一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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どなどな

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 今日も今日とて良い天気。
 思わず「にばしゃがはーしーるー」と歌いそうになるような長閑な道。
 馬車の中には俺。その隣にはリューセントさん。向かい側にラジェ兄ちゃん。……まぁゴトゴトじゃなくって、ガラガラって車輪の音が響いてるけどね。てか荷馬車じゃなくってちゃんとした馬車だけどね。

「気持ちはドナドナだけど……」
「どなどな?」
「なんでもないです」

 ということで、俺たちはリューセントさんのご実家に向かっています。里帰りも兼ねてなので、もう一台の馬車にはエイラさんたちが乗っている。あ、この馬車の御者はルクウストさんであっちの御者はティモさんだよ。
 馬車で片道四日間。途中途中で休憩や宿泊を挟んでだから、だいぶゆっくり進んでいた。今は四日目の午前中で、昼過ぎにはリューセントさんのご実家に到着する予定だ。
 エルベルトさんは休暇が終わるってことでずいぶん前に戻っていった。帰るときにカティさんを連れて行くってごねたけど、さすがに国境付近の男所帯に連れて行く訳にもいかず泣く泣く諦めていた。代わりに「ちょっくら昇進してくるわ」って言ってたのはどういうことだろう。
 兄ちゃんが来てからはすでに二ヶ月が経過している。俺はまだ仕事を始めさせてもらってないけど、代わりに午後の休憩時間で兄ちゃんと王都の見物をしていた。ティモさんやヒルダさんに付き合ってもらってね。兄ちゃんも改めてってことで勉強したり、庭仕事を手伝ったり、結構楽しく過ごしていたっぽい。

「なんかしてないと胃が痛いんだよ……」
「うん。俺も」

 ザ・現実逃避!!
 もうね、リューセントさんのご実家に行くって日が近付いてくるとなにかしていないと気持ちが落ち着かなくってね !! 俺たち兄弟がソワソワしてるのを、エイラさんたちが呆れて見ていた。でも兄ちゃんが母ちゃん直伝の料理レシピを伝えたり、逆に王都の料理を教えて貰ったりしてたから、マイナスばかりじゃなかったはず。

「そんなに怖がる必要はないんだけどね」
「いや、あなたがそう思っていてもですね、現実問題としてそれを受け入れるわけにはいかないんですよ」
「そうなの?」

 兄ちゃん、最初はリューセントさんのことを〝ウォルズさま〟って呼んでたんだけど、エルベルトさんもいるしこれから行く先はみんなウォルズ姓だからってことでものすっごく悩んでいた。でも雇用主でもないから〝旦那さま〟もおかしい。ご実家での旦那さまはリューセントさんのお父さんだしね。俺なんか最初っから「リューセントさん」呼びで、それを知った兄ちゃんに白目を剥かせてしまった。
 でも一応婚姻を結ぶし兄ちゃんのほうが年上だし、〝さま〟付けもおかしいよね~なんて話からなしくずし的に、俺と同じように「リューセントさん」って呼び方になってお腹を押さえることになっていた。基本的には〝あなた〟とか、そういう呼び方で濁しているけどね。

「アシャン。お前はもっと色々なことを知ろうとしなさい。……この人のおじいさま、この国の宰相さまだから」
「……さいしょーさま?」

 最初。最少。さいしょう。このくにの……宰相 ?? あまりにも突飛な話で漢字変換が出来なかった。え? ギギギと音が鳴るように首を横に動かすと、リューセントさんが困った顔をしながら頷いている。
 なるほど。宰相さま。そりゃ偉い人だ。王様の次に偉い人だ。

「すごい人じゃないですか!!」
「だからそういうことを最初っから確認しなさい、このバカ!!」

 ゴチンと頭に拳を受けて思わずその部分を抱えていると、向かい側から「はぁあ」と大きなため息が聞こえてきた。うん、ごめん。これは俺がバカだったよ。

「あの……そういうことをあえて教えていなかったのは私のせいなので……」
「そうかもしれませんが、だからと言って聞かなかった言い訳にはなりません。本当に、ルクウストさんに教えてもらって吐きそうになりましたからね!?」
「いやでも、私自身は家から出ていますし……母方の祖父ってだけで、父は普通の文官ですから」

 オロオロとそう説明してくれているけど、それにも兄ちゃんから物言いがついた。
 リューセントさんのお父さん、確かに文官だけど外交でそれなりの役職にいるんだって。つまり外交官? 爵位としては子爵さま。それで、一番上のお兄さんは次期宰相になることがほぼ確定。ついでにお祖父さんの跡を継いで侯爵になるんだって。へぇー……。

「すっごく偉いおうちじゃん!!」
「……だからそう言ってるだろ。お前、そんなところに嫁ぐって自覚あるか? おれは親戚付き合いなんて出来ねぇぞ」

 もっと早く教えてよって嘆きは、「お前、聞いてたら逃げただろ」って一刀両断された。うん、わかってらっしゃる。
 車酔いとは違う吐き気が湧き上がりそう。いや、吐かないけど。吐かないけど、吐きたい。

「そうなるとわかっていたから言いたくなかったんです。それに、私自身は爵位を継ぎません。子爵位を継ぐとしたらエル兄さんが妥当ですし」
「あ、だから昇進?」
「それとは別ですね。まだ祖父は健在ですし、もちろん陛下も息災ですから」

 代が変わるってことは、イコール今の王太子さまが即位するってこと。数年内にはという雰囲気らしいけど、「じゃあ明日から!」なんて話じゃないことは間違いない。

「貴族に生まれたからといっても、爵位がなければ自分で身を立てるしかないんです。そのあたりはラジェさんたちと変わらないですよ」

 継ぐあれこれの規模が違い過ぎるけどね。でも侯爵家から子爵家にお嫁入りって、よくそのお祖父さんも許したな。一番上のお兄さんを跡に据えるってことはよっぽど出来が良いか、子供が少ないかって話だろうし。

「兄一人、妹一人……その妹が私の母です。そしてその兄、私からすると伯父には子供がいないんですよ。だから一番上の兄が跡を継ぐと昔から決まっていました」
「子供、少ないんですね」
「貴族はどこもそうだと思いますが、子供が多いとそれはそれで面倒が増えますから仕方がないんです。まぁ授かり物ですし、こればっかりは……」

 うーむ、つまり骨肉の争いってやつか。その割にはお手つきが横行していたり、なんだかゴチャゴチャしてるなぁ。そんな状況じゃ庶子なんて一番の面倒になりそうなのに。

「祖父も悩んだようですが、アシャンも知ってるようにうちの家系って最愛に一直線なんですよ。親心としては唯一だけを愛してくれる父は良い物件だったようです。ちゃんと段階を踏んで、ちゃんと両想いでしたからね」

 それはそれで、これはこれなのか。貴族わっからん!!
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