一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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〈番外編・リューセントの話〉前編

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『んー、でもさぁ……それってたぶん――――じゃないかなぁ?』

 だから頑張れと言ってくれたリコ先輩は、あの時なんと言っていたのか。
 私が心因性の勃起不全となった時、周りのほうがこの世の終わりのようなありようだった。いや、違うな。ジルフィスだけは爆笑していた。そんなジルフィスを叱り飛ばして、ぶん殴って、こちらが「いやもうそのくらいに」と焦るくらいに暴れたリコ先輩が笑いながら言ってくれた言葉。

「ウォルズさま、好きです。ひ、ひとばんだけでも……良いんです……だからっ!」
「ごめんね。気持ちは嬉しいけれど、応えることは出来ないんだ」

 警備部の詰め所を出たところで声を掛けられ、いつものように――というと失礼だけれど、そのくらいの頻度だから仕方ない――告白をされ、いつものように断りの言葉を返す。先に待っていた部下たちが「あれ、花屋のシンディちゃんじゃん」「王都に来たばっかって言ってたからなぁ、かわいそうに」「リューセント隊長、ほんと鉄壁っすよね」と思い思いに話しているのに苦笑した。
 この警備部で私の下半身事情……いわゆる勃起不全を知っているのは、昔なじみのジルフィスとリコ先輩だけだ。
 本来ならジルフィスのことは隊長と呼ばなければならないのだが、私が知っているのは一番上の兄と一緒に野山を駆けずり回っていたり、ここ最近はリコ先輩に怒られながら笑っていたりするジルだから構わないだろう。さすがに第三者がいるところでは隊長と呼んでいるし。

「隊長が好きなタイプってどんな子ですか?」
「うん?」

 二年前、王都を半泣きで歩いていたクレインがそう聞いてきた。身長はそう変わっていないが、顔立ちは少し大人びたように思う。なんとなく嬉しくなって頭を撫でてあげると「イヤだー! 俺が好きなタイプは年下の可愛い系なのー !! っていうか、隊長は自分の顔面を自覚してー!!」と叫んだ。

「顔面を、自覚……?」
「いやそれ、マジで言ってます?」

 自分の顔が世間一般を見回しても上位にあたるのは知っている。だからこそ、私に告白をしてくる子たちは一種のステータスとして私を求めているのだ。それはそれとして納得の上で遊んでいた頃もあるから、相手のそんな心理を非難することなんて出来やしない。
 あぁいや、一人だけステータスを求めてこないでお互いに割り切って過ごした相手がいるか。
 後悔しないかと問うた時に、笑いながら「大丈夫です」と言ったメイドのカティ。今も我が家で働いていてくれているが、もう少し違う道があったのではないかと思ってしまう。
 が拗れた原因は間違いなく私だ。そして、兄が酷く憔悴して謝ってきたのもあの時の話……とは言え私は呪いなんてものは信じていないし、医者の言う通りに心因性のものだろう。そもそも心の中で考えた程度で相手が呪われていたら、世の中は呪いだらけになってしまうし。

「可愛い子が良いな。優しくて、穏やかで、でも芯が強くて……私が間違ったことをしたのなら、叱ってくれるような子」

 友のように、姉のように、親のように、私を導いてくれたイーアのような子が良い。
 決して獣姦の趣味はないけれど、マクデーヴァのイーアは私にとって何者にも代えがたい唯一無二の存在だった。

「んー、それってリコ隊長補佐のような?」
「あはは。そんなことを言ったら、たとえ話だとしても隊長に殺されてしまうね。……ほら、着いたよ。明日が休みとはいえ羽目を外さないようにね」

 月に一回ある班全員の休みが重なる日。その前日には、こうして仕事上がりに揃って飲みに行くことにしている。食べ盛り飲み盛りばかりの班だから、まずは質より量。ここ金猫亭は最近料理人が代わり、値段や量はそう変わらずに味が美味しくなったので贔屓にしていた。
 上階が宿屋だから、来ている人間も様々。隊服は脱いでいても店主や従業員は私たちの素性を知っているから、問題がありそうな人物がいたら情報の提供をしてくれる。

「今日はなんもなさそうっすね。ってことで、日替わり日替わり~」

 今にもよだれを垂らしそうな部下にまたしても笑ってしまう。私も黒板に書かれた少々達筆なメニューを見ようとして、ふとカウンター席に視線が吸い寄せられた。
 一番奥の壁寄りに座る一人の青年。

「ごめん、ちょっと……」
「え? 隊長??」

 薄暗い店内だがその席はちょうど料理人が調理をする目の前なので、フランベの炎が上がるたびに顔を照らし出す。
 服の文様から予想するに他地域から来たのだろう。宿屋に辿り着いてひとまず食事を、といった雰囲気だ。カウンターの向かいから差し出されたプレートの量に目を見開いた後、にっこり笑って料理人と会話をしていた。
 その会話が聞こえるくらいまで近付いた私に気付き、キョトンと見上げたその顔が……。

「隣、いいかな?」
「へ? えっと、はい……? どうぞ??」

 こちらのことは気にしないでと声を掛けて、私も自分の注文をする。
 煮込み料理を食べようかと思っていたが、彼の食べている肉盛りが美味しそうだったので同じ物を注文。ついでに食前酒を求めると、横から「おぉ」と声が聞こえた。

「うん?」
「あ、すみません。……いや食前酒って飲む習慣がなくって、そういうの格好いいなぁと思って……」
「疲れている時や空腹の時にはオススメしないよ。酔いが回る。でも……そうだな、そのプレートを食べきった頃合いなら私の好きな酒を奢ろうか」

 そう話すと「いやそれは申し訳ないので」と慌てていた。可愛い。

「まずは食べて。冷める前にね」

 食前酒を舐めながら気付かれないように青年を観察する。そのままでもくちに放り込めるよう切り分けられたカット肉を、ナイフとフォークを使ってさらに一口大に切ってから頬張っている。途端にほころぶ口元からして、きっと彼のくちに合ったのだろう。ニコニコと笑いながら次を咀嚼している姿を、私だけでなく料理人も微笑ましく見ていた。

「美味いかい? 今日は良い鹿肉が入ったんだよ」
「これ、鹿なんですか? 初めて食べました! 美味しいです!!」
「そうかそうか。ならこっちも食べておけ、ちょっとだけ火を通したのは良い肉じゃないと食べられねぇからな」

 半生よりもさらに生。小さな器に二切れを盛り付けたものが青年に渡される。そのついでとばかりに私にも提供されたので、ありがたく頂くことにした。

「うん、美味しいね。ソースはたまねぎかい?」
「ちぃっとばかし煮たやつだよ。食感が残っていて美味いだろ?」

 そういえばちょうどたまねぎが出回る頃だったか。仕事をしていると季節の移ろいに鈍感になってしまって困る。そういう細々した部分はルクウストやエイラが気を回してくれるが、それにすら気付かないことも多いのだ。

「うちのあたりは鳥のささみで、同じようなのを作ります。潰して直ぐじゃないと出来ないんですけどね」
「あー、あれも美味いよなぁ。こっちでもやりてぇけど……」
「鳥は火入れをしっかりしないと提供出来ませんよ」
「……なんだってよ。まぁ王都でも個人でやってるのは目こぼしされてるが、店じゃ無理なんだよなぁ」

 何年か前に王都で多数の食中毒が発生した。その原因が生の鶏肉だったことで、店舗での販売は制限されている。料理人のいう通り、個人が飼育している鳥の調理方法までは制限出来ていないが……それでもたまに警備部に報せが来ることがある。

ここ王都ではどうしても流通や提供に時間が掛かるからね。きみも、そういう面があると思って気を付けてほしい」

 地元では問題なかったことが王都では駄目だったり、別の問題に繋がることがある。本人に悪気はなくても、だ。

「はい、気を付けます。ありがとうございます!」

 職業柄とはいえ、少々口うるさく感じられるような警告を発した私に対して、笑顔でそう返してくれる青年はとても素直な気質なのだろう。なんとなく料理人と視線を交わすと、彼も同じように感じたらしい。

「隊長さん、これもなにかの縁だからさ。ちょっと気に掛けてあげなよ」

 料理人も私たちが〝全員を保護出来ない難しさ〟は理解している。事件に巻き込まれてから助けるしか出来ない歯がゆさ。これはもしかしたら王都に住む善良な人々が感じているのかもしれない。

「たいちょう?」
「そう。この王都のね、周りは隊長と言うけど本来の隊長はちゃんと別にいて、私は分隊長だけど……リューセント・ウォルズ、今は二十八歳だからきみとは年が離れてそうだな」
「うちの二番目の兄ちゃんと同い年なのに全然違う。……あ、俺、ヤ、えっと私?」
「話しやすいほうで良いよ。気にしないから」

 年齢差か立場的な理由か、恐る恐るといった雰囲気で話してくれたのはコッレルモ村から出稼ぎに出て来て、ちょうど今日王都に到着したこと。
 名前はアシャン、年齢は十八歳。驚いたことに兄姉弟妹全部で十二人いるらしい。

「俺含めて十三人で……すごい大家族だし、あのまま村にいて俺が出来ることはなさそうだったから王都に来てみました」
「人が多くて驚いた?」
「すっごく! こんなに人がいるなんて、王都って東京みた……いや、なんでもないです」

 聞き慣れない単語を言ったあと、なにかを誤魔化すように笑ったアシャンが肉の最後のひとかけらをくちに入れる。色々と話させてしまったせいで冷えてしまっただろうに、美味しそうに咀嚼をしてから料理人へ「とっても美味しかったです!」と声を掛けた。
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