一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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蛮族登場

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 最近、俺は変だ。
 なんとなく顔を合わせるのが嫌で、好きに過ごしていいと言われたことを免罪符に早寝早起きをして極力リューセントさんと会話する機会を避けている。朝の挨拶とか、どうしようもないことはあるけど。
 たまに寝ぼけたリューセントさんが夢うつつに「イーア」と俺を撫でながら呟くから、なんでか胸が苦しくて泣きそうになる。
 俺、なんかの病気にでもなったんじゃないかな。こんなに胸が痛いのはおかしいと思うんだ。

「アシャンさま?」
「あっ、はい。……ごめんなさい、もうお腹がいっぱいで」

 リューセントさんが心配するから朝ご飯はなんとか詰め込んでるけど、昼と夜、そしてオヤツが食べられない。あんなに嬉しかった甘味も、なんとなく味気なくて出さないでもらってる。
 今もルクウストさんに見とがめられたけど、謝罪とともにそう言って諦めてもらった。

「何かあったんですか?」
「カティさん……いえ、なんでもないですよ」

 へらりと笑ったのに、同席しているカティさん、ルクウストさん、そしてエイラさんの顔が曇る。
 病気かもしれないけど確定ではない。熱もないし、ちょっと胸が痛くてちょっと食欲がないくらいだから、俺としてはもう少し様子見をしたい。でもルクウストさんもエイラさんも、ちょっと相談しただけで大騒ぎしそうだから悩ましい。
 カティさんならちょうど良い距離感で相談に乗ってくれるだろうか。思わずじぃっと見つめてしまうと、カティさんの目が泳ぐ。それに慌てて「他意はないですよ」と伝える前に、玄関先がザワついた。

「?」
「おや、今日の来客はないはずですが……」
「見て参ります」

 サッと口元を拭いたカティさんがキッチンスペースから出て行って、ルクウストさんとエイラさんもササッと茶器や応接室の準備を始める。俺? 俺はルクウストさんに「これだけは食べてくださいね」と出されたスモモを口に入れた。

「よーぅ、邪魔すんぞー!」
「!?」

 噛んでる途中のスモモを思わず飲み込んでしまう大音量。あ、やばい。気管に入った。

「げほっ、けほ……んっ、んん」
「アシャン様、大丈夫ですか? ――エルベルトさま、いくらご兄弟とはいえ他家へ勝手に入るのは感心いたしません」

 背中をさすってくれるルクウストさんが侵入者にそう言ったけど、相手はそれを右から左へ聞き流すように笑っている。

「カティにもそう言われたが、勝手知ったる弟の家でわざわざ先触れなんて出すかよ。めんどくせぇ」

 二人の会話に〝兄弟〟〝弟〟と出て来たことから、この人はリューセントさんの二人いるお兄さんのうちのどちらかなんだろう。因みに、歳の離れた妹もいると聞いている。
 リューセントさんは王子様系だけどこの人は……なんだろう、蛮族? いや、恩人のお兄さんにそんな言葉を当て嵌めちゃいけないけれど。だって服装はカッチリとしたモスグリーンの詰め襟を着てるのに、それを台無しにしている風貌なんだ。
 赤茶の髪はボサボサ、頬に古傷、瞳はリューセントさんより濃い青色で目尻がキリッとつり上がっている。あと、髭。伸ばしっぱなしで失礼だけど清潔感なんて皆無。
 そのつり上がった眼差しが俺を射貫いて、一瞬の間――「あ、」とか「えっ」なんて単語を口にするより早く、その人が俺を抱き上げた。

「ふーん? これがリューの最愛かぁ」
「! ……っ!!」

 座りながら見上げた時も大きかったけど、抱き上げられてしまうとさらに大きいことがわかる。多分、リューセントさんより十五センチは大きい。俺とリューセントさんで十センチ違うから、この人とは三十センチ近く違うことになる。そんな人に抱き上げられて、ついでに高い高いと……。

「た、高い高い! 怖い怖いぃいい!!」
「エルベルトさま、ひとまずアシャンを降ろしてください!」
「ほーら、高ーい高ーい」
「坊ちゃん! 悪ふざけが過ぎます! あぁ! アシャンが目を回して!?」
「アシャンさま、しっかり!」

 そんなてんやわんやを聞きながら、俺の意識はフェードアウト――……次に目が覚めたのは、普段は立ち入らない応接室のソファーの上だった。
 俺に恐怖の高い高いをした人は向かいの席にどっかりと腰掛けて、怒濤どとうの勢いでご飯を食べていた。エイラさんお手製の蒸しパンに、山盛りのジャガイモとベーコンを炒めたやつ、それに卵を何個分? ってくらいたっぷり使ったスクランブルエッグとどんぶりサイズのお皿に載ったサラダ……先ほどまで着ていた詰め襟は脱いでしまっているから、まさに山賊や盗賊といった様相。だってすでに空になったお皿が積み上がっているんだもん。どんだけ食べるんだよ。

「ん? 起きたか?」
「……また寝てもいいですか?」
「話し相手になってくれよ。エイラもルクウストも配膳だけしてどっか行っちまったんだ」

 そりゃそんだけ食べてれば、あの二人は調理と配膳で手一杯になるだろう。
 テーブルの横でお茶くみマシーンと化しているカティさんに助けを求めるが、この人をチラリと見てから首を振られてしまった。
 つまりこの山賊さんとは話をしたくない、と。雇い主へ連なる相手にその態度はどうなんだろう? と思っても口には出さない。なぜなら山賊さんがそれを良しとしているからだ。

「さっきはちゃんと話せなかったからな。リューセントのすぐ上の兄、エルベルトだ。よろしくな」
「あぁ、えっと……アシャンと言います。よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げると、向かい側から伸びた手が俺の頭をグリグリと撫でた。ちょっと力が強いけど、たぶん悪い人ではない……?

「んで? お前がリューの最愛なんだろ? ――あいつ、ほんっとにイーアが好きすぎねぇ? なぁ、カティ」

 訂正、悪い人ではないけどデリカシーがない。聞かれたカティさんがものすごく困っている。
 あの時のヒルダさんとティモさんと同じ、なんともいえない気まずさをカティさんが醸し出しているけどエルベルトさんはお構いなしだった。

「毛色も顔も、イーアそっくり! たしかにリューのイーア好きには家族全員呆れたモンだが、だからってよくここまで似てるのを連れてきたモンだ。これも執念かねぇ……勃起不全が治ったっつっても、今度は家に帰りたくなくて仕事詰め込んでるんだろ? なんであんな両極端なんだろうな、うちの弟は」

 悪気はない、んだと思う。思いたい。
 でもエルベルトさんの口から出てくる言葉が、俺にガツガツ突き刺さってくる。そんなに俺はイーアさんに似てるんだ。しかもリューセントさんは自分の家に帰りたくなくて仕事しまくってるんだ。へぇ。

「イーアが死ぬまで入れ食いだったじゃねぇか。そりゃ俺も人のことは言えねぇけどさ ……カティだってそれで捨てられたクチだろ?」
「っ、私は! ……私は、それも仕方のないことだと思っておりますし、アシャンがリューセントさまと出会ったことは運命だと思っています。それくらい、あの時のリューセントさまの落ち込みも酷かったですから。――アシャン、だからそんな顔をしないで?」

 どんな顔をしているんだろう。わからないけど、カティさんが心配になるような顔をしているんだと思う。なにを言えばいいのか、どう取り繕っていいのか、わからない気持ちの助け船は俺の背後から聞こえた。
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