恨み買取屋

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第二章・馬鹿は死んでも治らない

それは二度目のおくりもの

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 真田香澄、享年十七。首吊り自殺などというつまらない死に方をつまらない理由で迎えた私は今──
「花の名前がいいんじゃない?元の名前もそうなんだし!」
「流石に安直すぎるんじゃないの~?」
「じゃあ夜狐はなんかいい案あるわけ?カブトムシの名前すらロクなのつけなかったくせに」
「なんでここであの時の話蒸し返すんだよ」
「当然でしょ」
「まぁまぁ二人とも、ぼくはいいと思うよ?花の名前」
 十七年連れ添った名前を捨て、新たな名前を名付けられようとしていた。
 …なんで?

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

 話は数分前に遡る。
 私はどうやら、あっさりとここ──恨み買取屋で、働くことになったらしい。
 恨み買取屋。
 もとい、夜狐のいる場所。
 驚いた。同時に少し引いた。そしてさらに安心した。
 そうしてなにも言えないでいる私を尻目に、二人の主張が始まる。
「~~っ…夜狐君!君はどうしてそう…あぁもう!せめて一言相談してよ!まぁいいけどさぁ!…っていうかそれよりその腕何!?無傷で帰ってくることって言ったでしょ!」
 思っていたよりお許しが早い。なんならそれよりも夜狐の怪我の方が心配らしい──布をガチガチに巻いて固定させ、彼は怒りながらも「よかったね」と笑った。何に対する賞賛なのか、私にはまだわからなかった。
「アンタはいっつも無鉄砲なんだから…しかもこういう時に限って絶っっ対に引かないのよね」
 本当に世話のかかる後輩だわ、と彼女は夜狐を睨みつけた。夜狐は肩をすくめて笑って見せただけだった。
「これが普通だったら私は、アンタとそこの子を問い詰めて追い詰めて、その子を無理矢理にでも別のところに行かせる。夜狐のことはぶん殴る」
 彼女は厳しい顔をしていた。一瞬怯んでしまう。眉間に皺を寄せていても顔は綺麗なままだったし、それがなんていうか、余計に怖かった。
「…でも、ま、今回はいいわ」
 その言葉と共に、彼女の視線が私へと向いた。射抜くような視線に心臓がキュッと縮まるような心地がした。
 身長は私と同じか少し高いくらいのはずなのに、私よりずっと大きいかのような印象を覚える。妙な威圧感を感じる。これは、閻魔様の時と同じ──両親に抱いていたものたは全く違うそれであった。
 だって──と彼女は言葉を続ける。
 私は少し身構えた。あまりいい言葉が来るとは、思えなかったから。
 だがその身構えは、別のことに使われることになる。
 具体的には、そう、急に成人女性に飛びつくように抱きつかれた勢いで体が倒れないようにするため──
「こーーんなに可愛い子連れてきたの初めてじゃな~い!」
「!?」
 人に抱きつかれるということがほぼ初めてに等しい私は狼狽えた。艶があってなんだかいい匂いのする赤毛が、今私の頬に触れている。というかこの人が頬擦りしてくるので、むしろ髪が擦り付けられている。
「ねぇねぇ、あなた今度私のうちにおいでなさいよ、あなたに着てほしいお洋服がいっぱいあるの!あ!勿論恨み買取屋うちの制服…隊服って言った方がいいのかしら?それも絶対に似合うわ私が仕立ててあげるからね!楽しみ~!」
「!?」
「あなた細いし、目もおっきくて、髪も完全な白じゃないわよね、どこか灰色っぽくて…ねぇメイクも髪型もいろんなのが合いそうじゃない!?試させて!あなたなら『カワイイ』も『美人』も手に入れられそうよ!」
「!?」
「おい香澄ちゃん困ってる」
 今までほとんど縁のなかった言葉を羅列されて頭がいたくなる。
 行き場のない両手をもぞもぞ動かし、そろそろ両手の存在がうざったらしくなってきたあたりで、夜狐によって彼女はひっぺがされた。ちょっとさみしい。
 …何はともあれ、私はどうやら歓迎されたようだ。
 ただここにくるまでなんの説明もしなかった夜狐は許さない。核をまだ持っててってそういうことだったのか、と今更ながらに気づいた。
「あはは、えーと、じゃあ君は新人さんということで…。ぼくはここの店長。白墨あきずみっていいます、白い墨であきずみ。よろしくね」
 布の下に笑みを携えながら、彼は──店長は言った。
「私は花水木はなみずき羽海うみ!どう呼んでもらっても構わないわ」
 おそらく年齢──享年的には彼女の方が上だろう。立場としても上司と部下、少なくとも先輩であることは確かだ。あまり失礼な呼び方は失礼だと変に緊張してしまう。横で夜狐がテキトーでいいよなどと宣っているが、良い訳がない。夜狐に対しては良いのだ。何かこう、うまく言えないけれど。勿論助けてもらった恩を忘れたわけではないし、そこに関しては感謝も尊敬もしているけれども、どうにもこの人に敬語を使う気にはなれない。
「あ…えっと、真田香澄──」
「あぁ、大丈夫大丈夫」
 流れに沿って私も自己紹介をしようとすると、店長が手をひらひらさせて私を制止した。この流れには、覚えがある。
 そう、これは二回目だ。
『今聞いたって、どうせ意味ねぇからなぁ』
 門番さんの時と、一緒──

「今から君には、戒名をつけるからね」

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

 というわけで今に至る。
 説明を聞くと、戒名、と言ってもどうやら現世から完全に関わりを断つための儀式のようなものらしい。
「そりゃ、僕の時代に『夜狐』なんて名前そうそういないでしょ?」
 言われてみればと納得した。
 なら大人しく受け入れよう。自分の名前に大して執着はないし、それに──
 もう生きていた頃の私を呼んでくれる人はいない。
 それぞれが腰を下ろした。私と夜狐はカーキ色のソファに、店長はソファの向かいにある執務机に備え付けられた椅子に、羽海さんは壁際にある低い箪笥のようなものの上に座って足を組んでいる。
「うーん、それにしても真田…真田で、首吊りかぁ…」
 そう呟きながら店長が頭を掻いて唸っている。何かいたたまれない気持ちになっていると、それに気づいたのか店長が慌てて口を開く。
「いや、えっとね、実は…『真田』って苗字、というより『真』って漢字に問題があってね」
 ジンクスみたいなものだからあまり気にする必要は無いんだけど、と前置きしてから、店長は言いづらそうに話し出す。
「『逆さ吊りの晒し首』って意味なんだよね…」
 めちゃくちゃ気にする。
 いいや、普通ならこんな話は鼻で笑えるレベルかもしれないが、死因が首吊り自殺となれば話は別だ。不吉かつ不謹慎にも程がある。
「うーん、どうする?君が望むなら『真』の漢字も残すし、元の名前とあまり変わらないようにするよ」
「残さないでください、変えてください」
 お願いだから。
「悩むなぁ…名付け親になるの久々だしなぁ」
「僕の名付けの時は見た目からつけてくれましたよね」
「そうだったね、だって君自分の素性も過去もなんなら生前の名前すら教えてくれなかったんだもの」
 その会話でふと思い出す。そうだ、夜狐にも生前の名前があったんだ。「桂 夜狐」でなかった時の、彼がいたのだ。
 私は夜狐のことも、夜狐でなかった頃の彼のことも、何も知らない。
「…昔は、なんて名前だったの?」
 言ってから気づいた。店長がいうには、彼はあの優しそうな店長にすら自分の素性を明かさなかったのだ。なら私に教えてくれるはずがないと。
 だけどどこか期待していた。身の程知らずだと、自分でも思った。
「…どうだったかな、忘れちゃった」
 それは単純に時の経過とともに記憶が薄れただけなのか、それとも忘れたかったから忘れた記憶なのか。覚えていたら教えてくれたのか。忘れていたなら思い出そうとしたのだろうか。
 果たして昔の自分を完全に捨てた彼は、昔のままの彼と呼べるのか。
 …そんなのは私も一緒か。
「……」
 店長のその黒い瞳が、一瞬私の銃を映したのがわかった。一応、誤射しないように銃身の方を握っていたのだが、不快に思われただろうかとなんとなく銃を覆い隠した。
「………いや、
 聞こえるか聞こえないかの声で店長はそう呟く。それを見た羽海さんが、少し考えるそぶりをしてから言った。
「名前は『カスミ』のままでいいんじゃない?」
 だって綺麗じゃない、ねぇ?と彼女の紫を帯びた赤い瞳が優しく私を見た。
「それって、大丈夫なの…?」
「んー、まぁ結局、さっきも言ったように儀式だからね。言い換えれば大して意味ないってことだし、香澄ちゃんがいいならいいんじゃないかな」
 少なくともその儀式の最中に言ってはいけない言葉があっさり飛び出してきた。
「…私は、それでいいです」
「そっちの方が香澄ちゃんの両親がこっちにきた時もわかりやすいもんね」
「……」
 また見抜かれた。軽く睨んでみると、彼はイタズラっぽく笑った。
「…うん、そうだね…わかった。君がいいなら名前はそのままにしよう。うーん、でも表記だけ変えようか」
 店長はうん、と軽く頷いて、パッと顔を上げて告げる。
四葉よつはカスミ」
 を呼ばれたのだと理解するまでに、少し時間がかかった。
「クローバーの四葉で、カタカナのカスミ。…どうかな」
 ぼくとしては結構いい線いってると思うんだけど──と店長が布の下ではにかむ。
「……よつは」
 私は今さっきつけられた名前を反芻する。それは不思議な感覚だった。私はこの瞬間、真田香澄ではなくなった。
 過去を捨てたわけではない。捨てるつもりはない。
 しかし私は真田香澄ではない。
 真田香澄は死んだ。
 私は真田香澄の記憶を持った四葉カスミだ。
「じゃ、これからは『カスミちゃん』だ」
 ──隣からそんな冗談じみた台詞が聞こえた。
「……何も変わってない」
「あはは、全くだ!」
 結局のところ、何も変わっていなかった。夜狐の言うとおり、これは儀式で、きっとそんなに深い意味のあるものではない。
 真田香澄の罪は私が引き継いでいるし。
 真田香澄の過去は私の過去だ。
「それじゃあ私は『カスミ』って呼ぶわ!よろしくね、カスミ」
「気に入ってもらえたみたいでよかったよ、カスミちゃん。それじゃあ、改めて」

「ようこそ、恨み買取屋へ。歓迎するよ」

 かくして、私は──四葉カスミは、晴れて就職したのだった。

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

「さて、それじゃあまずはあやめに診て貰わないとね」
 羽海さんが頬を人差し指でつきながら言った。
「あやめ…さん?」
「専属のお医者さんだよ。夜狐君がしょっちゅう怪我して帰ってくるから常駐してもらってるんだ、夜狐君がしょっちゅう…」
「店長怒ってる?」
「怒ってないっ!」
「怒ってる…」
 顔に布が巻かれているものの、わかりやすい人だ。背後にぷんぷんというオノマトペが見える。
「死ぬって概念がないからって後先考えなさすぎなのよ。ほーら行った行った!」
 カスミも診てもらいなさいよ、と釘を刺されたので渋々立ち上がる。特に体に不調はみられないし、怪我もしていないとは思う。
 ソファの反対側の壁にあるドア、どうやらそこが医務室らしい。ドアには「ノックしろ」と極太のマッキーで書かれた張り紙が貼ってある。が、それに相反して貼り付けているシールはあまりに可愛らしい。デフォルメ化されたクマとハートの弓矢を模したぷにぷにの、幼児が好みそうなシール。どういうコンセプトかはわからない。
 こんこん、と書かれているとおりノックをして、返事を待つ──が、待っている間に夜狐が無遠慮にドアを開けた。なんの躊躇いもない行動に呆れを通り越して感嘆の溜息を零した。
 この人はもしかすると、本来無遠慮で非礼な人間なのかと疑いの眼差しを夜狐の背中に突き刺していると、夜狐が医務室の中に向かって話しかける。
「ごめん、骨折した」
 その言葉が終わるか否かという瞬間に、ドアが閉じた。
 返事の代わりに救急箱が飛んできた。
「またなの~~~!?アタシ言った!!『あと一か月くらいは怪我に気を付けて』って言った!!まだ前のやつ治りきってないでしょ!?な~んであなたって子はそ~なの~~!?」
「救急箱投げてるやつの台詞じゃないな、ねぇ?」
「夜狐のせいだとおもう…」
 その大きな手で見事にキャッチされた救急箱は、衝撃に耐えられなかったようで蓋が開いていた。そこから零れ落ちる救急セットは、見慣れたものばかり。
 悲痛に叫ぶ声は、口調は女性らしい。けれど、声は低いように感じた。少なくとも声の調子だけでみるなら、女性とはあまり思えない。真相を探るべく私は夜狐の背中から医務室の中を覗き込んだ。
 一言で言うなら学校の保健室みたいだった。二つ並んだベットにはそれぞれカーテンが備え付けられていて、今は一つにまとめられている。シーツも布団も整っていて、先刻の声の持ち主は几帳面な人なのだろうと伺えた。
 そしてその本人は、奥の机で回転椅子に座っていた。が、即刻立ち上がってスタスタとこちらに歩み寄ってくる。こちらというか、夜狐に。
「まったくもう!診せなさい、ちゃちゃっと治してあげるから──」
 指をさしながらつかつか歩いてくる彼女──いや、彼は──
「………!」
 見る限り夜狐より上背があった。夜狐を大体百八十センチと仮定すると、この人は恐らく九十センチ代まである。
 肩ぐらいまであるであろう髪を後ろで一つにまとめていて、黒いハイネックの上に白衣を着ていた。白衣の裾をたなびかせながら歩く姿はまさに名医のそれである。
「…あらっ」
 常駐医さんが私の存在に気づく。口元に手を当てて大げさに驚いていた。
「この子がさっき羽海ちゃんが叫んでた彼女ちゃん?」
「そのあと僕が否定の意を叫んでたよね?」
 やだぁ冗談よと常駐医さんが笑った。
 声、身長、なによりハイネックに隠れた喉仏。
「初めまして、お嬢さん。常駐医のあやめよ」
 目線を合わせるように膝を落として、優しい笑顔を見せて言った。

「…あやめちゃんって呼んでね?」

 俗に言う、『オネエ』という人らしかった。
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