一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

文字の大きさ
上 下
8 / 28

いろいろ迷子

しおりを挟む
「ぼっちゃん、少々お口が過ぎておりますよ? ――アシャン、カティ、ここは代わるからもう大丈夫」

 配膳カートを押しながら現われたエイラさんにそう声を掛けられて、俺もカティさんもほっと息を吐いた。注意をされたエルベルトさんは少しふてくされている雰囲気だったけど、俺もカティさんもそれを横目にして部屋を出る。
 後ろで「そういうことをしているからカティから嫌われるんですよ」って声が聞こえたけど、どういうことだろう。

「アシャン」
「あ、はい!」
「エルベルトさまの仰っていたことは事実です。私とリューセントさまは身体の関係がありました」

 俺の目を見て、カティさんが宣言した。それは嘘偽りなく、そしてそれを後悔していない人の姿……だから俺も「はい」と裏表なく頷くことが出来た。

「ただそれも、恋情を持ってのものではありません。一夜限り……というには夜を重ねすぎましたが、今はそれも良い思い出です。だからアシャン、胸を張ってください」
「でも、俺……」
「リューセントさまは強引にアシャンを連れてきたことを、少しだけ後悔しておいでです。だから私たちに口止めをして、少々お仕事を詰め込まれております。……アシャンから歩み寄っていただけませんか? このままでは、あなたもリューセントさまもすれ違ってしまうように思うんです」

 俺が相談するより前に、カティさんは俺の不安に気付いているようだった。
 イーアさんのことはわからない。
 でもそんな大事な人が亡くなってしまったことで、リューセントさんの心は文字通りぽっかりと穴が開いてしまったんだろう。その結果が勃起不全。巡り巡って俺はそれに助けられて……ると言い切れないけれど、でもそれがなければ出会わなかった。今みたいに皆さんに助けてもらえることもなかった。

「うん、俺……ちょっと行ってきますね」
「はい。いってらっしゃいませ、アシャン。リューセントさまをよろしくお願いいたします」

 カティさんの微笑みに勇気をもらって、俺は王都に来て初めてリューセントさんの家を出た。意気揚々と、出て、そして……そして……。

「迷った」

 王都の大通りで迷子。ヒルダさんに小道には入らないほうが良いと聞いていたから、そこに入ることはしなかった。だから迷わないと思っていた。
 王都だから王城はドンと建ってるしそれを見失うことはないけど、人や建物で埋まってしまうと見えなくなる。

「たしか……お城の東側って聞いてたんだけど……」

 東も広い。そりゃそうだ、王都が広いんだから。ついでに人通りも多いし、荷馬車は走っているし、あっちにフラフラこっちにフラフラとしていたら自分がどこにいるのかわからなくなった。

「人が多すぎて太陽の位置も見えないし」

 せめて目印になる建物がお城以外にあれば良かったんだけど。
 キョロキョロと周りを見渡しても知り合いなんてもちろんいない。でもそう思っていたのは俺だけだったようで、背後から「きみ、ウォルズ隊長のところの子だよね」と声を掛けられた。

「渡りに舟!」
「わたり? なんかよくわからないけど、どうしたの? 迷子?」

 何回かリューセントさんが遅くなるって伝言を持って来てくれてた隊員さん。ちらっと顔を合わせただけなのによく覚えていたなと思ったら、顔や名前を覚えるのは得意なんだそうだ。
 ついでに俺の目的地が詰め所と言ったら送ってくれることになった。ありがたい。

「今夜は早く隊長を帰してくれると、俺たちとしてもありがたいんだよね」
「えーっと?」
「やっぱさ、上が帰らないと下っ端も帰りにくいじゃん?」

 なんで詰め所に行くの? 用事は? なんて流れから、リューセントさんとちょっと腹を割って話したいってことを伝えると「あー、それでかー」なんて言葉と共に教えてくれた。

「隊長さ、家柄も良いし見た目もあれだから、めちゃくちゃモテるのよ。ほんと、俺ら下っ端が嫉妬も出来ないくらい。でも絶対に告白にもお誘いにもなびかなかったのに……」

 そして教えてくれた、あの日のちょっとだけ前の話。
 仕事終わりに告白をされたリューセントさんはいつものごとく「ごめんなさい」をして、隊員の皆さんも「やれやれ」って感じで仕事上がりの一杯をあの宿屋の一階で楽しもうとしたんだって。で、空いてるテーブルを探した時にカウンターの端っこに座っていたのが俺。
 リューセントさん、そのままフラフラっと俺の隣に腰掛けたっていうので隊員の皆さんはドン引き。なんせ色恋とは縁遠い隊長がモサい俺へ親しげに声を掛けたんだから、そりゃビックリするよね。
 様子を見ていたら俺が酔い潰れて、部下には「この子を介抱するから」なんて言って宿屋の二階に上がっていって……この世界だからそんなの〝あれこれするから先に帰って〟と同意義だ。そこでまた皆さんドン引き。うん、俺もドン引きすると思う。

「休み明けはね、そりゃ休みの分だけ仕事って溜まってるから、定時で上がれないことも多いんだけど……ウキウキしながら残業していたのは最初の三日くらい。その後はなんというか鬼気迫る勢いっていうか最近はそれがさらに悪化してるというか……とりあえず俺たちは仕事がしにくい!」

 リューセントさん、たしかに三交代制で事務仕事もあるらしいけど、それはそれとしてなるべく定時に帰る人なんだって。なのに俺が転がり込んでから、最初のうちは楽しそうにしてたのがどんどん暗くなり仕事も抱え込むようになって……そりゃ部下としては仕事がしにくいよ。
 そろそろその上の役職に相談するか? ってタイミングだったから、色恋沙汰が原因なんだったら職場に部外者を入れることだって問題ない! と言ってくれるのはありがたいけど、職務としてそれはどうなんだろう?
しおりを挟む
――匿名での感想や絵文字も受付中です――
wavebox
感想 0

あなたにおすすめの小説

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる

琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。 落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。 異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。 そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──

ちょっとおかしい幼馴染

すずかけあおい
BL
タイトル通りですが、ちょっとおかしい幼馴染攻めを書きたかったのと、攻めに受けを「ちゃん」付けで呼んで欲しくて書いた話です。 攻めが受け大好きで、受けも攻めが好きです。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

処理中です...