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いろいろ迷子
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「ぼっちゃん、少々お口が過ぎておりますよ? ――アシャン、カティ、ここは代わるからもう大丈夫」
配膳カートを押しながら現われたエイラさんにそう声を掛けられて、俺もカティさんもほっと息を吐いた。注意をされたエルベルトさんは少しふてくされている雰囲気だったけど、俺もカティさんもそれを横目にして部屋を出る。
後ろで「そういうことをしているからカティから嫌われるんですよ」って声が聞こえたけど、どういうことだろう。
「アシャン」
「あ、はい!」
「エルベルトさまの仰っていたことは事実です。私とリューセントさまは身体の関係がありました」
俺の目を見て、カティさんが宣言した。それは嘘偽りなく、そしてそれを後悔していない人の姿……だから俺も「はい」と裏表なく頷くことが出来た。
「ただそれも、恋情を持ってのものではありません。一夜限り……というには夜を重ねすぎましたが、今はそれも良い思い出です。だからアシャン、胸を張ってください」
「でも、俺……」
「リューセントさまは強引にアシャンを連れてきたことを、少しだけ後悔しておいでです。だから私たちに口止めをして、少々お仕事を詰め込まれております。……アシャンから歩み寄っていただけませんか? このままでは、あなたもリューセントさまもすれ違ってしまうように思うんです」
俺が相談するより前に、カティさんは俺の不安に気付いているようだった。
イーアさんのことはわからない。
でもそんな大事な人が亡くなってしまったことで、リューセントさんの心は文字通りぽっかりと穴が開いてしまったんだろう。その結果が勃起不全。巡り巡って俺はそれに助けられて……ると言い切れないけれど、でもそれがなければ出会わなかった。今みたいに皆さんに助けてもらえることもなかった。
「うん、俺……ちょっと行ってきますね」
「はい。いってらっしゃいませ、アシャン。リューセントさまをよろしくお願いいたします」
カティさんの微笑みに勇気をもらって、俺は王都に来て初めてリューセントさんの家を出た。意気揚々と、出て、そして……そして……。
「迷った」
王都の大通りで迷子。ヒルダさんに小道には入らないほうが良いと聞いていたから、そこに入ることはしなかった。だから迷わないと思っていた。
王都だから王城はドンと建ってるしそれを見失うことはないけど、人や建物で埋まってしまうと見えなくなる。
「たしか……お城の東側って聞いてたんだけど……」
東も広い。そりゃそうだ、王都が広いんだから。ついでに人通りも多いし、荷馬車は走っているし、あっちにフラフラこっちにフラフラとしていたら自分がどこにいるのかわからなくなった。
「人が多すぎて太陽の位置も見えないし」
せめて目印になる建物がお城以外にあれば良かったんだけど。
キョロキョロと周りを見渡しても知り合いなんてもちろんいない。でもそう思っていたのは俺だけだったようで、背後から「きみ、ウォルズ隊長のところの子だよね」と声を掛けられた。
「渡りに舟!」
「わたり? なんかよくわからないけど、どうしたの? 迷子?」
何回かリューセントさんが遅くなるって伝言を持って来てくれてた隊員さん。ちらっと顔を合わせただけなのによく覚えていたなと思ったら、顔や名前を覚えるのは得意なんだそうだ。
ついでに俺の目的地が詰め所と言ったら送ってくれることになった。ありがたい。
「今夜は早く隊長を帰してくれると、俺たちとしてもありがたいんだよね」
「えーっと?」
「やっぱさ、上が帰らないと下っ端も帰りにくいじゃん?」
なんで詰め所に行くの? 用事は? なんて流れから、リューセントさんとちょっと腹を割って話したいってことを伝えると「あー、それでかー」なんて言葉と共に教えてくれた。
「隊長さ、家柄も良いし見た目もあれだから、めちゃくちゃモテるのよ。ほんと、俺ら下っ端が嫉妬も出来ないくらい。でも絶対に告白にもお誘いにもなびかなかったのに……」
そして教えてくれた、あの日のちょっとだけ前の話。
仕事終わりに告白をされたリューセントさんはいつものごとく「ごめんなさい」をして、隊員の皆さんも「やれやれ」って感じで仕事上がりの一杯をあの宿屋の一階で楽しもうとしたんだって。で、空いてるテーブルを探した時にカウンターの端っこに座っていたのが俺。
リューセントさん、そのままフラフラっと俺の隣に腰掛けたっていうので隊員の皆さんはドン引き。なんせ色恋とは縁遠い隊長がモサい俺へ親しげに声を掛けたんだから、そりゃビックリするよね。
様子を見ていたら俺が酔い潰れて、部下には「この子を介抱するから」なんて言って宿屋の二階に上がっていって……この世界だからそんなの〝あれこれするから先に帰って〟と同意義だ。そこでまた皆さんドン引き。うん、俺もドン引きすると思う。
「休み明けはね、そりゃ休みの分だけ仕事って溜まってるから、定時で上がれないことも多いんだけど……ウキウキしながら残業していたのは最初の三日くらい。その後はなんというか鬼気迫る勢いっていうか最近はそれがさらに悪化してるというか……とりあえず俺たちは仕事がしにくい!」
リューセントさん、たしかに三交代制で事務仕事もあるらしいけど、それはそれとしてなるべく定時に帰る人なんだって。なのに俺が転がり込んでから、最初のうちは楽しそうにしてたのがどんどん暗くなり仕事も抱え込むようになって……そりゃ部下としては仕事がしにくいよ。
そろそろその上の役職に相談するか? ってタイミングだったから、色恋沙汰が原因なんだったら職場に部外者を入れることだって問題ない! と言ってくれるのはありがたいけど、職務としてそれはどうなんだろう?
配膳カートを押しながら現われたエイラさんにそう声を掛けられて、俺もカティさんもほっと息を吐いた。注意をされたエルベルトさんは少しふてくされている雰囲気だったけど、俺もカティさんもそれを横目にして部屋を出る。
後ろで「そういうことをしているからカティから嫌われるんですよ」って声が聞こえたけど、どういうことだろう。
「アシャン」
「あ、はい!」
「エルベルトさまの仰っていたことは事実です。私とリューセントさまは身体の関係がありました」
俺の目を見て、カティさんが宣言した。それは嘘偽りなく、そしてそれを後悔していない人の姿……だから俺も「はい」と裏表なく頷くことが出来た。
「ただそれも、恋情を持ってのものではありません。一夜限り……というには夜を重ねすぎましたが、今はそれも良い思い出です。だからアシャン、胸を張ってください」
「でも、俺……」
「リューセントさまは強引にアシャンを連れてきたことを、少しだけ後悔しておいでです。だから私たちに口止めをして、少々お仕事を詰め込まれております。……アシャンから歩み寄っていただけませんか? このままでは、あなたもリューセントさまもすれ違ってしまうように思うんです」
俺が相談するより前に、カティさんは俺の不安に気付いているようだった。
イーアさんのことはわからない。
でもそんな大事な人が亡くなってしまったことで、リューセントさんの心は文字通りぽっかりと穴が開いてしまったんだろう。その結果が勃起不全。巡り巡って俺はそれに助けられて……ると言い切れないけれど、でもそれがなければ出会わなかった。今みたいに皆さんに助けてもらえることもなかった。
「うん、俺……ちょっと行ってきますね」
「はい。いってらっしゃいませ、アシャン。リューセントさまをよろしくお願いいたします」
カティさんの微笑みに勇気をもらって、俺は王都に来て初めてリューセントさんの家を出た。意気揚々と、出て、そして……そして……。
「迷った」
王都の大通りで迷子。ヒルダさんに小道には入らないほうが良いと聞いていたから、そこに入ることはしなかった。だから迷わないと思っていた。
王都だから王城はドンと建ってるしそれを見失うことはないけど、人や建物で埋まってしまうと見えなくなる。
「たしか……お城の東側って聞いてたんだけど……」
東も広い。そりゃそうだ、王都が広いんだから。ついでに人通りも多いし、荷馬車は走っているし、あっちにフラフラこっちにフラフラとしていたら自分がどこにいるのかわからなくなった。
「人が多すぎて太陽の位置も見えないし」
せめて目印になる建物がお城以外にあれば良かったんだけど。
キョロキョロと周りを見渡しても知り合いなんてもちろんいない。でもそう思っていたのは俺だけだったようで、背後から「きみ、ウォルズ隊長のところの子だよね」と声を掛けられた。
「渡りに舟!」
「わたり? なんかよくわからないけど、どうしたの? 迷子?」
何回かリューセントさんが遅くなるって伝言を持って来てくれてた隊員さん。ちらっと顔を合わせただけなのによく覚えていたなと思ったら、顔や名前を覚えるのは得意なんだそうだ。
ついでに俺の目的地が詰め所と言ったら送ってくれることになった。ありがたい。
「今夜は早く隊長を帰してくれると、俺たちとしてもありがたいんだよね」
「えーっと?」
「やっぱさ、上が帰らないと下っ端も帰りにくいじゃん?」
なんで詰め所に行くの? 用事は? なんて流れから、リューセントさんとちょっと腹を割って話したいってことを伝えると「あー、それでかー」なんて言葉と共に教えてくれた。
「隊長さ、家柄も良いし見た目もあれだから、めちゃくちゃモテるのよ。ほんと、俺ら下っ端が嫉妬も出来ないくらい。でも絶対に告白にもお誘いにもなびかなかったのに……」
そして教えてくれた、あの日のちょっとだけ前の話。
仕事終わりに告白をされたリューセントさんはいつものごとく「ごめんなさい」をして、隊員の皆さんも「やれやれ」って感じで仕事上がりの一杯をあの宿屋の一階で楽しもうとしたんだって。で、空いてるテーブルを探した時にカウンターの端っこに座っていたのが俺。
リューセントさん、そのままフラフラっと俺の隣に腰掛けたっていうので隊員の皆さんはドン引き。なんせ色恋とは縁遠い隊長がモサい俺へ親しげに声を掛けたんだから、そりゃビックリするよね。
様子を見ていたら俺が酔い潰れて、部下には「この子を介抱するから」なんて言って宿屋の二階に上がっていって……この世界だからそんなの〝あれこれするから先に帰って〟と同意義だ。そこでまた皆さんドン引き。うん、俺もドン引きすると思う。
「休み明けはね、そりゃ休みの分だけ仕事って溜まってるから、定時で上がれないことも多いんだけど……ウキウキしながら残業していたのは最初の三日くらい。その後はなんというか鬼気迫る勢いっていうか最近はそれがさらに悪化してるというか……とりあえず俺たちは仕事がしにくい!」
リューセントさん、たしかに三交代制で事務仕事もあるらしいけど、それはそれとしてなるべく定時に帰る人なんだって。なのに俺が転がり込んでから、最初のうちは楽しそうにしてたのがどんどん暗くなり仕事も抱え込むようになって……そりゃ部下としては仕事がしにくいよ。
そろそろその上の役職に相談するか? ってタイミングだったから、色恋沙汰が原因なんだったら職場に部外者を入れることだって問題ない! と言ってくれるのはありがたいけど、職務としてそれはどうなんだろう?
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