一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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準備開始

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 明けて翌日。
 俺はなぜかベッドから追い立てられた。
 一緒に寝ていた兄ちゃんは「頑張れー」とゆるく応援をしてくれて、また二度寝しようとしている。メイドさんの一人が「いえ、あなたも起きてください」と冷静に突っこんでいたけど、そんな攻防を見続けてはいられなかった。
 まずご飯。しっかりとした内容ではなくパンと飲み物、それにフルーツといったくらいの軽食を出される。このおうちの方々にもリューセントさんにも朝の挨拶をしていないのに良いのかな? と思いながらモグモグ。
 なんというか、周りのメイドさんがピリピリしてるんだよね。別に怖いとか怒ってるとかではないから、ただちょっと急いでるだけかもしれない。
 食べ終わったあたりでルクウストさんという見知った人が来てくれた。でもそれを喜ぶ前に「はい、ではこちらですよ」とせき立てられて、今度はお風呂。自分でやりますからという俺の言葉はまるっと無視されて、上から下まで全部洗われてしまった。お股だけは死守したよ !? 普段なら出されない化粧水やオイルなんかを顔にも体にも塗り込められて、髪は髪でタオルドライをされた後にしっかり撫でつけられる。リューセントさんのところでお世話になってからざんばらヘアーはおさらばしたけど、だからって普段からこんなピッチリな髪型になんてしていない。
 ついでに顔の右側あたりの髪の毛を編み込まれた。あ、この世界にもヘアピンはあるんだよね。それを使って編み込んだ髪の先をぐりっと耳の後ろで……痛い。

「お召し物はこちらですよ」
「え? これって……」

 ルクウストさんが出してきたのは、結婚式をする時の礼服。しかもうちの村の文様入り。
 王都に出てから知ったんだけど、見慣れたこの文様って住んでるエリアや村の特有のものらしい。礼服だからちょっと装飾が豪華になってて、これを着ることなんてないかなぁと思っていたやつ。だって恋愛も結婚も縁遠かったし。
 編み込みの上のあたりに礼服と合わせた髪飾りも付けられた。本当ならネックレスとか耳飾りとか、そういうのも付けるんだけど……。

「それがないのって、やっぱり?」
「えぇ。リューセントさまの希望通りの物が用意出来ましたからね」

 俺たちの証。
 まぁ、俺はどんなのをデザインしたのか知らないんだけど。だってリューセントさんがはりきって色々と考えてたから。俺の希望は「あんまりゴテゴテにはしないで」ってだけだし、センスとかそういうのは死滅してるし……を言い訳にして完全にお任せしました。
 お風呂から出されたあたりから「もしかして?」と思っていたけど、こんなに色々と出されてきたら嫌でもわかる。

「結婚式、かぁ……」
「さようでございますよ。絵姿も残しますので、そちらはご実家にもお届けいたします」

 この世界、写真機やカメラなんてモンはないからね。結婚式とかの晴れ舞台は自分の目に焼き付けるしかない。いや、ルクウストさんが言う通り絵として残すことは出来るけど、もちろんお高い。だから庶民は目と心に焼き付けるんです。

「本来でしたらアシャンさまのご家族もお呼びしたかったのですが、ラジェさまから固辞されまして……」

 そりゃそうでしょうね。むしろ昨夜の話を聞いたことで完全に無理だってわかるもん。来ちゃ駄目、逃げてってレベルだよ。

「あ、だからこんなに早い時間からなんですか?」
「ご家庭にもよりますが、だいたいはそうですね。準備はどうしても時間が掛かりますし……女性だと前日の夜から始めますよ」
「……俺、男で良かったです」

 今日だって結構朝の早い時間からスタートしてるのに、これを前日からなんて無理。もっと言えば、これは現代でもあるあるだと思うけど何ヶ月も前からダイエットをするみたい。俺は逆にちょっと太ったかも……元が痩せてたから、標準体重くらいだけど。
 着てみると、そんな今の俺にもピッタリなサイズだった。まぁあんまりキチッとした形ではないんだけどね。王都は体のラインに沿った服が多いけど、うちのあたりってだぼっとした服が多いんだ。くそ、身長がニョキニョキ伸びていないことがハッキリしてしまった!

「アシャン、どうだ?」
「あ、兄ちゃん。ぴったりだよ。これ、持ってきたのって兄ちゃん?」
「んな訳あるか。形や色なんかを針子さんに教えただけ」

 本来だったら家族総出でチクチクと縫ったり刺繍したりをするんだけど、さすがにそんな時間はなかったから外注になったらしい。まぁ男向けの柄は女性のそれに比べてシンプルだけどね。しかも長男が着たのを次男や三男も着るなんてことだって多い。

「リューセントさんの準備は出来てたから、そろそろ始まるぞ」
「え? 兄ちゃんもう見てきたの!? ずるい!!」

 新婦? 新郎? の俺を差し置いてすでに見ていたことに文句がくちから出たけど、そんな俺に「そういうモンだろうが」と兄ちゃんが呆れてた。
 そうなんだよ。日本の結婚式をちゃんと知らないけど、たぶん本番の前に礼服やドレスを着て顔を合わせる機会はあると思う。でもこっちだとそういうのは全くない。ばっちり着込んだあとに、「新郎新婦の入場です」的なタイミングでお互いの格好を初めて見るんだ。
 ちなみに神さまの概念がないから神前式じゃない。チャペルもないし、神社もないし、お寺もない。うちの実家のあたりだと村の広場で人前式かな。ごちそうが並んでお祭りみたいになる。

「ん? そう言えば、ここだとどうなるんですか?」

 三男坊とは言えリューセントさんはこの土地の領主の息子だ。広場でどうこうとなったら、それこそ大変な人手になってしまう。

「ご長男であるダーヴィドさまや、次期領主のエルベルトさまは大がかりなものになりますが、今回はリューセントさまのご意向でこの屋敷にいる全員での無礼講です。場所もこちらの大広間を利用しますよ」
「全員……?」
「はい。ヒルダやティモ、そして私も含めた、全員です」

 そう教えてくれて嬉しくなった。だってルクウストさんの言う〝大がかりなもの〟ってお勤めしている人は除外だろうし、俺もそうなんだろうと思ったし。そういう時だと全部が終わったあとに、勤めてる人たちだけで二次会みたいにするみたいだけど。
 でもお世話になったルクウストさんたちを控えさせてって、ちょっと悲しいじゃん。どうせだったら一緒に祝って欲しいじゃん。

「愛されてるな」
「へへっ」

 俺がそうやって考えること、リューセントさんちゃんとが汲んでくれたんだなって嬉しくなった。
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