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第三章 『聖騎士団』
第三章 3 『シドラス帝国』
しおりを挟む王都の町外れに、広大な花畑が広がっている。風に靡き、まるで踊っているかの様にも見えた。
そんな美しい光景を眺めているのは、卓斗とシドラス帝国の王妃、イシバシ・ヒナ・グリンフィードだ。
「――王都って、美しい国ね……」
「シドラス帝国だって、美しいんじゃねぇの? だって、雲の上にあんだろ?」
雲の上の国。普通に考えれば、幻想的で美しい光景が思い浮かぶ。
「そんなに大した国じゃ無いわよ。水が無いから、川が無ければ海も無い。あるのは、私達の住む王邸と自然豊かな森だけよ」
「水が無い? どうやって生活してんだ?」
「水のテラを使う者が、飲み水や雨を降らせてるの。そういう国なのよ、シドラス帝国は……」
決して、裕福な暮らしをしている国という訳では無さそうだ。王都よりも遥かに乏しい国なんだと、卓斗は理解した。
「――んで、どこからシドラス帝国へ向かうんだ?」
「この先に海があるでしょ? その海の真ん中ら辺まで行って、特殊な魔法を使えば行けるわ」
「海の真ん中!?」
卓斗の脳裏には恐ろしい事が思い浮かんだ。それは、海の真ん中まで泳いで行くという事だ。
何を隠そう、卓斗は深い海では泳げないのだ。金槌という訳では無いが、深い場所だとパニックになり泳げなくなる。
「まさか……泳ぐのか?」
「馬鹿なの、貴方。泳いで行ける訳ないじゃない。魔獣に食べられて終わりよ。取り敢えず、海まで向かうわよ」
恐る恐るヒナに付いて行き、海辺まで歩く。透き通る様な綺麗な海が広がり、波の音が癒しを与える。
だが、卓斗にはそんな癒しを感じる余裕など無い。泳がないと言っていたと言えど、どうやって真ん中まで行くのか気になって仕方がない。
「じゃ、付いてきてね」
そう言うと、ヒナは海に向かって歩き出す。すると、まるで忍者の様に、水面の上を歩いて行く。
「――嘘だろ……!? 水の上を歩いてる……」
「ちょっと、何してるの? 早く来なさいよ」
「いやいや、水の上とか歩けねぇし……」
ヒナは大きな溜め息を吐く。自分にとっては当たり前の事だが、卓斗には到底、その様な技術は無い。
「いい? まずはテラを足に込めるの。そして、水面を反発させる様にコントロールする。それから、自分の体重と反発力を調和させて、水面に立つの。上手く調和しないと、沈んだり、反発力に負けて跳ねるわよ」
「全然訳が分かんねぇ……」
ヒナは簡単に話すが、その様な技術などすぐに出来る筈も無い。すると、ヒナは卓斗の方へ歩み寄り、
「はぁ……仕方がないわね。私がおぶって行くから」
「はぁ!? 身長差も体重も全然違うのに、無理だろ!!」
「他に方法が無いでしょ!? 貴方が水面に立てるまでここで修行でもするつもり? 悪いけど、そんな時間無いの。いいから早く」
ヒナは卓斗の前でしゃがみ、おんぶする様に促す。卓斗は渋々ヒナの背中に身を預ける。
男のプライドとしてはズタズタだ。女の子におぶってもらうなど、恥ずかしくて堪らない。
「貴方……結構、重いのね……」
「これでも、六十くらいしかねぇぞ」
女の子からしたら六十kgなど、重過ぎる。だが、ヒナは力強く、一歩一歩進んで行く。
「そういやさ、ヒナの母ちゃんってどんな人だった?」
「私のお母さんは、とても勇敢で強い人だったわよ。色々と魔法を教えて貰ったりもしたし、料理とか洗濯とか、そういうのも教えて貰った。本当に、大好きだった……いつか、私を、貴方の言っていたニホンという国に連れて行きたいとも言っていたわね」
「そっか……俺もさ、日本への帰り方を探しててさ、もし帰る方法が分かったら、ヒナも連れてってやるよ。日本は凄ぇ国だぞ? この世界には無い物がたくさんある。乗り物や飛行機、高いビルやタワー、飯も美味いし、きっと満足出来る旅行になるぜ?」
日本の自慢話に、ヒナも嬉しそうに聞いている。母親の母国の話を聞くのは、母親が死んで以来聞き、興味がある様だ。
「じゃ、約束ね。絶対に連れてってよ? お母さんの生まれた国は私も見てみたいから」
「あぁ、約束だ」
この時卓斗は、尚更この世界を守らなければならないと実感した。この世界を終焉から救い、無事に日本へ帰ると。
「――ふぅ、この辺ね」
ヒナは足を止めて、立ち止まる。卓斗は落とされまいとヒナに必死にしがみついていた。
落ちたりでもしたら、卓斗の異世界物語はバットエンドだ。
「今からこの上にある、シドラス帝国へ飛ぶわよ」
ヒナは上空へと手を翳す。すると、雲の隙間からこちらへ、光の線が降り注ぐ。
その光を浴びた瞬間、ヒナと卓斗の体が宙へと舞う。
「うおっ!?」
「落ち着くの。ジッとしてないと、深い海に落ちるわよ」
そして、光の線を辿る様に、卓斗とヒナは上空へと上がって行く。全身に掛かる重力に耐え、雲を抜ける。
すると、卓斗の視界に岩の天井の様な物が見えた。それは、シドラス帝国の地面だ。
地面を追い越し、ふわふわとシドラス帝国の地上へと着地する。
「――さ、着いたわよ」
「す、凄ぇ……」
卓斗の視界に映った光景は、まるでアニメの世界にでも入ったかの様な物だった。
卓斗が今までに見てきた異世界よりも、異世界らしい光景だった。シドラス帝国自体が宮殿と一体化していて、古の跡地の様にも見える。
「迷子になったら、恐らく二度と出れなくなるから、私から離れないでね」
「いやいや……シドラス帝国、凄ぇな……日本の軍艦島に似てる……」
「グンカンジマ? それが何なのか知らないけど、貴方が思ってる程、いい国じゃ無いわよ」
そう言うと、ヒナは歩き出す。卓斗も逸れまいと付いて行く。本当に迷路の様になっているが、ヒナは迷う事なく突き進んで行く。
「俺、好きだなこの国。雰囲気とか、最高だよ」
「そう? そこは素直にありがとうって言って置くわね」
しばらく歩き、トンネルを抜けると、広場の様な所へと出る。前方には、大きな宮殿の様な建物があり、そこから円形にコンクリートの壁が建っていた。
そこには人々の姿もあり、小さな街の様だ。
「あそこの王邸が、私の家よ。それで、この広場には食べ物や衣服が売ってるの」
広場を歩くヒナを見た人々は、笑顔で手を振ったり、会釈をしたりしている。
人数が少ない分、関わる確率が増え、このシドラス帝国の人々は非常に仲が良い感じだ。
「――さぁ、入って」
王邸の入り口の扉を開け、ヒナは卓斗を迎え入れる。王邸の中も、全てコンクリートで出来ていて、正しく軍艦島のようだ。
「一階の奥の部屋に、お父さんが居るわ。まずは、話をしに行くわよ」
「おう」
奥の部屋の扉を開けると、床には赤い絨毯が敷き詰められ、ソファの様な椅子にヒナの父親が座って、本を読んでいた。
「お父さん、ただいま」
ヒナがそう言うと、父親は振り返る。白髪に肩上までの長さで、パーマが掛かっている。
眼鏡を掛けていて、非常に優しそうな表情をしていた。白衣の様な物を着ている。
「――おぉ、帰ったのか、ヒナ。飛び出して行った時は驚い……たぞ?」
ヒナの父親が、話している最中に視界に卓斗の姿が映った。そして、首を傾げる。
「お父さん、紹介するわね。この人はタクトで、私の婚約者よ」
「ど、どうも……」
「婚約者? いつの間に……あー、いや、紹介が遅れましたな。私は、ヒナの父親の、フューズ・グリンフィードと申します。娘が、世話になっております」
そう言うと、フューズは頭を深く下げた。ヒナの性格とは対照的に、礼儀正しい父親だった。
「お父さん、それで話があるの」
「あぁ、そこに座るといい」
そして、卓斗とヒナはソファに座り、事の経緯を話し出す。卓斗がヒナの婚約者のフリをする事で王子に諦めて貰おうと考えている事を。
「――成る程……では、タクトさんは娘の婚約者では無く、娘の依頼を受けてここに来たという事ですか……」
何故か、フューズの表情は暗くなっていた。眼鏡越しから見える目は、完全に悲しげな目をしていた。
「王子と比べれば、断然にタクトさんの方が娘の婿に相応しい。顔も申し分なく、背も高い。スタイルも素晴らしいものだ。そして、娘のその様な依頼を快く引き受けてくれる器の大きさ……是非、娘の婿に来て欲しい所だ……」
「いや、あの……ヒナさんとは、さっき会ったばっかなんですけど……」
「それもそうですな、ハハハハ。ですが、王子との婚約を破棄出来るのであれば、こちらとしても有難い事です」
「そうっすね、それは俺が何とかしてみせます。それから、フューズさん。一つ聞きたい事があるんすけど……」
「何だね?」
卓斗がフューズと話したい事、それはヒナの母親の話だ。日本出身の母親の話を聞けば、何故異世界に飛ばされたのか、帰り方はあるのかが分かるかも知れない。
「ヒナさんのお母さんの話を聞きたくて……」
「ユリナの話をですか? どうしてまた、タクトさんが?」
「俺も、ヒナさんのお母さんと同じ、日本が母国なんです」
すると、フューズは目を丸くして驚いた。その反応からすると、やはりヒナの母親は日本人である事が確信出来た。
「そうですか……タクトさんもニホンから……」
「フューズさん、何か聞いたり、知ってる事ありませんか?」
「妻と初めて会ったのは、今から二十二年前になります。私が、たまたま地上へと出向いていた時に、出会いました。その時の妻は、不思議な服装と名前で、私も興味を持ちました――」
――二十二年前。
「君は、何処から来たんだい?」
この世界では珍しい服装をした女性に、話し掛ける男性はフューズ・グリンフィードだ。当時二十三歳。
「私は……日本からここに……あの、ここはどこなんでしょうか?」
高校の制服、ブレザーを着た女性は石橋友理奈、十八歳だ。
黒色の長い髪に、三つ編みにして結んでいるハーフアップの髪型。突然、この世界に飛ばされ、混乱している。
「ここは、マッドフッド国近郊だが、見た事無い服装をしているね。ニホンというのは初めて聞く国だ」
「あの……貴方は?」
「俺は、フューズ・グリンフィードだ。シドラス帝国のグリンフィード家の王子だよ。ニホンという国は、どこにあるんだい? 良かったら送っていくよ」
フューズの言葉に、友理奈は静かに首を横に振った。フューズが首を傾げると、
「ここからの行き方が分かりません……それに、私の知る限りでは、シドラス帝国なんて国は聞いた事ありません……私は、死んだのでしょうか……ここは、死後の世界なんでしょうか……」
相当困惑している友理奈を見て、フューズは放って置けなくなっていた。誰かが側に居てあげないと、この子はきっと死んでしまう。
「ううん、君はちゃんと生きている。息をして、俺を見て、会話をしている。それは、生きている証拠だよ。それから、ここは死後の世界でも無い」
「じゃあ……一体ここは……」
「なら、しばらく俺の国へ来るか? そこで暮らしながら、そのニホンへと帰る方法を探せばいいさ。――君の名前は?」
「私は友理奈……石橋友理奈」
――卓斗に友理奈との馴れ初めを話したフューズ。あの日の思い出を懐かしみながら、フューズは言葉を綴った。
「それが、妻との初めての出会いでした……何故、自分がここに居るのかも分からないでいるユリナを見て、私が守らないと、という使命に駆られました。しかし、不思議でしたよ。自分の国への帰り方も分からない、この世界の事を何も知らない。何もかもが、ユリナにとっては初めてで、それを一緒に教えていったのが私だった」
記憶を辿りながら、フューズは優しく微笑んでいる。その表情から、もう一度友理奈と会いたいという感情が読み取れる。
「幸せだったよ。ユリナも徐々に、この国の生活に慣れ始め、次第に私とユリナは恋に落ちた。それから、二年後に娘が生まれた。その時から、ユリナはニホンへ帰りたいとは言わなくなりました。ただ、私とヒナを一度でいいからニホンへ招待したいと、そう言っていました」
「それで、日本へ帰る方法は……」
フューズは黙ったまま、静かに首を横に振る。
「結局、最後まで分からなかった……タクトさんも、ユリナと同じニホンが母国だと言っていたね?」
「はい」
「役に立てなくてすまない。私としても、ニホンへ帰る方法が分かったのなら、ユリナの両親と話をしたいと願っている。ヒナも会わせてやりたいしね……もしタクトさんが、ニホンへ帰れる方法を知ったのなら、是非私にも教えて欲しい」
「勿論ですよ!! 絶対に、見つけてみせますから」
すると、フューズが徐に席を立ち出し、何かを持って来る。それは、黒色の掌で握れる程の小さな玉だった。
「――これは、妻の形見だ。タクトさんにも、是非見てもらいたい」
「これは……」
その黒い玉に、何か違和感を感じた。不思議なオーラを放ち、卓斗は思わず目を奪われる。
「これにはね、妻の力が封じられてるんだ。妻の力が不治の病と判断した私達は、ある人物を探し出し、これに封印して貰ったんだよ」
「封印……」
「そう、妻は黒のテラと呼ばれる力を宿してしまってね」
「――黒のテラ!?」
卓斗は目を丸くして驚いた。ヒナの母親である、石橋友理奈は卓斗が知る、三人目となる黒のテラを宿した人物だった。
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