一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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拗れてる両片想い

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 せっかく溜めたけど、二人とも十二分に温まっていたから湯船には浸からず……でもなんだかんだで長風呂だったみたいで、お風呂から出たら部屋のテーブルにはリューセントさんが頼んだ料理が並んでいた。
 もしかして、お風呂場のあれこれって丸聞こえだったのでは? と思ってしまったけど気にしたら負けだ。ちょっとの羞恥心より、美味しそうな料理にお腹が〝ぐぅ〟と鳴った。
 野菜とお肉をたっぷり挟んだサンドイッチに、ホカホカのコーンスープと付け合わせのフライドポテト。カップの中身は二つ、白ワインに白ブドウのジュース……リューセントさんの家では薄めた白ワインを出してくれることがあるけど、ここはジュースを飲んでおけってことなんだろうな。
 バスローブ姿で席についてひとまずは乾杯。お互いに喉を潤したところで、俺は気になっていたことをくちに出した。

「結局、リューセントさんがそこまで俺のことを……す、好きになってくれたのって、見た目なんですか?」

 マクデーヴァにそっくりってことが理由なら、うちの兄姉弟妹も似ている。特に俺と似ているのがすぐ上の兄と一番下の妹。性格は真逆だけど。

「あの……なんでそんなに、嬉しそうなんです?」

 恐る恐る向かいの席を窺うと、リューセントさんは堪えきれない喜びみたいなものを口元に宿していた。心なしか背後に花まで飛んでるように見える。
 今の質問、そんなに楽しいものじゃなかったよな? 下手すれば面倒くさいとか重いとか、そんな内容にもとれるのに……?

「うん、嬉しいよ。……だって、アシャンがそんなことを不安に思うくらい、私のことが好きだってことだろう? たぶん、出会ったばかりの頃だったら仕方ないと思って終わりだったんじゃないかな?」

 諦めとかもなく「そうですか」で終わってたよね、と言われて否定が出来ない。
 今までありがとうございました、これからも頑張ります……そんな言葉で締めくくってさよならしていたかもしれない。だから、そういう不安が俺の中に芽生えたことが不謹慎でも嬉しいんだって。

「最初は顔。イーアに似ていて可愛いなと思ったんだ。酔わせてしまったのは誤算。それだって、部屋に送り届けて終わりのつもりだった……でもアシャンがふわふわと笑いかけてくれて……ごめんね、ちょっと実験的な気持ちもあったんだよ」
「実験?」
「少し反応したから……もしかしたら治ったのかな、と。それを確かめたかった」

 えーと、二十歳からだから八年か……ピクリとも動かなかった逸物が反応しかけたなら、そりゃ必死になるかもしれない。こんなイケメンの相手が俺なのは残念だけど。

「実際に抱いてみたらアシャンは真っさらで、恥ずかしがりながら喘ぐ姿が煽情的で……」
「わー! わー!!」
「……ふふ、終わってみたら手放せなくなってた。でもね、そうやって連れ帰ったら内面もどんどん好きになったんだよ」

 朝夕の挨拶、何気ない仕草、自分を律する心、他者を敬い尊重する姿……なんだかすごく良いことを言われている気がする。

「それって当たり前じゃないですか? むしろそんなふうに言ってもらえて、こそばゆいくらいですけど」
「アシャンと同じ立場になって、同じことを出来る人間はそんなにいないと思うよ? 衣食住完備で、堕落しようと思えば出来る状態だっただろう?」

 例えば、それこそ体を使ってリューセントさんをたぶらかすとか。例えば、使用人に横柄な態度を取るとか。
 なんてったって屋敷の主人の最愛だから、金銭だって思いのまま……と聞かされてビックリした。だってそんなこと、これっぽっちも考えなかったから。

「立場は違えど、私は屋敷の皆を家族のように思っている。その皆からも愛されているのは、アシャンの過ごし方が立派だったからだよ」

 謙遜も過ぎれば卑屈になる。だからそこまで言ってもらえたことに顔を赤くしながら、「ありがとうございます」と受け取った。

「逆に、アシャンはどうして私を好きだと思ったのかな?」

 今度はワクワクした顔を隠していないリューセントさんに問い返されて、俺の思考が止まる。好きになった理由……理由??

「あの……これといったことはわからないんです。でも何かの拍子に聞こえてくるイーアって名前にモヤモヤして……」

 俺も、最初はリューセントさんの顔だった。だってすごく格好いいんだ。
 俺が流された理由の九割は、この顔のせいだと思う。でも一緒に過ごしてみて、王子様然とした見た目とのギャップに気付いた。グリーンピースが嫌いでそっとお皿の端に避けているとか、ルクウストさんとエイラさんには頭が上がらないとか。

「イーアのことは隠していたんだ。ルクウストやエイラにもそれは徹底した。……動物と似てるなんて嫌だろう?」

 変に隠されたから俺はずっとモヤモヤしたんだけどね。

「念押しになりますけど、イーアのことは……」
「ないから。親のような、姉のような、かけがえのない存在ではあったけどそれ以上でも以下でもない」
「それなら良いです。さすがに獣姦趣味があったら百年の恋も覚めてました。……あと、カティさんのことなんですけど……」

 過去の恋愛について聞くのはマナー違反かもしれない。でもこんな機会でもなければ聞けないから、思いきって聞いてみる。

「あぁ、うん……カティとは寝たけど、それもなんというか……」

 まず恋愛関係ではない。そもそも目的は別にあって、どちらかというとそっちがメイン。
 カティさんは恋愛小説が好きらしいんだけど、その中でもとりわけ〝男性同士の恋愛 物〟が好きなんだって。前世的に言うなら〝腐女子〟かな。その趣味のためにリューセントさんは協力していたとのこと。

「殆どの時間、彼女は私のデッサンをしてたんだよ」
「……リューセントさん、いい身体してますもんね」

 夜に寝室でってことから周りはそういう関係だと考えた。実際に興味本位でエッチしたこともあるから、全部が全部間違いではないという話で特に否定はしなかった、と。

「雇用主にそれをお願い出来ちゃうカティさんのメンタルがすごい……ん? でもなんでリューセントさん? デッサンがしたいならエルベルトさんもいましたよね ?? あと、一番上のお兄さんも」

 服の上からしか見てないけど、エルベルトさんだっていい身体をしてたと思う。軍人さんだし。
 それにほら、王子様系も良いけどワイルド系だって需要があるだろうし、デッサン目的ならバリエーションを増やしたほうがいい気がする。一番上のお兄さんはどんな人かわからないけど、エルベルトさんとリューセントさんを見る限り美形だろう。いや、エルベルトさんは髭モジャだったから、たぶんって感じだけど。

「私とカティは幼なじみのようなものだからね。あと……エル兄さんには言えなかったんだと思う」

 内緒だよ、と前置きして教えてくれたのは、カティさんとエルベルトさんの長年に渡る両片想い。
 ついでに、一番上のお兄さんはその頃には婚約されてたから、候補から除外だったんだって。そりゃそうだ。年もかなり離れているし嫡男だしってことで、婚約してなくても言い出せなかったかもしれないけど。

「カティの場合は初恋ってだけで、今もかどうかはわからないけどね。兄さん、嫌がらせみたいなちょっかいしか出さないから……」

 うわぁ、思った以上に拗れてた。
 せめてエルベルトさんが素直になれれば良いんだけど、ひねくれたことしか言わない ……というか、カティさんに対してはそんな言葉しか言えないみたい。小学生男子か!!

「あの、エルベルトさんっておいくつなんですか?」
「……私の三つ上」

 カティさんが一時的とはいえアレコレしたリューセントさんのおうちで働いているのは、円満に二人の関係が終わったからということの他に、エルベルトさんからの避難という意味もあったらしい。その時にはもう軍部でお仕事をしてたけど、長期のお休みとかは実家に帰省することになる。そういう時にグタグタと絡まれてたみたい。無理強いしてどうこうってことはされなくても、メンタルは削れるよね。
 辞職の意思もあったようだけど、そこで二人の接点を完全になくしてしまうよりかは付かず離れずでお互いにちょっと距離を置いて冷静に……そんな周りのお節介があってリューセントさんのおうちに来たんだと聞かされ、なんともはや。
 あ、このあたりの話はヒルダさんやティモさんは知らないらしい。当時は二人とも子供だったからね。エルベルトさんがカティさんに絡みまくるから、今はその矢印に気付いてるかもしれないけど。
 これはもうカティさんが大人になってエルベルトさんを尻に敷くか、ご両親が見合いでもなんでも押し付けて別の人と結婚させるしかないやつ。
 そんなことを考えて遠い目をしながらご飯を完食。プレートが結構な量で食べきれるかなと思っていたけど、モリモリ食べてしまった。

「良かった。最近はあまり食べていなかったから、心配していたんだ」
「ずっと食欲がなかったんですけど、あれって胸のつかえってやつだったのかも……今日はもうちょっと食べられそうです!」

 恋の悩みなんてセンチメンタルな言葉は無縁だと思っていたけど、わからないながらに心配ごとではあったんだよ。それがなくなったら食欲もちゃんと戻ってきた。
 出来ればデザートなんかを食べたいな~とリューセントさんを見ると、にこやかに小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。明らかに俺宛てだ。

「それは明日にして、今夜は私に甘いものを食べさせてくれないかな?」

 小瓶の色は黄色――えっと、精力剤? そういうのって男が飲むんじゃなかった??
 いや、俺たちは男同士だけど……その、役割的に。

「アシャンが飲まないと、途中で死んじゃうかもしれないから」

 あ、これはガチなやつ。禁欲生活の開放を俺にぶつける気満々だ。そもそもの体力が違うから、リューセントさんが本気になったら俺は腹上死待ったなしだからね。
 飢餓を抱えた獣を前に、無力な俺は小瓶の中身を一気に煽った。
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