英雄代行、始めました

谷本 督太

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第一章 『英雄の始まり』

第一章 1 『選ばれし者』

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 何気ない毎日とは、なんとも平穏であり平凡だ。可もなければ不可も無い。そんな人生に、面白味も何も感じない一人の少年は、その普通な人生に絶望していた。
 特に夢も無く、学校へ通う理由も見出せない。何故、生きているのか。何を目的として、何を使命として己は存在をしているのか。考えても答えは出ない。

 少年は、毎日そんな事を考えながらも、何も変わらない毎日を過ごしていた。――この日までは。

「だ、誰……?」

 少年は、自分の部屋のベッドに座っている。そして、そのベッドの上には小人くらいのサイズの小さな人間が立っていた。幽霊なのか、UMAなのか、そんな事しか頭に浮かばない。目の前に居る女の小人を見ていると、夢の延長戦なのでは無いかと錯覚してしまう。それ程に、彼女が神々しく見えた。
 黒髪のツインテールに毛先は赤く染まっていて、顔立ちは整っていた。大人な女性にも感じるがあまりにも小さ過ぎる。それは、手のひらに乗せれる程の小ささだった。

「――やぁ、君は……帆高卓斗くんだね?」

 小人が徐に口を開いた。少年の名前は、帆高卓斗。だが、当の本人は人形の様に美しく可愛らしさのある見た目の小人のその一つ一つの動作に見惚れてしまっていた。

「無視は良くないなぁ。ボクだって傷付くんだけど?」

「へ? あ、ごめん……てか、あの……どちら様?」

「もう……やっと、話してくれたよ……ボクは、イヴリース・アシュヴァルト。以後、よろしくね」

 イヴリース・アシュヴァルトと名乗った小人は、卓斗に向かって笑顔を見せた。だが、その名がまた現実味からかけ離していく。

「イヴ? 外国人!? てか、何でそんなに小さいんだ!?」

「ほうほう、ボクに興味が出て来たみたいだね。うん、いい事だ」

 イヴリースは卓斗に向かって人差し指を指すと、

「簡潔に言う――君は、ボクの代わりに英雄になるんだ!!」

「は、はい?」

 イヴリースの突拍子もない言葉に、目が点になる卓斗。混乱が激しくなる前に夢から覚めようと頬を抓るが、痛みしか残らない。

「夢じゃ無い……」

「まだ寝ぼけているのかい君は……まぁ無理も無いか」

「だってさ……あんた小さいし、外国人だし、英雄って訳が分かんねぇし、夢だろこれは――」

「これは、夢じゃ無い!!」

 そう言うと、イヴリースはその小さな手で卓斗の頭にゲンコツを決める。

「痛っ!?」

 小さな一撃からは想像も出来ない激痛に、卓斗はベッドの上で激しく悶える。

「ほら、覚めないでしょ? だから、真面目に話をするんだね、ボクと」

「痛すぎんだろ!? なんつー力してんだお前!!」

「君が真面目に話をしないのが悪い」

「にしても加減ってのがあんだろ……で、夢じゃ無いとして、お前は誰なんだよ」

 頭に膨れ上がるたんこぶを摩りながら、卓斗はイヴリースの方に視線を向ける。

「分かりやすく言うと、ボクは『四英傑』の一人イヴリース・アシュヴァルト。イヴって呼んでいいよ。で、本題なんだけど、君にはボクの代わりに英雄になって欲しいんだ。そして、ボクの居る世界を救って欲しい」

「何一つ分かりやすくねぇんだけど? 何だよ『四英傑』って、それから世界を救え? 意味が分からねぇ」

「それもそうだよね。異世界から急に来て、英雄になれだなんて理解出来ないよね。けど、ボクが君を選んだ事は決定事項だから断れないからね」

「はぁ? 異世界?」

「君の居るこの世界と、ボクの居た世界は別世界。同じ星と言えども、決して交わる事の無い二つの時間軸の世界だよ。けれど、ボクの仲間の一人が行き来を可能にした。そして、ボクがわざわざ君に会いに来たんだよ」

「あー……頭がこんがらがり過ぎて熱出そう……」

「つまり、君は今からボクと一緒に異世界に来て貰うからね」

「異世界に行く!? そんな事が可能なのか!?」

「可能に決まってるでしょ。だから、こうしてボクが君の所に来てるんだけど?」

 イヴリースはそう言うと、卓斗の方に手を伸ばした。

「はい、ボクの手に触れて。早速、向かうよ」

「ちょっと待て!! もし仮に行けたとして、俺はどうなる? 戻って来れるのか?」

「まぁ君が世界を救った後に帰りたいと言うならば、戻れるけれど……死んだらごめん」

「ごめんで済ますな!! てか、死ぬかも知れねぇのかよ!!」

「世界を救うってのはそんな簡単な事じゃ無いからね。常に、死と隣り合わせだよ。でも、安心してね。君にはボクが付いてる。こんな見た目だけどね」

「見た目のお陰で説得力がねぇよ本当に。まぁ、帰って来れないとしても、こっちに未練なんか一つも無いし、半信半疑だけど、お前に付き合ってやるよ」

「ふっふーん、じゃあ詳しい話は向こうで。さ、行くよ」

 卓斗は手を伸ばすイヴリースの小さな手に触れた。その瞬間、眩い光が卓斗を襲う。

「な、何だ……!?」

 視界が真っ白に染まっていき、体が宙に浮いているのが分かる。キーンと耳鳴りが鳴り始め、激しい頭痛が襲って来る。

「ぐっ……な、何なんだよ……これ……!!」

 やがて、頭痛が治まって耳鳴りが聞こえなくなって来ると、真っ白な視界が晴れて景色が見えて来る。
 月夜に光る大草原が広がり、大きな大木が一本だけ空高く生え、心地よい風が草花を踊らせる。とても、幻想的な世界が卓斗の目に映った。

「――へ? ど、どこ……?」

「さぁ着いたよ。ここが、ボクの居た世界」

 卓斗の目の前でフワフワと浮きながらイヴリースは説明するが、

「て事は……本当に、異世界……? だって、さっきまで自分の部屋に……」

「往生際が悪いなぁ君。話を進めたいんだけど?」

「いやだって……こんな経験した事ねぇから……まじかよ……」

「まぁ気持ちも分かるけど、先ずは話を聞いて欲しいな」

「分かった。気持ちの整理はまだまだ掛かるけど、取り敢えず話を聞く」

「もう全く……兎に角、君はここの世界で英雄にならなきゃいけない。ボクの代わりに世界を救うのが、君の使命だよ」

「えっと……その、まず質問なんだけど、お前の代わりに世界を救うってのは?」

「お前じゃ無くて、イヴって呼んで欲しいんだけどなぁ」

「じゃあ、イヴ。で、イヴの代わりってのは何で?」

「さっきも話してたけど、ボクは『四英傑』の一人って言ったよね? この世界は君の居た世界よりも荒れていてね……争いが絶えないんだ。そこで、ボクら『四英傑』は世界を救う為に戦ってたんだけど、恥ずかしい事に負けちゃってさ。その上、こんな姿に変えさせられてなす術を失ったんだ。でも、アイツに勝てるのはボクら『四英傑』だけ。だから、ボク達『四英傑』は後継者を探す事にしたんだ」

「戦うって……イヴが?」

 イヴリースの見た目から想像が全く出来ないのが本音だった。か弱そうな女の子にしか見えないからだ。

「今は小さくさせられてるからね。そう思っても仕方が無いけど……これでも、ボクは『四英傑』の中でも一番強いんだよ? これ本当」

「じゃあ、何で負けたんだよ」

「相手が相手だったからね。けど、勝てるのもボクらしか居ないのが、この世界の現状なんだよ。ボクらを失った世界は、ただ滅ぶだけなんだけど、まだボク達は生きてる。そこで、ボク達の代わりを見つける事で、代わりに世界を救って貰うという事だよ」

「いやでも……俺は何の力もねぇぞ? ごく普通の一般人だし……」

「そこが重要なんだよ。マナを持たない人間にしか、ボク達の力を継承する事が出来ないんだ。そこで、ボクの仲間が別の世界への行き方を見つけ出し、そっちの世界の人間がマナを持っていない事が分かり、今に至るという事」

「それで、俺が選ばれたのか」

「そういう事。ボクがピーンと来たのが君だった訳さ。それと、安心して欲しいのは、ボクが力を継承すれば君は普通に戦える様になるからね」

「戦える様になるって……」

「だから修行とかも必要無いし、手っ取り早いでしょ? ボクの戦闘の記憶が君にも継承されるって訳だよ」

「戦うのとかって……正直、怖い」

「そこはすぐに慣れるから心配無いよ」

 心配無いと言われても、恐怖心が和らぐ筈も無い。産まれて十七年間で喧嘩すらした事が無い卓斗が、いきなり命を賭けた戦いが出来る筈も無かった。

「心配せずとも、ボクが継承を済ませれば、すぐに分かるさ」

 イヴリースはそう言うと、フワフワと卓斗の顔に近付き、おでこに手を当てがった。

「一つ聞くけど、また頭痛くなったり耳鳴りが激しくなったりしねぇよな?」

「さっきのは転移魔法だから、慣れてない人間には耐え難い苦痛が伴うけど、継承は無害だから安心して」

「ならいいけど……」

 すると、イヴリースの当てがう手が赤く光り出す。その瞬間、

「――っ!!」

 膨大なイヴリースの戦闘の記憶が卓斗の脳に流れ込んで来る。その情報量の多さに、思わず鼻血が噴き出る。

「無害なんじゃねぇのかよ」

「思ったより君が貧弱だったみたい」

「うるせぇ。けど、これが戦い……」

「よし、継承は終わりだね。世界を頼むよ、タクト」

 断片的に流れただけだが、目を背けたくなる様な光景や、人間離れした動き、何より魔法を使う事に驚いた。人と争う事の無かった自分が、すぐ慣れるとは思えなかったが、卓斗は何故か恐怖心が無くなっていた。

「イヴの言った通り、恐怖心が消えた」

「そらね、君の力はボクの力だからね。『四英傑』の実力を舐めないで欲しいな」

「けど、実感はまだ湧かねぇな。それで、これからどうすんだ?」

「実感が湧かないなら、丁度いい実験台が来たよ」

 イヴが向けた視線の方に振り返ると、そこには巨大なゴブリンの姿があった。アニメや漫画でしか見た事の無い生物だが、そのまんまの見た目だった。自分の倍以上の大きさに、鎧の様な筋肉を纏い、分厚い木の棒を携えている。
 普通ならば膝が震えて尻餅を突き、恐怖心に打ち負けて醜態を晒す所だが、イヴリースの戦闘知識を継承した卓斗は、初陣にもかかわらず、自信に満ち溢れた表情をしていた。

「ゴブリンって初めて見たけど、バカデカいな。それに、あんな木の棒で殴られたら即死しそうなんだけど」

「でも怖くないでしょ?」

「あぁ。何でか負ける気がしねぇ」

 その途端、ゴブリンは奇声を発しながら卓斗の方へと走り出す。その図体からは想像も出来ない程の速さだった。

「――っ!!」

 ゴブリンは卓斗の目の前まで移動すると、木の棒を顔面に目掛けて横に振るった。
 その動作までも目で追うのも必死な程の速さだ。本来の人間ならば、反応出来る方が少ない程の速さ。だが、今の卓斗は違う。

「見える……!!」

 そのゴブリンの動きは、今の卓斗にはスローモーションに見えるのだ。木の棒をしゃがんで避けると、卓斗はそのまま滑らかに回し蹴りを、ゴブリンの腹部に決め込む。

「体が勝手に……これが、イヴリースの戦闘の記憶……」

 回し蹴りを決められたゴブリンは、物凄い勢いで吹き飛んで行く。勢い良く転がり、ゴブリンの巨大な体が何度も跳ねると、それを追い掛ける様に卓斗は地面を勢い良く蹴って空高く跳躍する。

「おわっ、飛んだ!?」

 転がり続けるゴブリンに追い付くと、卓斗は手の平に炎の球体を作り出す。

「熱くねぇ!?」

 そして、転がるゴブリンにタイミング良く、その炎の球体を腹部に当てる。その瞬間、大爆発が起きた。
 爆風で草花が激しく揺れ、辺りは一瞬にして焼け野原と化した。爆炎と砂埃が舞い上がる中、卓斗は悠々と立ち尽くしていた。

「初めて魔法使った……すげぇ……」

 跡形も無く散ったゴブリンに勝利し、卓斗は自分の手の平を見つめながら呆然としていた。初めての戦闘で胸が高揚していた。

「言った通り、戦闘に関しちゃ慣れたでしょ?」

「まだ魔法も一個しか使ってねぇけど……でも、怖さは一つも無かった。それに、どう動けばいいかとか、どういう攻撃をすればいいかとか、考えなくても体が勝手に動く感じがした」

「それも継承の影響だね。取り敢えず、君に自信が付いて安心したよ。じゃあ早速、ボク達のアジトに向かうよ」

「アジト?」

「『四英傑』は世界から集まった四人で結成していてね。一つの国に属している組織では無いんだよ。だから、ボク達にはボク達のアジトがあるんだ。それに、早く行ってあげないと待ってるだろうしね」

「待ってる?」

「ボクが君を選んだ様に、他の三人の『四英傑』も同じ様に後継者を選んでるんだよ。まぁ、君が二人目だからアジトには一人しか待ってないけど」

「俺と同じ様な奴が……」

 戦闘での不安が取り除かれた矢先、新たな不安が卓斗を襲った。それは、他人とのコミュニケーションだ。自慢話では無いが、卓斗は通う高校に友達は居ない。作る気も無かったのだから仕方が無いのだが。


*************************


 暫く歩くと木造で出来た一軒の家が見えて来た。かなり大きい建物で、日本で言う所の大豪邸という奴だ。

「でっけぇ……これがアジト?」

「そうだよ。さぁ、入って」

 イヴリースが扉を開けると、大広間が卓斗を出迎えた。真ん中にはソファと机のみが置かれていて、一人の人物が座っているのが視界に映った。その後ろ姿で女性である事は分かった。すると、卓斗に気が付いたのか女性が立ち上がって振り返る。

「――初めまして……西野絵麻、高校二年生です」

 西野絵麻と名乗った茶髪ボブの女性、というより少女は頭を下げた。卓斗の不安は的中し、一番苦手とする同い年が後継者仲間だった。





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