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1章:魔力なしのニナ・アルエ
フレイヴァ 3
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キアンの言った通り、ギヨーム様は敷地内で魔術の指導を受けることを快く許可して下さった。リュカは物質の生成をやりたがっていたけれど、火だの水だのを出すのは何かしらの被害を与えてしまう可能性もあるので、今日のところは座学をするということになった。
「それじゃ、風を変換させれば、声のメッセージが送れるってこと?」
「そうだ。不特定多数に送るだけなら適当にバラ撒けばいいが、相手を絞るとなると難易度は一気にあがる」
「そっか……。じゃあ今の僕にはまだできないね」
「なぜできないか、分かるな?」
「制御力と、あと感知力が足りてない」
「その通り」
リュカは誰に指示されたわけでもなく、自分からノートを開いてキアンの話すことをメモしていた。机に向かって一生懸命に何かを書きつけているリュカの横顔を見つめながら、学校でもこれくらい集中して勉強に取り組んでくれたら、私が学校に呼び出される回数も減るだろうな、なんてぼんやりと考えた。
「魔術において一番大事なのは、魔力を制御する力だ。リュカ、お前は術の発動云々の前にまず、それを完璧に体に叩き込まなければいけない」
「でも、学校では素早く術を発動するのがいいって言ってたよ? 僕がおっきい火の玉を誰よりも早く出したら、すごく褒められたし……それに敵を倒すためなら、攻撃力は強ければ強いほどいいと思うんだけど」
「放った炎が燃やすのは敵だけじゃないぞ。お前の大事な人の命を奪うことだってあるんだ」
キアンはそう言い、一瞬チラリとこちらに視線を向けたので、私は慌てて完全に緩んで丸くなっていた背筋を伸ばした。
「濁流は街を押し流し、暴風は草木をなぎ倒す。割れた大地は何もかもを飲み込んでしまうだろう。それはもはや魔術でもなんでもない、ただの災害だ」
「うん……」
「魔力量が多ければ高い火力の攻撃魔法なんて幾らでも撃てる。知能の低い魔獣がよくやる力ずくの戦法だ。魔術士と名乗りたいなら、何を置いてもまずは制御力を身につけろ。――ニナ、ちょっと」
手招きされて、椅子から立ち上がる。
キアンは左の手袋を外すと、小さな発光体を手のひらに浮かべた。
「何が見える?」
「えっ……えーと、光の玉」
「じゃ、これは?」
「ちっちゃい火……?」
続けざまに、色々な物質を出現させては私に答えさせるキアン。これはゲームか何かなんだろうかと、彼の意図を尋ねようとした時だった。
「最後に、これは見えるか」
じっと手のひらを見つめるけれど、何も見えない。
私が首を横に振ると、リュカがびっくりしたようにえっと声を上げた。
「ニナ、見えないの?」
「リュカには見えてるの?」
「うん。なんて言えばいいか分かんないけど、透明のもやもやした……」
「これは何にも変換していない、ごく少量の純粋な魔力だ。ニナのように魔力を持たない人間にはもちろんのこと、魔力量が少ない人間にも見えないものだよ」
これってけっこう基本的な知識だと思うんだけれど、一度も学校で魔術を習わなかった私はともかくとして、なぜリュカも感心したような声を上げているんだろう。まだ学校では教わっていないのか、それとも真面目に授業を受けていないだけなのか……いや、考えなくても分かる。リュカの知識不足はおそらく、後者が原因だ。
「リュカ、やってみろ」
「えっ……僕、魔力だけを外に出すやり方なんて知らないよ」
「知らないってどういうことだ。魔術の一番最初の授業で習ったんじゃないのか」
「習ってない」
リュカの反応から察するに、先生の話を聞いていなかったわけではなく、本当に教わっていないようだ。だとしたら、魔力は魔力量の少ない人間の目には見えない、ということも学校では教えていないのかもしれない。
「さすが、フランメル王国は魔術後進国だと言われるだけある」
キアンは大きなため息をついて項垂れると、首を横に振った。
自国の教育体制に対する苦言に、私はわずかな反発心を覚えながらも言い返すことはしなかった。キアンの言っていることに間違いはなくて、むしろ”後進国”という表現すら優しく感じるくらいに、フランメル王国は魔術において遅れを取っている。それは、魔術を使う必要がないくらいに国家が安定した平和を保っているという証拠でもあると私は思っているけれど、空白地からやってくる魔獣との攻防で魔術の発展を余儀なくされているバルジーナ皇国の人からすれば、ただでさえ弱小のくせにこんな杜撰でヌルい教育しかしていないなんて、狂気の沙汰にしか思えないだろう。
「まず自分の魔力を体の中で対流させて……一応確認しておくが、それはできるんだよな?」
「うん」
「よし。じゃあその流れを滞らせないように注意しながら、流れの一部を手のひらの上に出すように意識して……」
リュカは右の手のひらを上に向け、キアンの指示通りに魔力をそこに表出させ始めたのだけれど、うまくいっていないのは一目瞭然だった。
「……参ったな。これは意外と手こずりそうだ」
言いながら、キアンはスカーフを煩わしそうにほどくと、シャツのボタンを一つ外して首元を解放した。
キアンがやったように純粋な魔力だけを出せているなら、私には見えないはず。でも、リュカの手のひらの上で揺らめいているのは明らかに人の頭ほどの大きさの火の玉で。
「対流を止めるんじゃない。物質にも変換するな。魔力だけを出すんだ」
「やってるよ、やってるんだけど……なんか火に変わっちゃう」
「ニナの体内から魔力を吸いだした時の感覚を思い出せ。あの時はうまくできていたんだから、今も同じ要領でやれば必ずできる」
リュカは得意なことに関しては恐ろしく飲み込みが早くて、いきなり達人技もやってのけるくらいだ。でも苦手な分野になると人の何倍も歩みは遅くなり、どんなに簡単なことでも体が自然とそう動くようになるまで、繰り返し繰り返し何度も同じ事を続けないといけない。
以前すんなり成功したのは、私の命がかかっているという特殊な条件下だったこともあって、驚異的な集中力を発揮できたおかげだろう。
今も額に汗をにじませながら必死で言われた通りにしようとしているけれど、火の玉は相変わらず私の目にはっきりと見えてしまっている。
これは時間をかけて何度もやらないと成功しないパターンだ、そう思ってキアンに伝えようと口を開きかけた時だった。
「リュカ、魔力を出している手でニナの手を握ってみろ」
「はあ!?」
唐突な提案にぎょっとしたのはリュカも同じで、私たちは思わず同じような質感の声を上げ、お互い顔を見合わせた。
「ちょっと待って、本気で言ってるの?」
「無理だよ、そんなことしたら火傷させちゃうじゃん!」
火傷どころじゃない、こんなのに触れたらたぶん全身に燃え移って死ぬに決まっている。
「だったらどうすればニナを傷つけずに済むか考えるんだ」
キアンはこちらに視線をやり、顎でしゃくって私に手を出すよう指示を送っている。
私は別にリュカに火傷させられたって構わないと……いや構わなくはない、痛いのは嫌だし死ぬのはなおさら嫌だ。ただ失敗は成功のもととも言うし、それが良い礎になるのなら、なるべく危険の少ないかたちで協力したいとは思っている。
でも、リュカにとって失敗っていうのは拒絶反応を膨らませる要因にしかならなくて、何ならトラウマレベルの傷を植え付ける結果にもなりかねない。必要なのはトライアンドエラーではなく、めちゃくちゃハードルの低いトライをさせて成功体験を少しずつ積んでいき、気付かれない程度にそのハードルを上げていくという回りくどい方法なのだ。
「あの、でも、ほら! 今日中にできなくたっていいじゃない? これを宿題にして、後日成果を見てもらうって形でも」
「君は黙ってろ」
「なっ……!」
一蹴されてしまった。あまりに横柄なその態度に、大きな怒りの感情が頭頂部を突き抜けたような気がしたけれど、私はそれを言葉で吐き出すことはせず、ただ唇を噛みしめて二人から目を逸らした。
もしリュカが私に助けを求めるような仕草でも見せていたら、無理はしなくていいとすぐにでもやめさせただろう。でも私には見向きもせず、どうにか自分の力でキアンの出した課題をクリアしようとしている。リュカの特性については私がいちばん理解できていると信じているとは言え、リュカが今どうしてつまずいているのかすら分かってあげられない私は、余計な口を出せる立場にはないのだ。
「ほら。見えるか、ニナ」
小声で囁かれ、顔を上げる。
キアンの横暴とも言えるあの指示は、どうやらリュカの感覚にピタリと嵌まったらしい。さっきまで確かにリュカの手のひらの上で高熱を放ちながら踊っていた火球はゆっくりと小さくなっていき、やがて私の目では全く見えなくなった。
「触れても大丈夫だ。手を乗せてみろ」
チラリとリュカの様子を伺うと、瞬きもせず、死に物狂いの形相で集中している。あまり長くこの状態を保てないだろうと感じた私は、迷いながらもそっとその手に自分のそれを重ねた。
「……すごい。何も感じないよ」
「それが何にも変換されていない純粋な魔力だ。触感すらないところまで純度を上げられたようだし、今回のところは良しとしよう」
キアンはそう言って、リュカの肩にポンと手を置いた。と同時に大きくリュカはその場に仰向けに倒れ込み、情けない声と共に大きく息を吐き出した。
「課題はクリアでいいよね?」
しばらく天井を見つめてぼんやりした後、視線だけをキアンの方に向けてそう尋ねるリュカ。キアンは意地悪そうな笑みを浮かべ、そうはいくか、と言った。
「これを毎日、1日3回はやれ」
「ええー!!」
「筋肉を付けるのと同じ道理だ。継続してやっていかなければ、精度が上がらないどころか劣化していくからな。もっと素早く、条件ナシであの状態まで持っていけなければ話にならんぞ」
「条件ナシ、って……?」
何のことか分からず、首を傾げる。リュカにはその言葉が意味することに心当たりがあるようで、不機嫌そうに眉を寄せてぷいとそっぽを向いた。
「以前もそうだったが、リュカは君のためならどんな難題もこなせるらしい。裏を返せば、君がいなきゃ何もできないというわけだ」
「えっ……」
「物でも人でも、何か原動力になる対象を作るのは構わないが、その対象に危険が差し迫らないと本領発揮できないのはちょっと問題だな」
「でも僕、学校ではちゃんとできてるもん」
キアンの遠慮のない指摘に、リュカも黙ってはいられなかったらしい。言いながら体を起こすと、キアンに強めの眼光を向けた。
「どうせ物質を生成してバカスカ撃つだけなんだろ。そんなもの、魔術の授業とは呼べないぞ」
「火を生成した時だって、誰かを燃やしたりしたことなんて一度もないからね! これってちゃんと制御できてる証拠じゃん!」
「制御できてるんじゃなく、うまく火に変換できていないだけのことだ。お前の生成の技術がもっと上達すれば、たぶん学校くらいの建物なら簡単に全焼させられるはずだからな」
その言葉に、リュカは目を大きく見開いた。そしてちょっと唇をとがらせて、恥ずかしそうに視線を下の方に向けて泳がせている。
別に褒められていないからねと私がやんわりツッコむ前にキアンが先に口を開き、
「制御も生成もまともにできない。完全に未熟な証拠だ」
優しい気遣いのない、ドストレートな言葉でとどめを刺してしまった。
「それじゃ、風を変換させれば、声のメッセージが送れるってこと?」
「そうだ。不特定多数に送るだけなら適当にバラ撒けばいいが、相手を絞るとなると難易度は一気にあがる」
「そっか……。じゃあ今の僕にはまだできないね」
「なぜできないか、分かるな?」
「制御力と、あと感知力が足りてない」
「その通り」
リュカは誰に指示されたわけでもなく、自分からノートを開いてキアンの話すことをメモしていた。机に向かって一生懸命に何かを書きつけているリュカの横顔を見つめながら、学校でもこれくらい集中して勉強に取り組んでくれたら、私が学校に呼び出される回数も減るだろうな、なんてぼんやりと考えた。
「魔術において一番大事なのは、魔力を制御する力だ。リュカ、お前は術の発動云々の前にまず、それを完璧に体に叩き込まなければいけない」
「でも、学校では素早く術を発動するのがいいって言ってたよ? 僕がおっきい火の玉を誰よりも早く出したら、すごく褒められたし……それに敵を倒すためなら、攻撃力は強ければ強いほどいいと思うんだけど」
「放った炎が燃やすのは敵だけじゃないぞ。お前の大事な人の命を奪うことだってあるんだ」
キアンはそう言い、一瞬チラリとこちらに視線を向けたので、私は慌てて完全に緩んで丸くなっていた背筋を伸ばした。
「濁流は街を押し流し、暴風は草木をなぎ倒す。割れた大地は何もかもを飲み込んでしまうだろう。それはもはや魔術でもなんでもない、ただの災害だ」
「うん……」
「魔力量が多ければ高い火力の攻撃魔法なんて幾らでも撃てる。知能の低い魔獣がよくやる力ずくの戦法だ。魔術士と名乗りたいなら、何を置いてもまずは制御力を身につけろ。――ニナ、ちょっと」
手招きされて、椅子から立ち上がる。
キアンは左の手袋を外すと、小さな発光体を手のひらに浮かべた。
「何が見える?」
「えっ……えーと、光の玉」
「じゃ、これは?」
「ちっちゃい火……?」
続けざまに、色々な物質を出現させては私に答えさせるキアン。これはゲームか何かなんだろうかと、彼の意図を尋ねようとした時だった。
「最後に、これは見えるか」
じっと手のひらを見つめるけれど、何も見えない。
私が首を横に振ると、リュカがびっくりしたようにえっと声を上げた。
「ニナ、見えないの?」
「リュカには見えてるの?」
「うん。なんて言えばいいか分かんないけど、透明のもやもやした……」
「これは何にも変換していない、ごく少量の純粋な魔力だ。ニナのように魔力を持たない人間にはもちろんのこと、魔力量が少ない人間にも見えないものだよ」
これってけっこう基本的な知識だと思うんだけれど、一度も学校で魔術を習わなかった私はともかくとして、なぜリュカも感心したような声を上げているんだろう。まだ学校では教わっていないのか、それとも真面目に授業を受けていないだけなのか……いや、考えなくても分かる。リュカの知識不足はおそらく、後者が原因だ。
「リュカ、やってみろ」
「えっ……僕、魔力だけを外に出すやり方なんて知らないよ」
「知らないってどういうことだ。魔術の一番最初の授業で習ったんじゃないのか」
「習ってない」
リュカの反応から察するに、先生の話を聞いていなかったわけではなく、本当に教わっていないようだ。だとしたら、魔力は魔力量の少ない人間の目には見えない、ということも学校では教えていないのかもしれない。
「さすが、フランメル王国は魔術後進国だと言われるだけある」
キアンは大きなため息をついて項垂れると、首を横に振った。
自国の教育体制に対する苦言に、私はわずかな反発心を覚えながらも言い返すことはしなかった。キアンの言っていることに間違いはなくて、むしろ”後進国”という表現すら優しく感じるくらいに、フランメル王国は魔術において遅れを取っている。それは、魔術を使う必要がないくらいに国家が安定した平和を保っているという証拠でもあると私は思っているけれど、空白地からやってくる魔獣との攻防で魔術の発展を余儀なくされているバルジーナ皇国の人からすれば、ただでさえ弱小のくせにこんな杜撰でヌルい教育しかしていないなんて、狂気の沙汰にしか思えないだろう。
「まず自分の魔力を体の中で対流させて……一応確認しておくが、それはできるんだよな?」
「うん」
「よし。じゃあその流れを滞らせないように注意しながら、流れの一部を手のひらの上に出すように意識して……」
リュカは右の手のひらを上に向け、キアンの指示通りに魔力をそこに表出させ始めたのだけれど、うまくいっていないのは一目瞭然だった。
「……参ったな。これは意外と手こずりそうだ」
言いながら、キアンはスカーフを煩わしそうにほどくと、シャツのボタンを一つ外して首元を解放した。
キアンがやったように純粋な魔力だけを出せているなら、私には見えないはず。でも、リュカの手のひらの上で揺らめいているのは明らかに人の頭ほどの大きさの火の玉で。
「対流を止めるんじゃない。物質にも変換するな。魔力だけを出すんだ」
「やってるよ、やってるんだけど……なんか火に変わっちゃう」
「ニナの体内から魔力を吸いだした時の感覚を思い出せ。あの時はうまくできていたんだから、今も同じ要領でやれば必ずできる」
リュカは得意なことに関しては恐ろしく飲み込みが早くて、いきなり達人技もやってのけるくらいだ。でも苦手な分野になると人の何倍も歩みは遅くなり、どんなに簡単なことでも体が自然とそう動くようになるまで、繰り返し繰り返し何度も同じ事を続けないといけない。
以前すんなり成功したのは、私の命がかかっているという特殊な条件下だったこともあって、驚異的な集中力を発揮できたおかげだろう。
今も額に汗をにじませながら必死で言われた通りにしようとしているけれど、火の玉は相変わらず私の目にはっきりと見えてしまっている。
これは時間をかけて何度もやらないと成功しないパターンだ、そう思ってキアンに伝えようと口を開きかけた時だった。
「リュカ、魔力を出している手でニナの手を握ってみろ」
「はあ!?」
唐突な提案にぎょっとしたのはリュカも同じで、私たちは思わず同じような質感の声を上げ、お互い顔を見合わせた。
「ちょっと待って、本気で言ってるの?」
「無理だよ、そんなことしたら火傷させちゃうじゃん!」
火傷どころじゃない、こんなのに触れたらたぶん全身に燃え移って死ぬに決まっている。
「だったらどうすればニナを傷つけずに済むか考えるんだ」
キアンはこちらに視線をやり、顎でしゃくって私に手を出すよう指示を送っている。
私は別にリュカに火傷させられたって構わないと……いや構わなくはない、痛いのは嫌だし死ぬのはなおさら嫌だ。ただ失敗は成功のもととも言うし、それが良い礎になるのなら、なるべく危険の少ないかたちで協力したいとは思っている。
でも、リュカにとって失敗っていうのは拒絶反応を膨らませる要因にしかならなくて、何ならトラウマレベルの傷を植え付ける結果にもなりかねない。必要なのはトライアンドエラーではなく、めちゃくちゃハードルの低いトライをさせて成功体験を少しずつ積んでいき、気付かれない程度にそのハードルを上げていくという回りくどい方法なのだ。
「あの、でも、ほら! 今日中にできなくたっていいじゃない? これを宿題にして、後日成果を見てもらうって形でも」
「君は黙ってろ」
「なっ……!」
一蹴されてしまった。あまりに横柄なその態度に、大きな怒りの感情が頭頂部を突き抜けたような気がしたけれど、私はそれを言葉で吐き出すことはせず、ただ唇を噛みしめて二人から目を逸らした。
もしリュカが私に助けを求めるような仕草でも見せていたら、無理はしなくていいとすぐにでもやめさせただろう。でも私には見向きもせず、どうにか自分の力でキアンの出した課題をクリアしようとしている。リュカの特性については私がいちばん理解できていると信じているとは言え、リュカが今どうしてつまずいているのかすら分かってあげられない私は、余計な口を出せる立場にはないのだ。
「ほら。見えるか、ニナ」
小声で囁かれ、顔を上げる。
キアンの横暴とも言えるあの指示は、どうやらリュカの感覚にピタリと嵌まったらしい。さっきまで確かにリュカの手のひらの上で高熱を放ちながら踊っていた火球はゆっくりと小さくなっていき、やがて私の目では全く見えなくなった。
「触れても大丈夫だ。手を乗せてみろ」
チラリとリュカの様子を伺うと、瞬きもせず、死に物狂いの形相で集中している。あまり長くこの状態を保てないだろうと感じた私は、迷いながらもそっとその手に自分のそれを重ねた。
「……すごい。何も感じないよ」
「それが何にも変換されていない純粋な魔力だ。触感すらないところまで純度を上げられたようだし、今回のところは良しとしよう」
キアンはそう言って、リュカの肩にポンと手を置いた。と同時に大きくリュカはその場に仰向けに倒れ込み、情けない声と共に大きく息を吐き出した。
「課題はクリアでいいよね?」
しばらく天井を見つめてぼんやりした後、視線だけをキアンの方に向けてそう尋ねるリュカ。キアンは意地悪そうな笑みを浮かべ、そうはいくか、と言った。
「これを毎日、1日3回はやれ」
「ええー!!」
「筋肉を付けるのと同じ道理だ。継続してやっていかなければ、精度が上がらないどころか劣化していくからな。もっと素早く、条件ナシであの状態まで持っていけなければ話にならんぞ」
「条件ナシ、って……?」
何のことか分からず、首を傾げる。リュカにはその言葉が意味することに心当たりがあるようで、不機嫌そうに眉を寄せてぷいとそっぽを向いた。
「以前もそうだったが、リュカは君のためならどんな難題もこなせるらしい。裏を返せば、君がいなきゃ何もできないというわけだ」
「えっ……」
「物でも人でも、何か原動力になる対象を作るのは構わないが、その対象に危険が差し迫らないと本領発揮できないのはちょっと問題だな」
「でも僕、学校ではちゃんとできてるもん」
キアンの遠慮のない指摘に、リュカも黙ってはいられなかったらしい。言いながら体を起こすと、キアンに強めの眼光を向けた。
「どうせ物質を生成してバカスカ撃つだけなんだろ。そんなもの、魔術の授業とは呼べないぞ」
「火を生成した時だって、誰かを燃やしたりしたことなんて一度もないからね! これってちゃんと制御できてる証拠じゃん!」
「制御できてるんじゃなく、うまく火に変換できていないだけのことだ。お前の生成の技術がもっと上達すれば、たぶん学校くらいの建物なら簡単に全焼させられるはずだからな」
その言葉に、リュカは目を大きく見開いた。そしてちょっと唇をとがらせて、恥ずかしそうに視線を下の方に向けて泳がせている。
別に褒められていないからねと私がやんわりツッコむ前にキアンが先に口を開き、
「制御も生成もまともにできない。完全に未熟な証拠だ」
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