱗が手に刺さってチクチクする。

「おい、食事の邪魔をするな」

「いいの? 世界最強の生物の食事がドッグフードで」

「美味いが?」
「そっかぁ……」
「舌狂ってんすね」

 最後はライトである。お前ビビってたんじゃないの?

「心に来る」
「ドラゴン、メンタル弱いか?」
「そんな事無い」


 っと、呑気にこのふたりで会話している場合ではない。

「ともかく、クレイドルは俺に任せてくれ。なんとかする」
「なんとかするって言ったって」

 そのライトの至極当然な反論を抑え込む。

「任せてくれ。ダチなんだ」

 その俺の言い方に納得できる部分があったのか、ライトは数秒黙った後に、ソファに深く沈みこむ。

 じたばたと暴れるドラゴンを抱えたまま、俺は立ち上がる。

「…………ここからは、ダチ同士の喧嘩だ」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 2日後。俺は龍牙と共に黒龍の住処へと来ていた。ここは龍の塔。もともとは人間が古代に建設したと思われる塔だったが、黒龍がここを住処にしてからその名前が使われるようになったと聞いている。

「しかし、まさか黒龍が人に味方するとは」

「会ったことあるのか?」

「……ああ」

 何か理由がありそうだ。と思いながら、その深刻そうな顔を見て、何も聞けなかった。

 数秒の沈黙の後に龍牙はポツリと呟く。

「喪うのは、辛い」
「そうだな」
「だが、その前に、」


 静かに聞く俺に龍牙が声を震わせて言い切った。



 
「寂しい」





「……ああ。……そうだよな」




 そこに、やはり小型で顕現しているドラゴンが空中から帰ってくる。

「やはり、宝玉がない。恐らく持ち去られている」

「そうか」
 短く答えたのは龍牙だ。龍牙こそ黒龍に対して平伏すかと思っていたが、そういう事でもないらしい。

 ここに来たのは、龍牙の言葉ゆえだ。黒龍のものではないが、龍の気配を感じる。と。その原因を探すためにここに来た、のだが。事態は思ったより厄介なようだ。

「ゼクル。黒龍の宝玉には真の龍属性エネルギーが込められている。いわゆる充填式の龍属性魔石と化したものだ。それが無いということは」

「真の龍属性を宿したものがいる。ソイツが敵になるかは知らんが、警戒はしないとな」

 空を見ながら呟く俺に、龍牙が横に来て返す。

「……お前なら龍属性の相手は得意だろうがな」

「馬鹿言うな。俺をなんだと思ってるんだ」



「時にゼクルよ、見てくれ。やっと受け入れてくれたようだ。どうだ」

 声のする方を見ると、トロンの背中の上でくつろぐドラゴンの姿。なんやアイツ。トロン、最初は怯えていたのだが、そろそろ慣れてきたらしい。もしくはそのテンション故に舐められているのか。

「お前のテンションが黒龍なわけ無いから舐められてるだけだよ」
「は? そんなはずない」
「自惚れるな黙らせるぞ」
「こわひ」
「思ってねぇだろソレ」

 脳死の会話を繰り広げながら、東の空を見る。茜色に染まった空には、俺の疑念を払拭する何かがあった。

「大丈夫だよ。たぶん」

「そうか」



「多分大丈夫だ。……あいつなら」






 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「それで、なんですか、リゲルさん。こんな夜中に訪ねてきて」

 現在時刻は午前2時。夜の南二区は静けさに包まれており。少し動いただけの音が大きく聞こえる。普通では感じないような緊張感が俺の中に生まれる。目の前にいるのは人類最強の剣士。リゲルさんはいつも通りの微笑を浮かべながら俺の家を訪れると、「大事な話がある」と言った。ただどことなく深刻そうな雰囲気を感じて、俺は眠い目をこすりながらも渋々招き入れたのである。

「……ゼクル君に聞きたいことがいくつかあってね。夜分遅くではあったんだけど、これから向かう戦いにおいて、その情報が必要なんだ」

「まぁ、いいですけど。眠すぎるのでコーヒー飲みながら話しますね」
 そう言いながらソファから立ち上がると、ちょうどキッチンから出てきたレナがコーヒーを3つ、トレーに乗せて持ってきた。
「はい、リゲルさん。砂糖とミルク、必要ならこれを使ってくださいね」
「あぁ、ありがとう」

 と、反射的に返事してから、リゲルさんの微笑が崩れる。眉間にしわを寄せながらレナの顔を数秒見てから、俺を見て一言。

「君たちは同棲でもしているのかい?」
「いえ、ただの不法侵入です」
「人を犯罪者みたいに言わないでくれる?」

 十分犯罪者だよ。という言葉を口に出す寸前に飲み込んだうえで、ソファに座り直しながらリゲルさんに続きを促す。
 
「リゲルさん、本題に入りましょう。不法侵入の対処もあるので睡眠時間が心配です。」
「そ…………そうだね」

 どことなく力のないリゲルさんの声は初めて聞く。すごいな、ムソウの魔女ってヤツァ……。世界最強の剣士にこんな顔させるんだぜ。

「……ゼクル君。君のソードスキルが変色する理由。君の感じからして、理由も原理もすべて把握しているんだよね?」

「……」
「君は、……何を知っているんだ? ヴァーリアスから学んだこと以外にもさまざまな知識を持っているはずだ。道を変えて剣を取った君なら、何かしら鍵を掴んでいるんだろう?」

「……ソードスキルというのは、いわば簡易的な剣気です。自分の得物に対して自分のイメージ力という名の異次元の力を加えていくことで、特性を与え、刃を鋭くする。剣気とほぼ同じ原理で強化する、もう一つの力です」
「なるほど、確かにそういわれれば納得できる。詳しいメカニズムは分からないが、キミにはあるのだろうね。その確証が」
「はい。結果は違っても、同じプロセスで剣を強化する方法です。あれはいわゆるその2つの掛け合わせの結果です」


「つまり君の理論で行くと、通常なら不可能ということになるけど。それで僕の解釈は合ってる?」
「そうですね。剣士たちのほとんどはソードスキルの発動に精神を集中させます。意志力をかなり持っていかれるので、同時に剣気を込める事は殆どできないと思います」

 やはり、俺の理論で行くと、通常の人間にはこれが出来ない。それは皆、強者だからこそ。しかし、俺の頭の中には、何人かこれが出来そうな人物が浮かんでいる。しかし、その中で剣を手に取っているのは一人だけ。

「……それで、他の質問は?」

「黒龍の行方。君は知ってるね?」

「いいえ」

 即答した俺の返事を疑うように、俺の顔を眺めるリゲルさん。彼の顔はうっすらとした笑みを浮かべたままである。そのまま数秒間経ってからレナが言う。
 
「黒龍って、あの?」
「ああ。龍の塔から消えたあの黒龍だ。あの龍がどこか近くにいると、仲間が言っていてね」
「……師匠ですか?」
「いや、違うよ」


 リゲルさんの仲間は2人。一人は魔神王との戦いで亡くなったと聞いている。つまり、そういった類の仲間ではない、ということか。これ以上はわからない。

「……ともかく、ゼクル君は黒龍の行方を知らないんだね」
「はい」
「……分かった。僕の用事はこれで終わりだ。夜分遅くに悪かったね」

 最初の語気の強さにしてはアッサリと話を切り上げたリゲルさんは立ち上がり玄関へと向かう。


「ゼクル君は……自分の信じる道を突き進めばいいよ」


「……はい」

「じゃあね」


 そう言い、リゲルさんは静かに俺の家を出ていった。
 全く嵐のような人だ。あの人が何処から嗅ぎつけてきたのかは知らないが、かつて黒龍と戦ったであろう人に今の現状を話すのは、何故だか躊躇われた。



「隠したのは予想通りだったよ」
 と、レナ。
「そうなの?」
「だって、リゲルさん、優しいから。そんな状態の君をこれ以上戦わせられなくなるでしょ」

「そうだな」
 自分を無理やり納得させながら、コーヒーの入ったカップをトレーに戻す。

「ごめん、これ以上飲むと寝られなくなりそうだ。」

 そう言い残し、俺は立ち上がり自分の部屋へと向かう。その背中にレナの声。

「カフェインで寝れなくなるのは迷信じゃなかったっけ」
「精神的な問題なんだよ」



「全部。……全部な」


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