世界はもう一度君の為に

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第十三話:完全回復

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 目を覚ましたのは――セオリー通り、病院のベッドの上だった。
 白い天井と、かすかな薬品の匂い。これぞ病院と言った、殺風景でどこか懐かしいような雰囲気。
「…俺、助かったんだな」 
「当たり前でしょ」
「!だ、誰だよ!」
 すぐ近くで声がした。驚いてキョロキョロとあたりを見回すが…誰もいない?
 しかし、ふと下方に目をやると、俺が寝ているベットの影に何やらもそもそ動く物を見つけた。…小さい人影だ。
「……じょ・ろ・う・ぐ・も~~」
「良かったね真里、ここのお医者さんはとっても優秀な能力者だったみたいだよ。傷を触れただけで直すとか」
「んなこたぁどうでも良いんだよ…お前、俺に何か言うことあるだろ?」
 俺は女郎蜘蛛の後頭部を引っ掴んでひねり、無理矢理こちらを向かせた。
 そう、こいつは俺達が死闘を繰り広げている間、一人呑気にテレビを視聴していたのだ。
 俺が――契約者が死にかけているとも知らずに。
「ほら女郎蜘蛛!なんとか言ったらどう――」
「ごめんなさい」
「――なんだよ…って、…え?」
 ここまで素直に謝るとは思っていなかった俺は、思わず女郎蜘蛛の顔を覗き込む。
「…真里が弱いことは重々承知してた。あたしが守ってあげなくちゃいけないことも勿論わかってた。でも…あの時は、大したことないって思っちゃったの」
 ……突っ込みたい部分は多々あるが、それでもこいつ…
 反省、してる?
「ごめん真里。真里は弱いのに頑張らせちゃった。…今回は、いっぱい怒られてもがまんする」
「ちょ…おいおまっ……べ、別に女郎蜘蛛だけが悪い訳じゃねぇだろ!そんな落ち込むなって…俺が弱かったのが悪いんだ、こっちこそ心配かけて悪かったな女郎蜘蛛…」 
 俺は慌てて、乱暴に引っ掴んでいた女郎蜘蛛の頭をぱっと離し、顔をのぞき込んだ。
 泣いてこそいなかったが、今までに見たこともないくらい萎れたような顔をしていた。
 …いや、まだ出会って間もないわけだから、今までにってのはおかしいかもしれないが…
 それでも、こいつの性格からは考えられないような顔をしていた。
「真里が弱いことはわかってたのに…」
「だーーーってめぇそれを繰り返すな!結果的に勝ってるから弱くねぇから!誰が戦闘力皆無の無能力者じゃいボケ!」
 やっぱりこいつはっ…こいつは…ド失礼なクソガキだ!
 俺はベットから跳ね起きて、女郎蜘蛛の頭をはたこうとする。が、すばしこいのがこいつの長所なため簡単に躱された。しかし、俺も弱いと連呼されて黙っているわけには――!
「ちょこまか逃げんな!」
「やだもん!いっぱい怒られてもがまんするとは言ったけど殴られるのは嫌だもーん!」
「待てコラァ」
 ここが個室なのを良いことに、俺達はわめき騒ぎ立て病室内を走り回った。
 下の階の病人はさぞ思っていることだろう。病院の幽霊の足音か…と。
 というか普通に迷惑行為。
 だが構わずに俺達は走った。女郎蜘蛛の着物の裾が棚に引っかかり、上に乗っていたメモ用紙などがばさばさと落ちた。
 …俺、生きてるんだなぁ……
 なんとなくそんなことを実感して、小さな感動を味わっていると――
「何やってんだクソガキィイィ~」
 ……頭蓋骨をわしづかみにされる感触。
「ヒッ…やっ…翠雨すいう先生…」
「ここが病院ってことをてめぇは理解してんのかコラ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!痛い!痛い!せっかく治して頂いた体が再び再起不能になりますせんせぇぇぇぇぇ!」
 後頭部を鷲づかみにしていた手は、俺が振り向いた瞬間標的を顔面に変更した。これは俗に言うアイアンクローというやつでは…!?
「こンのド阿呆が。俺様が折角治してやった体を病院の規則を破るために使うたぁいい度胸だな」
「ちょっ、まっ……それ言ったら翠雨先生だって院内で煙草を吸って」
「俺様は院長だからいいンだよコラァ」
「ぎゃあぁあぁぁあぁぁあ人間の体の特徴を完全に理解している人の攻撃は痛いっっ!」
 ひとしきり俺の頭蓋骨を圧迫して満足したのか、翠雨先生はようやく手を離してくれた。 
 ――耳に開けた大量のピアス。ボサボサの髪の毛を後ろで一つの三つ編みにまとめている、そのあからさまに不良のような出で立ちをしたこの男性は。
 …まごう事なきこの病院の院長で、俺の怪我を一日で綺麗に治してくれた非常にレベルの高い異能力者なのだ。
 ついでにもうすぐ三十路だが独り身らしい。
「ったく、お前は元気になりすぎだよ。俺様の仕事を増やすような真似はすンなよ」
 そう言って翠雨先生は、煙草をふかすかわりにエナジードリンクを飲んだ。
 そうして手元のバインダー…俺のカルテに目を落とす。そのまま手近にあった椅子に乱暴に座って足を組んだ。
「取りあえず、てめぇはこの俺様の迅速かつ適切 かつ最高かつ天才的な処置によって走り回れるぐらいに回復している。明日にゃ退院だな、さっさと帰れよ。今日のうちに荷物はまとめとけ」 
 ナルシストと言ったらナルシストだが、決して噓というわけではないしそれに見合った実力者だから黙ってよう。 
「良かったね真里」
 女郎蜘蛛がこそっと俺に耳打ちをしてきた。こいつもこいつなりに俺の身を案じてくれていたんだろう。
「ツレも無事だぞ。あいつ―――すぐるとか言ったか、おまえら二人で明日仲良く退院だ」
「!…良かったぁ……」
 すぐるは俺より遙かに軽傷ではあったが、もしものことがあったらどうしようかと思った。
「…細けぇことは聞かねぇつもりだ。俺様は慈愛の塊だからな。だが――」
 翠雨先生は立ち上がり、俺の頭にバインダーをコツンと当てた。
「若気の至りってモンもあるだろうよ。だが喧嘩ばっかりしてンじゃねぇぞ」
 ぐりぐりとバインダーを押しつけられる感触。 
「俺様の仕事を増やすな。でも葬式屋の仕事はもっと増やすな。…いいか、クソガキ。クソガキはクソガキらしく人生のらりくらりと生きろよ」
 そこでようやく俺は、頭に押しつけられていたバインダーは翠雨先生の掌の代わりだったのだと気づいた。
 最後に翠雨先生はバインダーで俺の頭を軽く叩き、そのまま俺に背を向けて病室を出ようとした。
 ……………
「…翠雨先生、最後に聞いていいですか」
「俺様は多忙なンだよ。お前程度のやつの話に付き合ってられっか」
 翠雨先生が扉に手をかけた。

「どうして、俺みたいな無能力者を助けたんですか」

 扉にかけられた翠雨先生の手は、強ばったように動かなくなった。
「すぐるよりも俺を優先したと聞きました。…普通の人なら俺のことなんて見捨てる――でも貴方は怪我の具合だけをみて判断した。…どうして」
「………どうして、だぁ?」
 扉にかけていた手を一旦離し、翠雨先生は俺にひらりと手を振った。
「決まってるだろ。病院の中ってのは誰もが平等になれる場だ。序列があるのは俺様と俺以外だけ。絶対的圧倒的ナンバーワンが俺様で、他は全部一緒の有象無象だ」

「貴様らは全員俺様の下僕であり、そこに優劣はない。貴様が無能力者だから俺様が助けるのはおかしいだと?自惚れるなよ。自分が特別だと思ってんじゃねぇ、俺様から見りゃ貴様も有象無象の一人だぜ」

 翠雨先生はそのまま病室を出て行った。あの人なりの優しさを残して。 
 …あぁいう人ばかりだったら、どれだけ良かったか。
「真里」
「……わかってるさ、あの人の言い分は正しい。だが俺は今の計画をやめるつもりは無い」
 それでも覚悟は固まった。
 絶対に死ねねぇな、こりゃ。

「お見舞いに来ましたよ。お茶出してください」
「見舞いの品はいらねぇから人の心を持ってきてくれませんか無刀さん???」
「なんですか、冗談ですよ」
「兄貴が言うと冗談にならねぇから…」
 それから数十分後、橘兄弟が見舞いに来た。千鬼手作りのアップルパイと、無刀おすすめの和菓子店のだんごを持って。
「悪いなこんなに…よかったのか?」
「まぁ人として当然だろ、明日には退院だって?名医に当たれて良かったな」
「ほんと…あの人すげぇよなぁ」  
 千鬼は備え付けの冷蔵庫に、持ってきてくれたものを入れながら言った。
「それから、そんな貴方に朗報です」
 無刀がそっと病室の扉を閉めた。外の人間に聞こえないように…ということで良いのだろうか。
「どうせ女郎蜘蛛さんもいるんでしょう?すでに団子が一本消えてますし…二人とも、ちゃんと聞いて下さいね」
 無刀はスマホを操作し、一人の人物の画像を見せる。

「貴方が怪我で寝ている間に、また一人仲間が増えましたよ」

 ――の画像は、俺の目をとてもひいた。
 なにせ、はこの世界では有り得ないはずだから――
「………黒髪…?」
 真っ黒な髪をした――女の子だった。
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