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第十二話:私が愛した人達は皆
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「すぐるが好きになって良いのは真里だけ…真里ならわかってくれるよね…?」
すぐるがゆらりとこっちに向かって歩き出した。歩幅をどんどん大きくしながら。速度をだんだんとあげながら。
…正直こいつの言ってることは全く訳がわからないが、今は戦うしかない。俺だって腹をくくる時はくくるのだ。
バットを掲げた。すぐるの速度はもはや完全な戦闘態勢だ。
………迷わずまっすぐ、俺に向かって突っ込んでくる。ヨーヨーを手から離さずに――
待ってくれ。
武器は?
素手で戦うタイプなのか…?こんな華奢な女の子が!?
すぐるは俺の半径ニメートルほどのところまでつくと、唐突にヨーヨーを振り上げた。
こんなもの避けるまでもないと、俺はすぐるとの間合いを詰める。
詰め、た。
はずだった。
背中に強い衝撃。視界がぶれた。さっきまで目の前にいたはずのすぐるが遠くにいる。
…口から何か生暖かいものが流れ出てくる。なんだこれ?あと腹部が有り得ねぇぐらいいてぇ。
…すぐるはヨーヨーをぶんぶん振り回している。
まさか。
まさか―――
「……嘘だろ」
すぐるの武器はヨーヨーそのもの?
ヨーヨーからあの威力を出してんのか?
ありぇねぇ、でも実際…俺は今、ぶっ飛ばされて校舎の壁にもたれかかっている。
鉄の味がした。だんだん冷静になってきた頭で考えると、これ吐血だな。
多分あばらがいった。
「すぐるの能力は、武器の性能を自分の好きなように倍に出来ること。…それも忘れちゃったんだね、真里」
……………。
勝ち目がねぇ。
既に俺は重傷。動くのも危険。
『真里は弱いんだから――』
女郎蜘蛛の言葉が頭をよぎった。
まじかよ…
俺、死ぬの?
「真里ぉ…真里ぉ……すぐるのこと思い出してくれないの?」
あのクソブラコン野郎…全然話が違うじゃねぇかよ……。
めちゃくちゃ戦闘になっちまってるし。俺相手ならこいつ大人しいんじゃなかったの?
くっそ、いてぇ。
意識が飛びそうだ――
「真里。すぐるは真里が大好きだよ?」
すぐるがヨーヨーを振り回す。
これは…まじで……
腕をなんとか動かして、バットを掴もうとする。…力が入らない。これじゃあ戦うどころか、逃げることも……
「そこまでです」
刀を抜く音がした。
…すぐるの首元に、日本刀がぴたりと当てられている。
すぐるはその刀を、下手に動けば自分の命を簡単に刈り取るそれを、まるで虫でもとまったかのようにつまらなそうに見ている。
「……無刀!」
「全く…何押されてるんですか。しかも一発食らってまで…私達に勝った相手がこんなものでは、こちらとしても情けないですね」
無刀はため息をついて、呆れたような顔をした。…罵られてることに変わりはないが……ありがてぇ…。
「…だぁれぇ?邪魔しないでぇ」
すぐるがその日本刀を――いや、その日本刀の所有者を撃退しようと、再びヨーヨーを振りかざした。
「させねぇ」
今度は反対側から、大刀がすぐるの腕に当てられた。
…あの状態では動けないだろう。
「…………」
すぐるは忌々しそうな視線を、風紀委員に――
橘兄弟に向けた。
「…大人しくしてください。我々は貴女に協力を要請したいだけです。危害を加える気はありませんので、その武器をしまってください」
無刀は落ち着いた様子で言う。だが、拭いきれない恐怖がそこにはあった。
武器の性能を倍にする能力――言い換えれば、自分が武器だと思った物は何でもかんでも武器に出来る。それがあいつ――すぐるの能力だ。
今現在の武器をしまわせたところで効果はない。ふとした瞬間に拾ったものすら武器に出来る彼女に、通用するものはない。
「……邪魔」
すぐるは苛々しているようだ。いつ反撃に出るかわからない。
あの状態ではまともに動けないとわかってはいても――
すぐるに常識は通用しない。
「…もはや、平和的解決は無理そうだね……千鬼」
「そうだな。…やるしかねぇか」
二人は刀をぐるりと回して、峰打ち体勢にはいった。
殺しはしないつもりだ。でも…ある程度の怪我は、いくら女相手といってもさせるつもりだな。
なんてったって、ジェンダー平等の社会だもんなぁ!
こちとら女にぶっ飛ばされて大怪我負わされてんだぞ、なぁ?
…だが……すぐるは、やっぱり強い。
「すぐるの邪魔、しないで!!」
ギンギンギンギン!
まるで生き物のようにうねりながら、ヨーヨーが確実に橘兄弟の命を刈り取ろうと荒れ狂う。
「ぐぅっ……」
「…………っ」
その猛攻に、二人は必死に剣を振る。
くそ…俺も、こんなところで一人座ってるわけには…!
立ち上がろうと腰を浮かす。だが――
「――――ッ!」
痛ぇ。
痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ。
今まで経験したことも無い痛みに、全身が悲鳴をあげる。
「……!真里さん、動かないで下さい!内臓が傷つきます!」
無刀が叫ぶ。
くっそぉ…こんな時だけ心配なんてしやがって……!
そうだ、いいぞ、立って戦えって。
そう言ってくれたら良かったのに…!
『真里は弱いよ。きっとすぐ死ぬ』
この体たらくじゃ…女郎蜘蛛の言葉を認めるしかねぇ。
無力な自分に、腹が立つ。ただ黙ってみてるしか出来ねぇのか俺は。
『君はすごく弱い』
いつだったか、担任のクソ野郎に言われた言葉を思い出した。
父親を愚弄した、あいつ。
――俺がここでこのまま、戦闘に加入しなかったら…
あいつを否定できない。
父親が、そして俺が弱者だと、失敗作だと、認めざるをえなくなってしまう――
「……真里さん…動くなと言ったはずですよ」
足ががくがく震えていた。
あまりの痛みに、脳はそのことばかり考えてしまう。
バットを取り落としそうだ。
それでも――
「俺だって…まだ……戦える」
「…真里てめぇ……正気かよ」
いつだって、物語の主人公はいくらボロボロになっても立ち続けた。
心の奥底に揺るぎない信念があるから、彼らは何度でも立ち上がれるんだろう。
ならば俺だって。
いくらそれが歪んだ信念だとしても、他人からすればどうでも良いものだったとしても。
――それがたとえ、俺にとってだけの正義だったとしても。
…大丈夫だ、いける。これからだって沢山戦わなくちゃいけないんだ。
こんなとこで、たかがヨーヨーにぶち当たったぐらいで再起不能なんてできねぇ。
そんな奴が世界を壊すだと?
――お笑い種だ。
俺はなんとか体を奮い立たせ、すぐるに向かって突っ込んでいく。
流石に三対一ともなれば、こいつだって隙を見せるはず――
「六十倍」
ヨーヨーがうなった。
目にも止まらぬ速さでヨーヨーは俺達に攻撃を開始する。
「………!」
成る程、武器の性能を何倍にするかは自分の意思で決められるってことか…!
だが恐らく、倍数が大きくなれば大きくなるほど向こうの消費も激しくなるはず。
それに、このバットなら――
俺はまるで鉄球のように迫ってくるヨーヨーに狙いを定め、力の入らない腕を無理やり動かし――
…入る!
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」
バットとヨーヨーがぶつかり合った。二つは自らの力比べをした。
どっちが先に壊れる――!?くそっ、頼む!
バットがミシリと嫌な音を立てた。
「………っ」
まだだ、まだいける!
もう少し、あともう少し――
『君は弱いんだから――』
「――っ、んな訳……」
バットが少しずつ、少しずつ、ヨーヨーに食い込んでいく。
やがてバットが半分まで食い込んだとき――
「あるかぁぁぁぁぁぁぁ!」
パキン。
「…………!」
ヨーヨーが、粉々に砕け散った。
すぐるは初めて人間らしく、驚いたような顔をして俺を見た。
「どうして…いくら強化されているとは言っても、それでも斬られないように、すぐるは…」
「…悪ぃな、こいつは異能力すら斬る優れ物でね」
だがこれで終わりではない。すぐるは何でも武器にすることが出来る。
まだ戦いはこれからだ。つまり、俺の体が持たねぇ。
だが俺は一人で戦ってるんじゃない。
「今だ、兄弟!」
「言われなくても!」
「わかってるっつーの!」
武器をなくして、一瞬だけ体勢を崩したすぐるに、二人は突っ込んでいく。
無刀の刀の峰が、そして千鬼の手刀が…
すぐるの首とみぞおちに入った。
「………すぐ、るは…」
かくん、と。
すぐるは芝生の上に倒れた。
『気持ち悪い、化け物だ、こいつは花桃家の疫病神だ!』
愛されたかった。
『……母さんは死んだ。交通事故だ…これからは父さんと二人で生きていこう』
愛したかった。
ただ、それだけの話。
私は花桃家の一人娘として生まれた。
皆が私の誕生を、成長を、喜んでくれた。
特にお婆ちゃんが一番私を可愛がってくれた。勿論、両親だって可愛がってくれたけど、お婆ちゃんは私にぞっこんだった。初孫だったからなのかな。
だから皆、私に期待してた。
私にどんな異能力が宿っているのだろうかと、皆。
そんな中で、事件は起きた。
『お婆ちゃん!みて、私ヨーヨーすっごく上手になったの!』
『おぉ、すぐるちゃん、それは凄いねぇ。どれ、どんなに上手くなったのか見せておくれ』
『えへへ、お婆ちゃんが教えてくれたおかげだよ!見ててねぇ』
ヨーヨーに激しい動きをさせたのは、お婆ちゃんに褒めて貰いたいが為だった。
少しでも自分を凄いと思って貰うためだった。
でも――
ヨーヨーは私の指から離れた。
この時に限って、私は手元を狂わしてしまったのだ。
ヨーヨーは宙を舞う。勢いを増して。お婆ちゃんに向かって。
私はまだ、異能力を上手く制御することが出来なかった。
――出来なかった。
鮮血がしぶく。お婆ちゃんの血だ。お婆ちゃんは頭を抑えて呻いている。
ヨーヨーがごとんと床に落ちた。
床が少しへこんだ。
「………お、お婆ちゃ…」
「う……ぐぅう……」
音を聞きつけて、お父さんとお母さんが駆けつけてきた。
お母さんは短い悲鳴を上げて、怯えたように私を見た。
お父さんは青ざめた顔で、私に動くな、何もするな、落ち着くんだと言って病院に電話を始めた。
お母さんはびくびくしがらも、お婆ちゃんに声をかけたり、傷口を押さえたりして兎に角お婆ちゃんの為に動いていた。
私もお婆ちゃんの為に何か、何かをしなくてはと思って、お婆ちゃんに手を伸ばした。
でも、途中で私の腕は止まった。
お婆ちゃんが、こっちを睨んでいたから。
「このっ……疫病神だ!疫病神だ!こんな恐ろしい力を持っていたなんて…」
お婆ちゃんは必死になって私を追い払おうと、手近にあった物を掴んでは投げ掴んでは投げを繰り返した。
そのほとんどが明後日の方向へとんでいったけど、その行動自体が私を傷つけるには十分だった。
「気持ち悪い、化け物だ、こいつは花桃家の疫病神だ!」
それが始まりだったかも知れない。
あの日、私の生活は一変した。
親戚全員に腫れ物扱いされるようになってしまったのだ。
両親は変わらず優しく接してくれたけど、どこかおどおどしていたし。
私が愛した生活は、壊れてしまった。
それからというもの。
私が愛したものは何もかも壊れるようになってしまった。
お母さんが死んだのは、私の誕生日の次の日だ。
その年の誕生日は、お母さんが特別美味しい料理を作ってくれた。私はすごく嬉しくて、お母さんを今まで以上に好きになった。
そしてお母さんは死んだ。
その後、お父さんは私をすっごく慰めてくれた。
お母さんが死んじゃったのは悲しかったけれど、お父さんの慰めはとても私の力になってくれた。私はお父さんが今まで以上に好きになった。
そしてお父さんは死んだ。
知らない内に心を病んでいたみたい。お母さんの後を追って首つり自殺をしてしまった。
私は悲しくて、悲しくて、お父さんとお母さんの形見のぬいぐるみを大事にしていた。
そのぬいぐるみは、ふとした瞬間に縫い糸が切れて中の綿が飛び出し、捨てざるをえなくなってしまった。
…考えてみれば当然なんだ。私は疫病神、なら私が好きになった物は全部壊れて当たり前なんだ。
誰も好きになっちゃいけない。
私は疫病神だから。
ただひたすらに自分が憎かった。自己嫌悪の塊のようになった私は、威力を数倍にしたカッターで自分の足を何度も何度も斬り付けた。傷は今も残っている。誰にもばれないように、包帯で隠した。
でもある日気づいたの。
私が、疫病神である私が私を嫌いになってしまったら。
私は幸せになってしまうのではないか――?
そんなことは許されない。沢山の人達を、自分のせいで傷つけたというのに、自分だけ幸せになるなんてことは許されない。
なら、私を好きにならなくては。
……思ったより難しい。鏡で自分の顔を見るだけで殺意がわいてくると言うのに、自分を好きになんてなれるのだろうか。
いや、なる。なってみせる。
そのためには、自分を第三者視点で見た方がいいかもしれない。
自分の身に起こっていることを全て他人ごとだと思おう。
そのためには――
『私は――』
『すぐるは――』
「おい、すぐるとか言ったかこいつ…起きねぇんだけど」
「少し強くやり過ぎましたかね」
「……お前らさぁ…ここに明らかに重傷の人がいるんですけど。こっちには目もくれないの?」
「うるさいですねだらしない。救急車は呼んでおきましたから静かに大人しくしててください」
「冷てぇ…俺の体温も冷たくなっていくぅ」
この辺の近くの病院には確か、名医がいたはず。なんでも傷を防ぐ異能力者とか…
それならまぁ、大丈夫だろう。俺も、すぐるも。
俺とすぐるは、二人並んで芝生の上に寝転がっていた。
俺は大流血しながら。すぐるは…少しうなされてるが、怪我はたいしたことなさそうだ。
「………すぐるって…どっかで…」
血が抜けてろくに回らなくなった頭で、自分の記憶の中から「花桃すぐる」という人間を検索する。
何処かで、昔に、聞いたことが――
『なぁ、そんな包帯巻いてるってことは、怪我してるのか?俺が荷物持つの手伝ってやる!』
……あれ?
小学生の頃。低学年の頃…そう言えば、ミルクティー色のおさげ髪で、足に包帯を巻いた女の子が――
『……いいの?』
『まかせろ!父さんから、困ってる人は助けるんだぞって教えて貰ったんだ!』
『………でも、好きになっちゃったら、あなたも…』
『?なんかいったか?』
『…なんでもない。ありがとう、名前は?』
『俺は真里っていうんだ!蓮田谷真里、お前は?』
『――すぐるは…花桃すぐるっていうんだよ』
……ひょっとしてあの時の――
「まじかよ…」
確か、その子は三年生ぐらいに引っ越していったんだよな。
大して話したこともねぇ、本当にその一回きりだった…と、思う。
なのになんでこいつは、俺に執着したんだ?
「……うーん…」
「おっ…目覚ましたか。おい、大丈夫か」
「…すぐる……どうなったの?」
「私達が気絶させました。無傷ではないので病院行きましょうね」
すぐるがぼうっとした様子であたりを見渡す。そのさなか、すぐるの瞳は俺を捕らえた。
「…真里……すぐるのこと、思い出した?」
「…まぁな。お前あの時の子だったんだな」
どうやらまだ頭は完全に冴えてはいないようだ。ろれつがまだ上手く回ってない。どこかうわごとのようだ。
……俺は、思い切って問いただすことにした。
「なぁ、すぐる」
「…どうしたの?」
「……なんでお前は…そんなに俺に拘るんだ?」
遠くから救急車のサイレンの音がする。――ようやくか。助かった…。
「…………なんでって…」
すぐるはころりと寝返りを打って向こうを向いてしまった。…肩が小刻みに震えている、笑ってんのか?
「真里だけは――好きになっても、死なないでいてくれたんだもん」
「?すぐる?」
サイレンの音で上手く聞き取れなかった。聞き返すが、すぐるからの反応はもうない。
…なんなんだよ……。
救急隊員が駆けつけてくる。無刀が応答してくれていた。千鬼がすぐるを優先して救急車まで運ぶ――相変わらず腕力化け物だなあいつ。てか俺を先に運べ重傷だぞ。
すぐるが千鬼に担がれて運ばれるとき、ぽそりと今度は聞こえる声で、俺にささやいていった。
「…いいよ、すぐる、真里の仲間になってあげる」
――その言葉に心底安心した俺は、ようやく気を失ったのだった。
すぐるがゆらりとこっちに向かって歩き出した。歩幅をどんどん大きくしながら。速度をだんだんとあげながら。
…正直こいつの言ってることは全く訳がわからないが、今は戦うしかない。俺だって腹をくくる時はくくるのだ。
バットを掲げた。すぐるの速度はもはや完全な戦闘態勢だ。
………迷わずまっすぐ、俺に向かって突っ込んでくる。ヨーヨーを手から離さずに――
待ってくれ。
武器は?
素手で戦うタイプなのか…?こんな華奢な女の子が!?
すぐるは俺の半径ニメートルほどのところまでつくと、唐突にヨーヨーを振り上げた。
こんなもの避けるまでもないと、俺はすぐるとの間合いを詰める。
詰め、た。
はずだった。
背中に強い衝撃。視界がぶれた。さっきまで目の前にいたはずのすぐるが遠くにいる。
…口から何か生暖かいものが流れ出てくる。なんだこれ?あと腹部が有り得ねぇぐらいいてぇ。
…すぐるはヨーヨーをぶんぶん振り回している。
まさか。
まさか―――
「……嘘だろ」
すぐるの武器はヨーヨーそのもの?
ヨーヨーからあの威力を出してんのか?
ありぇねぇ、でも実際…俺は今、ぶっ飛ばされて校舎の壁にもたれかかっている。
鉄の味がした。だんだん冷静になってきた頭で考えると、これ吐血だな。
多分あばらがいった。
「すぐるの能力は、武器の性能を自分の好きなように倍に出来ること。…それも忘れちゃったんだね、真里」
……………。
勝ち目がねぇ。
既に俺は重傷。動くのも危険。
『真里は弱いんだから――』
女郎蜘蛛の言葉が頭をよぎった。
まじかよ…
俺、死ぬの?
「真里ぉ…真里ぉ……すぐるのこと思い出してくれないの?」
あのクソブラコン野郎…全然話が違うじゃねぇかよ……。
めちゃくちゃ戦闘になっちまってるし。俺相手ならこいつ大人しいんじゃなかったの?
くっそ、いてぇ。
意識が飛びそうだ――
「真里。すぐるは真里が大好きだよ?」
すぐるがヨーヨーを振り回す。
これは…まじで……
腕をなんとか動かして、バットを掴もうとする。…力が入らない。これじゃあ戦うどころか、逃げることも……
「そこまでです」
刀を抜く音がした。
…すぐるの首元に、日本刀がぴたりと当てられている。
すぐるはその刀を、下手に動けば自分の命を簡単に刈り取るそれを、まるで虫でもとまったかのようにつまらなそうに見ている。
「……無刀!」
「全く…何押されてるんですか。しかも一発食らってまで…私達に勝った相手がこんなものでは、こちらとしても情けないですね」
無刀はため息をついて、呆れたような顔をした。…罵られてることに変わりはないが……ありがてぇ…。
「…だぁれぇ?邪魔しないでぇ」
すぐるがその日本刀を――いや、その日本刀の所有者を撃退しようと、再びヨーヨーを振りかざした。
「させねぇ」
今度は反対側から、大刀がすぐるの腕に当てられた。
…あの状態では動けないだろう。
「…………」
すぐるは忌々しそうな視線を、風紀委員に――
橘兄弟に向けた。
「…大人しくしてください。我々は貴女に協力を要請したいだけです。危害を加える気はありませんので、その武器をしまってください」
無刀は落ち着いた様子で言う。だが、拭いきれない恐怖がそこにはあった。
武器の性能を倍にする能力――言い換えれば、自分が武器だと思った物は何でもかんでも武器に出来る。それがあいつ――すぐるの能力だ。
今現在の武器をしまわせたところで効果はない。ふとした瞬間に拾ったものすら武器に出来る彼女に、通用するものはない。
「……邪魔」
すぐるは苛々しているようだ。いつ反撃に出るかわからない。
あの状態ではまともに動けないとわかってはいても――
すぐるに常識は通用しない。
「…もはや、平和的解決は無理そうだね……千鬼」
「そうだな。…やるしかねぇか」
二人は刀をぐるりと回して、峰打ち体勢にはいった。
殺しはしないつもりだ。でも…ある程度の怪我は、いくら女相手といってもさせるつもりだな。
なんてったって、ジェンダー平等の社会だもんなぁ!
こちとら女にぶっ飛ばされて大怪我負わされてんだぞ、なぁ?
…だが……すぐるは、やっぱり強い。
「すぐるの邪魔、しないで!!」
ギンギンギンギン!
まるで生き物のようにうねりながら、ヨーヨーが確実に橘兄弟の命を刈り取ろうと荒れ狂う。
「ぐぅっ……」
「…………っ」
その猛攻に、二人は必死に剣を振る。
くそ…俺も、こんなところで一人座ってるわけには…!
立ち上がろうと腰を浮かす。だが――
「――――ッ!」
痛ぇ。
痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ。
今まで経験したことも無い痛みに、全身が悲鳴をあげる。
「……!真里さん、動かないで下さい!内臓が傷つきます!」
無刀が叫ぶ。
くっそぉ…こんな時だけ心配なんてしやがって……!
そうだ、いいぞ、立って戦えって。
そう言ってくれたら良かったのに…!
『真里は弱いよ。きっとすぐ死ぬ』
この体たらくじゃ…女郎蜘蛛の言葉を認めるしかねぇ。
無力な自分に、腹が立つ。ただ黙ってみてるしか出来ねぇのか俺は。
『君はすごく弱い』
いつだったか、担任のクソ野郎に言われた言葉を思い出した。
父親を愚弄した、あいつ。
――俺がここでこのまま、戦闘に加入しなかったら…
あいつを否定できない。
父親が、そして俺が弱者だと、失敗作だと、認めざるをえなくなってしまう――
「……真里さん…動くなと言ったはずですよ」
足ががくがく震えていた。
あまりの痛みに、脳はそのことばかり考えてしまう。
バットを取り落としそうだ。
それでも――
「俺だって…まだ……戦える」
「…真里てめぇ……正気かよ」
いつだって、物語の主人公はいくらボロボロになっても立ち続けた。
心の奥底に揺るぎない信念があるから、彼らは何度でも立ち上がれるんだろう。
ならば俺だって。
いくらそれが歪んだ信念だとしても、他人からすればどうでも良いものだったとしても。
――それがたとえ、俺にとってだけの正義だったとしても。
…大丈夫だ、いける。これからだって沢山戦わなくちゃいけないんだ。
こんなとこで、たかがヨーヨーにぶち当たったぐらいで再起不能なんてできねぇ。
そんな奴が世界を壊すだと?
――お笑い種だ。
俺はなんとか体を奮い立たせ、すぐるに向かって突っ込んでいく。
流石に三対一ともなれば、こいつだって隙を見せるはず――
「六十倍」
ヨーヨーがうなった。
目にも止まらぬ速さでヨーヨーは俺達に攻撃を開始する。
「………!」
成る程、武器の性能を何倍にするかは自分の意思で決められるってことか…!
だが恐らく、倍数が大きくなれば大きくなるほど向こうの消費も激しくなるはず。
それに、このバットなら――
俺はまるで鉄球のように迫ってくるヨーヨーに狙いを定め、力の入らない腕を無理やり動かし――
…入る!
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」
バットとヨーヨーがぶつかり合った。二つは自らの力比べをした。
どっちが先に壊れる――!?くそっ、頼む!
バットがミシリと嫌な音を立てた。
「………っ」
まだだ、まだいける!
もう少し、あともう少し――
『君は弱いんだから――』
「――っ、んな訳……」
バットが少しずつ、少しずつ、ヨーヨーに食い込んでいく。
やがてバットが半分まで食い込んだとき――
「あるかぁぁぁぁぁぁぁ!」
パキン。
「…………!」
ヨーヨーが、粉々に砕け散った。
すぐるは初めて人間らしく、驚いたような顔をして俺を見た。
「どうして…いくら強化されているとは言っても、それでも斬られないように、すぐるは…」
「…悪ぃな、こいつは異能力すら斬る優れ物でね」
だがこれで終わりではない。すぐるは何でも武器にすることが出来る。
まだ戦いはこれからだ。つまり、俺の体が持たねぇ。
だが俺は一人で戦ってるんじゃない。
「今だ、兄弟!」
「言われなくても!」
「わかってるっつーの!」
武器をなくして、一瞬だけ体勢を崩したすぐるに、二人は突っ込んでいく。
無刀の刀の峰が、そして千鬼の手刀が…
すぐるの首とみぞおちに入った。
「………すぐ、るは…」
かくん、と。
すぐるは芝生の上に倒れた。
『気持ち悪い、化け物だ、こいつは花桃家の疫病神だ!』
愛されたかった。
『……母さんは死んだ。交通事故だ…これからは父さんと二人で生きていこう』
愛したかった。
ただ、それだけの話。
私は花桃家の一人娘として生まれた。
皆が私の誕生を、成長を、喜んでくれた。
特にお婆ちゃんが一番私を可愛がってくれた。勿論、両親だって可愛がってくれたけど、お婆ちゃんは私にぞっこんだった。初孫だったからなのかな。
だから皆、私に期待してた。
私にどんな異能力が宿っているのだろうかと、皆。
そんな中で、事件は起きた。
『お婆ちゃん!みて、私ヨーヨーすっごく上手になったの!』
『おぉ、すぐるちゃん、それは凄いねぇ。どれ、どんなに上手くなったのか見せておくれ』
『えへへ、お婆ちゃんが教えてくれたおかげだよ!見ててねぇ』
ヨーヨーに激しい動きをさせたのは、お婆ちゃんに褒めて貰いたいが為だった。
少しでも自分を凄いと思って貰うためだった。
でも――
ヨーヨーは私の指から離れた。
この時に限って、私は手元を狂わしてしまったのだ。
ヨーヨーは宙を舞う。勢いを増して。お婆ちゃんに向かって。
私はまだ、異能力を上手く制御することが出来なかった。
――出来なかった。
鮮血がしぶく。お婆ちゃんの血だ。お婆ちゃんは頭を抑えて呻いている。
ヨーヨーがごとんと床に落ちた。
床が少しへこんだ。
「………お、お婆ちゃ…」
「う……ぐぅう……」
音を聞きつけて、お父さんとお母さんが駆けつけてきた。
お母さんは短い悲鳴を上げて、怯えたように私を見た。
お父さんは青ざめた顔で、私に動くな、何もするな、落ち着くんだと言って病院に電話を始めた。
お母さんはびくびくしがらも、お婆ちゃんに声をかけたり、傷口を押さえたりして兎に角お婆ちゃんの為に動いていた。
私もお婆ちゃんの為に何か、何かをしなくてはと思って、お婆ちゃんに手を伸ばした。
でも、途中で私の腕は止まった。
お婆ちゃんが、こっちを睨んでいたから。
「このっ……疫病神だ!疫病神だ!こんな恐ろしい力を持っていたなんて…」
お婆ちゃんは必死になって私を追い払おうと、手近にあった物を掴んでは投げ掴んでは投げを繰り返した。
そのほとんどが明後日の方向へとんでいったけど、その行動自体が私を傷つけるには十分だった。
「気持ち悪い、化け物だ、こいつは花桃家の疫病神だ!」
それが始まりだったかも知れない。
あの日、私の生活は一変した。
親戚全員に腫れ物扱いされるようになってしまったのだ。
両親は変わらず優しく接してくれたけど、どこかおどおどしていたし。
私が愛した生活は、壊れてしまった。
それからというもの。
私が愛したものは何もかも壊れるようになってしまった。
お母さんが死んだのは、私の誕生日の次の日だ。
その年の誕生日は、お母さんが特別美味しい料理を作ってくれた。私はすごく嬉しくて、お母さんを今まで以上に好きになった。
そしてお母さんは死んだ。
その後、お父さんは私をすっごく慰めてくれた。
お母さんが死んじゃったのは悲しかったけれど、お父さんの慰めはとても私の力になってくれた。私はお父さんが今まで以上に好きになった。
そしてお父さんは死んだ。
知らない内に心を病んでいたみたい。お母さんの後を追って首つり自殺をしてしまった。
私は悲しくて、悲しくて、お父さんとお母さんの形見のぬいぐるみを大事にしていた。
そのぬいぐるみは、ふとした瞬間に縫い糸が切れて中の綿が飛び出し、捨てざるをえなくなってしまった。
…考えてみれば当然なんだ。私は疫病神、なら私が好きになった物は全部壊れて当たり前なんだ。
誰も好きになっちゃいけない。
私は疫病神だから。
ただひたすらに自分が憎かった。自己嫌悪の塊のようになった私は、威力を数倍にしたカッターで自分の足を何度も何度も斬り付けた。傷は今も残っている。誰にもばれないように、包帯で隠した。
でもある日気づいたの。
私が、疫病神である私が私を嫌いになってしまったら。
私は幸せになってしまうのではないか――?
そんなことは許されない。沢山の人達を、自分のせいで傷つけたというのに、自分だけ幸せになるなんてことは許されない。
なら、私を好きにならなくては。
……思ったより難しい。鏡で自分の顔を見るだけで殺意がわいてくると言うのに、自分を好きになんてなれるのだろうか。
いや、なる。なってみせる。
そのためには、自分を第三者視点で見た方がいいかもしれない。
自分の身に起こっていることを全て他人ごとだと思おう。
そのためには――
『私は――』
『すぐるは――』
「おい、すぐるとか言ったかこいつ…起きねぇんだけど」
「少し強くやり過ぎましたかね」
「……お前らさぁ…ここに明らかに重傷の人がいるんですけど。こっちには目もくれないの?」
「うるさいですねだらしない。救急車は呼んでおきましたから静かに大人しくしててください」
「冷てぇ…俺の体温も冷たくなっていくぅ」
この辺の近くの病院には確か、名医がいたはず。なんでも傷を防ぐ異能力者とか…
それならまぁ、大丈夫だろう。俺も、すぐるも。
俺とすぐるは、二人並んで芝生の上に寝転がっていた。
俺は大流血しながら。すぐるは…少しうなされてるが、怪我はたいしたことなさそうだ。
「………すぐるって…どっかで…」
血が抜けてろくに回らなくなった頭で、自分の記憶の中から「花桃すぐる」という人間を検索する。
何処かで、昔に、聞いたことが――
『なぁ、そんな包帯巻いてるってことは、怪我してるのか?俺が荷物持つの手伝ってやる!』
……あれ?
小学生の頃。低学年の頃…そう言えば、ミルクティー色のおさげ髪で、足に包帯を巻いた女の子が――
『……いいの?』
『まかせろ!父さんから、困ってる人は助けるんだぞって教えて貰ったんだ!』
『………でも、好きになっちゃったら、あなたも…』
『?なんかいったか?』
『…なんでもない。ありがとう、名前は?』
『俺は真里っていうんだ!蓮田谷真里、お前は?』
『――すぐるは…花桃すぐるっていうんだよ』
……ひょっとしてあの時の――
「まじかよ…」
確か、その子は三年生ぐらいに引っ越していったんだよな。
大して話したこともねぇ、本当にその一回きりだった…と、思う。
なのになんでこいつは、俺に執着したんだ?
「……うーん…」
「おっ…目覚ましたか。おい、大丈夫か」
「…すぐる……どうなったの?」
「私達が気絶させました。無傷ではないので病院行きましょうね」
すぐるがぼうっとした様子であたりを見渡す。そのさなか、すぐるの瞳は俺を捕らえた。
「…真里……すぐるのこと、思い出した?」
「…まぁな。お前あの時の子だったんだな」
どうやらまだ頭は完全に冴えてはいないようだ。ろれつがまだ上手く回ってない。どこかうわごとのようだ。
……俺は、思い切って問いただすことにした。
「なぁ、すぐる」
「…どうしたの?」
「……なんでお前は…そんなに俺に拘るんだ?」
遠くから救急車のサイレンの音がする。――ようやくか。助かった…。
「…………なんでって…」
すぐるはころりと寝返りを打って向こうを向いてしまった。…肩が小刻みに震えている、笑ってんのか?
「真里だけは――好きになっても、死なないでいてくれたんだもん」
「?すぐる?」
サイレンの音で上手く聞き取れなかった。聞き返すが、すぐるからの反応はもうない。
…なんなんだよ……。
救急隊員が駆けつけてくる。無刀が応答してくれていた。千鬼がすぐるを優先して救急車まで運ぶ――相変わらず腕力化け物だなあいつ。てか俺を先に運べ重傷だぞ。
すぐるが千鬼に担がれて運ばれるとき、ぽそりと今度は聞こえる声で、俺にささやいていった。
「…いいよ、すぐる、真里の仲間になってあげる」
――その言葉に心底安心した俺は、ようやく気を失ったのだった。
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