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第十九章

底 ~後編~

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 この刀使い、異常だ。
 刀とは本来”切り結ぶ”事には全く長けていない武器であり、その戦い方は”敵の防御力が低い箇所”を狙った攻撃を主体とする。しかし、この男はこちらの剣に対して自ら切り結ぶような動きを見せると同時に、ほぼ同じ技量で撃ち合ってくる。どれほどの練習をすればこんな技術が身につくのか。それは問いただしたくても聞けない。

 敵になんて。絶対に。


 その瞬間に遥か後方に敵意を感じた。今ゼクルは満身創痍、彼に相手をしろなどどうやってそんな冷酷になれるのだろうか。だから、僕に残された術は一つだけ。鍔迫り合いになった刃を押し合いながら、細く深呼吸。

「…ブレイブラッシュ」

 その瞬間に剣だけでなく、僕の身体すべてが黄金に輝きながら力を放つ。超高速の剣戟は光の残滓を辺りに散りばめながら、刀をいとも簡単に弾き始める。その剣は必殺の威力を秘めながら残像を残して四方八方から刀使いに迫っていく。迎撃を一瞬で突破したその攻撃がその身体を引き裂いて、大きく吹き飛ばす。

 ブレイブラッシュは勇者専用スキル。決められた連撃を放つ”ソードスキル”とは違う。自分の意志によって放つ剣戟を強化する技だ。つまり身体強化系スキルである。その性能はかなり高水準で、高威力ソードスキルでも弾き返すほどの威力を有している。
 ブレイブラッシュによる強化連撃が終わった瞬間、後ろに振り返ると、そこにあった光景は信じられないものだった。

 友軍であったはずの剣士が五人、剣を握って倒れている。そのこちら側にはゼクルが呆然とした表情で立っている。左手に真龍剣を、右手に電龍刀をさげて。返り血は………浴びていない。
「気絶させているだけだ。斬ってない」
 ぽつりとゼクルがつぶやく。声を聞く限り、正気だ。
「何があったんだ。なんで仲間を」
「俺が聞きたい」
「……どういう意味だ」
 僕が少し語気を強めていうと、ゼクルは俯き、目をつぶりながら答えた。

「こいつらから斬りかかってきた。俺は内通者らしい。俺も知らない情報を持ってるんだな」
 皮肉を言うその声は完全にかすれている。疲労のせいか、不信のせいか。はたまた両方が原因か。
「逆だろうな」
「あぁ」
 逆、というのは彼らに”情報”を与えた人物こそが内通者であるという事だ。僕とて、内通者がいるということをそんなに簡単に信じたくはない。だが、こうやって嘘の情報を出されている時点で内通者の存在か、ゼクルに敵対している人物の存在はほぼ確実だ。そのどちらがいたとしても、ゼクルと僕の行動は変わらない。
 戦うだけ。
「ゼクル、僕は一度駐屯地に」
 その瞬間に風切り音が聞こえた。視界の端に見えたのは飛翔する槍。その矛先はゼクルに向いていて。
 僕は咄嗟に、その身を躍らせた。槍が自分の身体を貫くように。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 鈍い音が響いて、ライズの身体から血が噴き出る。その胴体の中央からは槍の先端が突き出ている。真っ赤に染まった槍の先端。口から出る血。

 おれのあたまはしこうがとまる。

 「何が……どうして」
 俺の口から出た言葉は情けないほど小さく震えて、その場にいるライズにすら届かなかっただろう。ライズの身体は傾いて倒れたそれとほぼ同時に槍がひとりでに抜ける。槍が抜ける事で、一時的に出血を止めていたものがなくなり、恐ろしいほどの血を出しながら、彼の身体があおむけに地面に転がる。よろめきながら駆け寄り、そして傷口を押さえようとして、一瞬固まる。

 大きすぎる。この傷口を押さえるものがない。俺は涙をあふれさせながらどうすればいいのかわからずにただ全身を震わせる。槍の追撃なんて考えてなかった。来たとすればそのまま貫いてほしかった。ただそれぐらいにしか考えてなかった。



 ライズはまだ生きていたらしい。だが、それも後数秒だろう。

「   」

 声にならない口の動きが俺の名前を呼んだ。続けてライズの口が動く。

「     」

 にっこり笑った彼の身体は、その後動かなかった。


 悲鳴が出ない。絶叫が出ない。泣き叫ぶ事すらできない。

 声が、出ない。ライズはあの状況でも俺に何かを伝えようとしたというのに、俺はまた身体が動くのに、それにかかわらず、俺の声帯は全く持って震える気配を見せなかった。何とか絞り出せた唯一の言葉はこれだった。


「いつもの声量じゃなきゃ、…聞こえねぇよ」


 その時だった。
「まさか、そちらが死ぬとは」
 足音もさせずに近づいた声の主。俺はふらふらと立ち上がりながら振り返る。するとすぐそばに立っている鎧姿の男。鎧の色はすべて緑。傲慢な態度と俺が嘆いている間何もして来ない余裕。
 間違いなく、この男は八色の騎士の一人、緑の騎士。

 ゆっくりと目を伏せながら、考える。しかし、そんな思考など全部、感情の前では壁にはならない。そんなもの、道端に転がるこいしのようにそこにいるだけ。ブレーキにはなれない。



『僕に君の剣術を教えてほしいんだ』

『ああ、剣に誓うよ!』

『ははっ……やっぱり君はすごいやっ……!』


 あのお気楽ものの大声は、もう俺の耳に届くことはない。そう思った途端に、右手に不自然なほど力がこもる。異常なほどの力が湧き出て、しかもそれをコントロールできている。

 今なら、殺せるか。

 左手をゆっくりと開くと、イメージする。敵の右肩を切り裂くその瞬間のイメージ。

「………が…っ」

緑の騎士の右肩から鮮血が飛ぶ。同時に俺が投げ捨てていた真龍剣が俺の左手へと収まる。

「ここは戦場だ。お前を特別咎めたりはしない」

 そう言いながら右手を開く。そこに飛んでくるのは電龍刀。しかしこちらも俺の手に収まる前に緑の騎士の左足を軽く切り裂く。

「だが、殺される覚悟ぐらいはしておくんだな」

 電龍刀を掴む。意識してしまうと、グリップが割れそうなほどに力がこもる。だがそれでいい。



「貴、貴様……その剣はまさか…!いや、そんなはずが」

「黙れ。俺はお前の命以外に興味はない」






 あのとき、俺は死んでもいいと思っていた。
 だからこそ、あんな大胆な行動に出ることができた。不意打ちによって機動力を削いだことによってか、俺は緑の騎士相手に圧倒した。

  特別な事なんかじゃない。ただ、死ぬと思った状態でそれでも前へと向かう勇気。『死ぬ気で立ち向かう』とはまた違う。美しくもない、そんな覚悟が、あの時の俺を突き動かしていた。

 ライズが死んで、緑の騎士を殺して、そして俺はライズの剣を手に取った。ライズの相棒・神龍剣は、俺の手になぜか馴染んで、それで気付いた。ライズはおそらく絶命する直前に俺に力を継承した。だからこそ、右手の力は異常なほど強くなって、ライズと契約したはずの神龍剣もしっかりと持ち上げる事ができる。
 ちゃんと掴める。だからこそ、この剣を振るいたくない。そう思った。自分の無力を否応なしに突き付けられるから。

 俺は弱い。それは変わらない事実で、今だってそうだ。どれだけ抗っても弱い。

 そんな事を常に自覚させられながら生きていくのは、やはり辛いから。

 その後、レナと再会した俺はカトラスと戦い、レナに少しだけ声をかけてその場を再び離れた。

 俺が向かった先は、敵軍の本拠地だった。反政府軍の本拠地は明らかだったが、俺達はそこを攻めるほどの戦力を確保できていなかった。西十区よりも向こう側。他に何もないような荒野の真ん中にその巨大な要塞はいまだ残っている。近くには川が流れており、水の確保もできる。長期に滞在しても大丈夫なように考えて作られたその要塞は、王宮の約三倍ほどの十万平方メートルの敷地面積を誇る。

 そこに俺は一人で向かった。理由は一つ。俺の戦いを終わらせるためだ。もちろん勝てるとは思っていなかった。死ぬつもりだった。だが、ただで死ぬのは嫌だった。だから最重要拠点に殴りこみをかけて、一人でも多くの敵を道ずれにして死ぬつもりだった。そうすれば、俺はこの苦しい戦いから解放される。
 もし、奇跡かなんかが起きて俺一人で制圧できたのなら、それでも戦いは終わる。

 結果だけいうと、俺はそこで2391人を殺して拠点を制圧した。それが伝説の剣士と言われる理由だ。おそらく途中で何人も逃げているはずだ。


 あの時の判断に後悔はしていない。俺が後悔しているのはもっと前なのだから。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 ソファにうなだれるゼクルを横目に、私はキッチンへと入る。見る限りゼクルはまだ眠そうだ。目はいつもに増して細いし(普段からかなり細い)、ずっとあくびをしている(普段からあくびの頻度は高い)。さらに言うと、目に生気がない。いや、これも元々か。ん? 悪口? どこが?

 とりあえず、キッチンに入るとインスタントコーヒーを淹れる。ゼクルはかなりの甘党なので、シュガーを三本入れる。飽和してそう。私のコーヒーには砂糖とミルクを一本ずつ入れる。コーヒーを2つ持ってそのままリビングに戻る。2つともテーブルに置くと、ゼクルの顔を見て思い出す。コイツ猫舌だったわ。ゼクルの分のコーヒーを持ってもう一度キッチンへと戻る。持ったマグカップに氷を三つほど落としてからまたリビングへと戻る。

「はい」
「……ありがと」
「はいよー」



 私はゼクルがくじけたときに、そばにいたい。ただ、そばにいる事で何ができるのかはわからない。だけど、私が限界だった時にゼクルはすぐそばにいてくれた。きっと彼はそんな深いことを考えていない。

 ただ、少しの間だけでもゼクルと話をして、言葉を交わして、目を合わせて。

 それだけで、私の心はどれだけ救われたか。










 でも。

 返したい。本当にそれだけなのだろうか。
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