一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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ことの真相

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 なんだか、蓋を開けてみたら呆気ない。でもだからこそ、カティさんは俺たちがすれ違ってると言っていたんだ。

「俺、イーアさんに嫉妬してました。元々リューセントさんにはイーアさんって最愛がいて、俺はその代わりで……いつか要らないって言われるんじゃないかと」
「そもそもの方向性が違うわな。つかな、アシャン……お前もう一個誤解してる。いや誤解っつーか、こいつがあえて言ってないことがある」

 言っていないこと? リューセントさんは耐えきれないとばかりに手で顔を覆っている。ちらりと見える耳も真っ赤だ。それでもジルフィスさんにせっつかれて、恐る恐るといった雰囲気でその理由をくちにした。

「まだ受け取ってもらえてないのに、家から出したくなかったんだ」
「つまりだな……あー、ここんちの人間が最愛に対して〝重い〟ってのは聞いてるか?」
「え? あ、はい」

 一途というのを言い換えれば重いという言葉になる。受け取り方次第だし、それもバランスではあると思うけど。

「こいつの一番上の兄、俺の幼なじみでもあるんだが……嫁さんとの婚約のあかしは揃いの入れ墨だ」
「思ったよりも重い!!」

 この世界にも婚約や結婚の証はある。日本みたいに指輪に限定されてないから、ネックレスだったりピアスだったりをペアで付ける。うちの親は木彫りのバングルをペアで付けていた。意匠が同じってやつ。
 取り外しが容易ではないとか、目に見えるところにつけるとかがその愛の大きさや重さの証明とされているんだ。
 たぶん、その中でかなりの重さを持つのが入れ墨……だって落とせないからね。

「アシャン、お前はこいつに軽く軟禁されてた自覚はあるか?」

 軟禁に重いも軽いもあるのかって疑問は横に置いておく。そして、それを軽々しく否定するには部屋の空気が重い。ジルフィスさんはものすごく真面目な顔だし、リューセントさんは相変わらず顔を覆っていた。

「でも俺、自分の意志で外に出てないですよ? 今日出てきたのはカティさんに背中を押されたからで……」
「それだよ。上京してきて土地勘のない人間は決まった場所や行動を好む。だから周りの人間は情報を与えてきっかけを作る。そこからそいつの興味範囲が広がっていくんだよ」

 誰しも知らない土地や場所は怖い。でも好きなことのためなら「行ってみよう」となる。それで行ってみたら、そこは知ってる場所になる。
 そうやって行動範囲を広げていくと言われて、なるほどなぁと納得した。

「いつかひとり立ちをさせるなら、いろんな情報を与えるのも手助けになるんだ。それをあえて制限することで、お前は外に出ようという意思を知らずに失った……元から手放すつもりなんてさらさらねぇんだよ、こいつは」
「……ごめん」

 その謝罪はつまりは肯定ってこと。
 でもそれを酷い仕打ちとは言えなかった。なんだろう。自分でも不思議なんだけど、一番近いのは〝ほだされた〟ってことかもしれない。
 俺がずっと感じていた違和感、胸の痛み。それは裏を返せば寂しさ……イーアの代わりって思えば思うほど、つらくて悲しくて、なんで俺じゃないの? と理不尽に思っていたその根底にあるもの。

「俺、リューセントさんのこと……好きです」

 最初はたぶん、その場の勢い。そこからも流されていたのは間違いない。ただそんな俺でも、本当に悪い人が相手なら逃げる。だってまだ死にたくないし、楽しく生きていたいから。
 リューセントさんのお家で俺は大事にされてた。みんなが仲良く接してくれてた。それはリューセントさんが優しくて良い人だからだ。

「アシャン……!」
「でもそれはそれとして俺も手に職を持ちたいです。別れた後とかの悪い意味じゃなくて、胸を張ってリューセントさんの隣に立つために」

 なんとなくだけど、ジルフィスさんの前で宣言しとかないとまた流されてお家から出れなくなりそうだし、しっかりと伝えておこう。
 今までの生活でも不自由は感じてないけど、前向きにこれからを考えた先でリューセントさんに依存した関係にはなりたくない。

「よく言った! ――ってことでリュー、こいつうちの補佐にするから」
「ジル!?」
「こいつの計算能力やべぇもん。文字は苦手って言ってたけど基本はわかってるし、読みやすい字も書ける。難しい単語は追々覚えていけばいい。下手な職場で働くより、ここで俺の補佐ってことにしときゃ変な虫もわかねぇから安心だろ?」

 あのリコが太鼓判押してるんだぞ、と駄目押ししてるけど、リコさんは本当にどういう立場の人なんだ。影の支配者とか??

「休みだってお前と同じにしていい。勤務時間は……同じってことには出来ねぇな。リコと同じにしとくか。そしたら帰りに家まで送ってやれるし」

 一人で帰れるという俺の意見は二人がかりで「駄目」と一刀両断された。明るい内に帰るとしてもそこは王都、不慣れな人間は犯罪に巻き込まれることがあるから……というのがその理由。そこで撃退出来る腕力や逃げるための脚力があれば別だけど、俺の場合は十中八九で巻き込まれると言われてしまった。
 つまり、リコさんはそれを撥ね退けられるだけの実力を持ってるということ。いやほんと、リコさんって何者?

「図鑑あったよー!」
「おー、こっちもアシャンの勤務について詰めてるとこだ。こまけぇことは俺らで決めるから、リコはこいつにマクデーヴァを説明してやれ」
「うっそ! マジで? ジル、愛してる!!」

 ババーンっとドアを開けたリコさんにそう言われた瞬間、俺は見てしまった。ジルフィスさんのヤニ下がったデレデレの顔を……え? そういうこと??

「はい、アシャンくん。これが図鑑ね。えーっと……マクデーヴァは、これ。ね? 似てるでしょ?」

 分厚い図鑑――こんな本、田舎にあるわけがないってくらい立派なやつ――を開いて見せてくれた噂のマクデーヴァ。それを見て否が応でもわかってしまった。

「似てます……ね……」

 不細工ではない。愛くるしいとまでは言わないけど、愛嬌のある顔をしてる。のぺっとした毛並み、タレ気味な耳、目鼻は小ぶりで、日本の動物園で見たカワウソやアシカ、それにカピバラを全部混ぜたような動物の、眠そうな表情が描かれていた。

「大きさはこのくらいで、人懐っこいんだよ」

 腕を使って見せてくれたサイズは大型犬くらいか。あ、もちろんこの世界にも犬や猫はいる。馬も牛も鹿もいる。

「懐き過ぎるから番犬にはならないけど」

 ならないんだ。
 そしてめちゃくちゃ食べるらしい。そりゃ食うに事欠くような田舎にいるわけがないよ。貴族向けの愛玩動物というのも納得な生き物だった。

「なんか……俺を抱き枕にしてリューセントさんが寝てた理由がわかる気がします」
「あぁ……うん」

 自分に例えると自意識過剰な気がするけど、マクデーヴァって癒し系っぽい。好きなことは昼寝らしいし。動物がへそ天で寝てる姿って可愛いよね。

「仕事の話ができるようになったってことは、関係も進展したのかな?」
「う、ぇ……あの……」
「ここの職場、事務局の人間も隊員も全部ひっくるめて職場恋愛が多いんだよね。だから心配しなくて大丈夫。リューセントのツレってことでやっかみは……なくはないかもしれないけど、それよりは珍獣扱いになるかなぁ? なにかあれば僕やジルに言ってくれれば〆るから」

 にっこり笑いながら手元で何かをキュッと絞る動作。お仕置きなんてレベルじゃなく、物理的に首を絞めるよってことかな。

「後でリューセントのところの隊員たちにも挨拶してあげてね」

 リコさんやジルフィスさんじゃなく、なるべく部下の人たちに助けを求めようと決意した。それで駄目そうなら……その時はその時ってことで。
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