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第28章

龍の翼 ~前編~

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「君の中に誰がいるの?」



 そんな言葉が俺の耳に鋭く刺さる。


「もう一人、いや、二人?」



 息を飲む俺に対して、言葉を続ける。


「誰かいるよね」



 俺は何も言えなかった。


「……答えて。これだけは絶対に答えて」



「片方は分かってるんだろう?」

 と、俺が言うとはぁーと大きなため息をついてレナが答える。

「あくまで憶測だけど。でも多分そうなんだろうとは思う」

「それで合ってるよ。もう片方は?」

「わからない。けど、とてつもなく強い力を持ってる人物なのはわかる……」


 レナの感知能力は異常なレベルで高い。彼女が感知したのは魔力と剣気だと予想できる。というかそれ以外に予想がつかない。


「レナが言ってるのはほぼ正解だよ。けど、」



 俺の言葉に少し首を傾げ、眉間を寄せて次の言葉を待つ彼女に対し。

「それじゃ、見落としてるところがあるね」









「俺の中にいるのは……」










黒龍ドラゴンと電龍刀だ」






 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「何の用だ、人間」

 俺を見下ろす巨体が低い声で言う。天を統べる角の端々には、稲妻が垣間見える。属性エネルギーが漏れ出しているのだろうか。
 俺のコートよりももっと漆黒の身体。黒龍は実際に目にすれば威圧感がとてつもない。

「聞きたいことがあってきた。それだけ聞いたら帰るよ」

 しばらく無音が続いた。俺を品定めするような視線を感じる。数十秒の沈黙の後、小さくため息が聞こえてきた。

「あの男の息子か…」

「……父さんをしってるのか?」

「……大した仲では無い。早く要件を言え」


 今度は俺がため息。見ただけで親子だとわかるぐらいの仲を《大した仲では無い》だと? 馬鹿げている。

「……険しくていい。どうやったら、龍属性を完全に操れるようになる?」



「……人間の身体で、本気か?」

「……どうだ、確かめてみるか…?」

 そう答えながら、左手で左腰の剣を鞘から浮かしてみせる。

「……面白い。その気概は認めよう。だが」






 
「……灰に帰れ」

「……頭が高ぇ」


 
 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



  炎のブレスはコートに逸らされ、翼による風は弱められている感覚がある。尾による打撃もいとも容易く躱され、戦闘序盤の2.3撃のみしか命中していない。この男は、もしかしたら……。

 既にこの状況を打破できる方法は一つしか思い浮かばない。この男は充分に人間をやめていると言える。装備のせいかもしれない。しかし、その装備を完璧に操れているのならば、それこそ人間を超えている。

 ブレスを吐くと、それを未知の力で左右に受け流しながら、突っ込んでくる。

 その黒コート目掛けて、全力の力を込めて睨みつける。

 龍にのみ許された異能。龍命力:龍眼である。

 龍眼の力でその男の動きを止める。そうすればあとは楽に終わる。そう考えて睨みつけた瞬間だった。男の口がかすかに動いた。


「……魔眼返し」



 途端に自分の身体が動かなくなる。ブレスが消え、息をするだけの巨大な置物と化す。


 魔眼の最上位技である龍眼は、魔眼返しと呼ばれるその技には恐らく弱いのだろう。


 この青年は、狙ったのか……!



 そのまま剣を振らずに緩やかに着地した剣士は、右眼に紫の稲妻を纏わせながら、こちらに歩いて近づいてくる。

「さぁ、もういいだろう。口だけ解除するから教えてくれ」


「……お前は、そんな力があって何故、まだ求める?」



 その言葉に剣士は悲しそうな目をしながら、ゆっくりと話し始める。
 
「求めずに生きていた時期もあった。何もいらないと本心から思っていた。だが、奪われることに何の力も持たぬままでは従うしかできない。抗うためには、力が必要だ。そして俺は抗うために生きている」


「一体何を相手取るつもりだ」

「世界の不条理だ」



 その言葉を聞いて決めた。この若き剣士はやがて世界を変える。今の世界ではなく、また別の景色を生み出せる。そのためになら力を使うべきだと。

「人間の身体に完全な龍属性を宿す方法は1つしかない」


 その言葉に、若き剣士は訝しむように眉を寄せる。
 
「お前に……半分人間を辞める覚悟はあるか?」

「覚悟ならこの前してきた」

 そう言いながら、右眼をゆっくりと閉じる。再び開かれた右眼は元の透き通った黒色になっている。


「……緊張感がないな、お前」

  呆れた声を出す。この剣士は一体何を考えているのか。私のような存在では、全く理解できない。しかし、面白い。




「……ならば、私を飲み込め」

「え」


 硬直する剣士の身体の中に自分の魔力を注ぎ込む。直立不動のまま、流れ込む力を受け止め続ける剣士に敬意を払い、自分の持つ全ての力を目の前の男に注ぎ込む。


「……ぐっ…」

 少し苦しみ始めた様だが、気合で耐えようとしているらしい。なんて男だ。世界最強の生物の力を体内に入れられて、まだ細い足で立っているとは。


 この男は……やがて……世界を変える。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






 暗い回廊の中、静かに進んでいく。足音はなるべく鳴らさないように。

 10mおきに壁にかかっている松明を見ながら、右手に下げた片手剣を見つめる。電竜刀はいつもと変わらず、光を反射して黒色に光っている。


『遺跡に…アジト?』

『らしい。そんなに数はいないんだが、どれも戦争帰りの奴等だ。油断してたらやられるぞ』

『犯罪者討伐で気を抜くことはないが……まぁ、気を付けるよ』


 思い出すライトとの会話。アルタイルという大規模犯罪ギルドの一部がこの遺跡に居座っているらしい。

 アルタイルには因縁がある。


 導首クレイドルと戦ったことは一度や二度ではない。まぁ、昔の話ではあるが。

「ここにはいなさそうだな」

 遺跡内部の雰囲気を感じ取り、ポツリとつぶやく。奴がいれば、こんな緩い雰囲気にはならない。いいか悪いかは知らん。取り敢えず奴の狙いも知らんが、拠点は出来る限り潰しておかなくてはならない。

「誰だお前!」

「おっと」

 いつの間にか目の前に曲刀シミターを握った男がいた。装備とその立ち位置からして、十中八九見張りの伝令役である。

「……ほいっと」

 気の抜けるような声とともに、俺が振り抜いた電竜刀から、斬撃が空中を滑るように飛び、彼の脚を斬りつける。バランスを崩し倒れた後、剣だけ投擲しようとするその喉元に、剣先を突き付ける。
『魔法転送:スリープ』

 投擲しようとしていた手がそのまま地面に落ち、完全に寝付いたのを確認すると同じく魔法転送のテレポートで、騎士団本部の中庭に送り付ける。

『つくづくチートだね』
「ホワイトチーターだからいいんだよ」

 脳死で会話しながら、そのまま奥へと進んでいく。数人の見張りを無力化しながら歩いていくと、最奥部とも言えるような大部屋があった。

「索敵に引っかかるのは5人」
『こっちのサーチにも同数引っかかる』


 どうせ襲撃はバレている。
 コソコソ隠れるのも一興だが、この場面で隠れながら行くのは趣味じゃない。

「失礼しまぁぁぁぁす!」
 大声で威嚇しながら大部屋に突撃する。

 その中には、刀を腰に差した剣士と配下らしき四人。武器はそれぞれ斧、片手剣、細剣、そして……ガンブレード。
 なるほど。と思いながら自分の得物を見せつける様に、音高く地面に突き刺すと語りかける。

「こんにちは。真ん中のあなたがここの責任者?」

「……雷神。久しぶりだな」

「元気だった? クレイドル」

 アルヴァーン戦争以来の再会に感動のようなものはない。そこにあるのは得体のしれない殺意と敵対視のみ。

「お前今までどこに逃げてたの? そんなかんたんに逃げ切れるものじゃないでしょ、今の騎士長すごいから」
「"盾"か。その道に進むとは思っていたが、ここまで早いのは想定外だ」
 そんなクレイドルの一言に皮肉を混ぜて返す。
「でも、君も早い出世じゃない。アルタイルの幹部でしょ。すごいね」
「幹部とそれ以下には大きな戦力差がある」

 以外にも真面目に返してくるんだな。と思いながら、そろそろ本題に入る。

 
「……ここから撤収してくれないかな」

「……断る。俺にはやるべきことがある」

「だよな。んじゃこっちでいいか。……政府と内通してる?」

 その言葉を放った瞬間、周囲の空気が突然変わる。図星か。

 クレイドルが呆れた声でつぶやく。
「…………お前らはもう少し努力をしろ」
「管理職も大変だねぇ……無職はいいよ~?」

「お前も全盛期程の力は出せないだろう。ここで俺たち5人に勝ち目はない。ここから撤収するのはお前だ」

 俺の煽りを完全にスルーし、点数としては70点位の指摘を投げかけてくる。


「勝てるの?」
「お前が厄介なのはその属性出力だ。それを消せば終わりだ」


「どうやって?」
 と、俺が問いかけるよりも前にクレイドルが詠唱を紡ぐ。

「……飲み込め。【The World】」

 その声が聞こえた瞬間に、周りの光景が完全に変わる。それに、先程の配下四人だけではなく、他の剣士やら魔法使いやらが増えている。その数はざっとには数え切れない。

 さらに、レナとの通信が途絶えた。
 
「一時的な異世界に来てもらった。今回ここに課したルールは一つ。属性のコアの停止」







 
「……まじで?」






 
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