一夜の過ち……え? 違う?

宮野愛理

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勃起不全の理由

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 あの日――宿屋の一階で夕飯を食べていた俺をリューセントさんがナンパしたらしい。残念ながら覚えていないから、後々教えてもらったんだけど。
 ナンパとも言い切れないただの声掛けで、自己紹介をしてから「出会いの記念に」と蒸留酒を奢ってくれたんだそうだ。
 俺はその時が初めての飲酒で見事に酔っ払った。それを介抱してくれた結果があの朝に繋がっている。
 だからファーストキスも処女(?)喪失も全く記憶にないんだけど、あそこが切れたりはしていなかった。つまり、リューセントさんはそれなりに経験があるってこと。男同士は大事故に繋がることもあるって三番目の兄ちゃんが言っていたし、俺もそれはそうだろうなと思うし。

「ん? それがなんで勃起不全??」
「あー……やっぱりそれ、気になるよね」
「私たちもよくは知らないのよ。まだ子供だったし。……ただ、それなりに遊んでた旦那さまがピタッと夜遊びを止めて、貴族なのに騎士隊の警備部に入隊したの」

 ひとくちに騎士隊といっても、リューセントさんが所属するのは警備部。ここは一般人が多くて、前世で例えるなら警察みたいな仕事が主だ。
 貴族が多い近衛部は王族や要人の警護、軍部はそれこそ戦闘がメインだとか。
 俺の住んでいた村は国境沿いじゃないし他国との小競り合いなんて遠い世界の話だったけど、あるところにはあるからね。
 俺からしたらどの部署でも凄いとしか思えないけど、貴族で警備部っていうのはあんまり多くないみたい。日本的に言うなら警察組織のキャリア組とたたき上げ組みたいな話なのかな。

「まぁ貴族なのに子を成せないなら、そっちに進むのもありらしいけど」
「男同士でも子供は作れないですよ?」
「でも姻戚いんせきは結べるでしょ? 貴族って、そういう横の繋がりも大事なのよ」

 知らない世界が過ぎる。ついでに言えば、そういう男同士や女同士の結婚でも、双方が同意していたら愛人なんかの不貞行為も許されるとか……マジか。

「そんな中で、ウォルズ家は運命を見定めたらその人だけだから狙い目なのよね」

 わぁ……とっても明け透け。リューセントさんのご両親も既に結婚しているご長男さんも、運命ただ一人ってことで不貞行為なんてあり得ない。次男さんはまだ結婚されてないってことだけど、たぶん同じだろうと予想されているみたい。なんせお祖父さんたちもそうだったらしいから。
 もちろん、運命を決めるまでは一通り遊ぶというこの異世界では一般的な仕様もあり。
 他のおうちではメイドや御者、庭師、なんでもござれでお手つきがあるんだって。だから内情を知ってる人は、ぜひともウォルズ家で働きたいそうだ。あんまり求人を出さないみたいだけど。
 そりゃこんだけ安定した職場なら、退職者だって少ないもんね。この世界に定年って概念はないし。

「アシャンは運が良かったよ?」
「二重の意味でね! 変なやつに捕まってたら、二束三文で売られてたわ」

 二人が口々にそう言ってきて、俺としても「確かに」と唸るしかなかった。リューセントさんはそれも見越していたのかもしれない。
 一人頷きながら花壇の土を掘り起こす。スコップでザクザクっと拳一つ分くらいの穴を掘って、控えている苗の根っこを切らないように付いてる土ごと収める。間隔を開けて、同じことを繰り返すのを……あ、ミミズ。殺さないように、これまた土ごとスコップに盛って、今日掘らない箇所まで移動させて花壇の中に隠した。

「で? で?」
「はい?」
「どうなのよ、旦那さまのアレは! 優しいの? それともねちっこい??」

 目の前の作業に没頭してたから、聞かれた言葉の意味が頭に入ってこない。アレとは?

「そのわりにはシーツがきれいなのよね……掃除が楽だから良いけど」

 そこまで言われて顔に火が灯った。それを見たヒルダさんが「や~ん、初心うぶ!」と笑うけど、アレってアレね !? エッチなことだね ?? エッチ……なんと、あれだけ熱烈な夜と朝を過ごしたリューセントさんだけど、ここにお世話になってからはなにもない。ハグとか、頭なでなでとか、ほっぺにチューはあるけど、でもそれだけ。

「お風呂場でとか? でもそれってアシャンの体が辛くない? 言えないならルクウストさんから言ってもらおうか??」

 お風呂は時間が合えば毎回入ってる。二人で。それもなんというか、淫靡な感じがしない健全なやつ……それこそ背中を流すとかそんな感じで、局部は自分で洗っているからいやらしさなんて微塵もない。

「エッチ……してない」

 初日に身構えたわりには平和な毎日を過ごしていた。
 夜はリューセントさんの希望通り、俺自身はだいたい決まった時間に寝ている。
 辞退しきれなかったリューセントさんの隣の部屋で。お互いの部屋の間にあるドアは一応機能してるけど、それもエッチ目的じゃない。

「でも毎晩一緒に寝てるわよね?」

 健全に。健やかに。俺を抱き枕にして、リューセントは寝ている。

「なんか熟睡出来るみたいですよ」

 それだけ疲れてるってことなのかもしれない。夢うつつで「おかえりなさい」と言っているような、いないような……朝起きたら目の前にリューセントさんがいて「おはようございます」「おはよう」と言い合って、それで毎日が開始される。
 あの時に〝身売り〟だなんだと言っていたのが冗談だったんじゃないかと思っている。それくらいなんにもない。

「うーん……それってさ、なんていうか……」

 というか、二人とも花の移動をさせようよ。
 この花はティモさんが別の場所で育てたやつで、花が見頃になる前に植え替えをしているんだそうだ。今日は玄関先の一番目立つ花壇だね。本邸のほうではそれこそ温室みたいな規模で花を咲かす準備をしていて、花壇だってそこらじゅうにあるから庭師もティモさんのお父さん以外に何人もいるらしい。それとは別にバラ園なんかもあるみたいで、想像するだけでとんでもない。
 この別邸は規模も大きくないしお茶会なんかのイベントもないから、かなり緩く働いてると前に言っていた。その分、人手は少ないけどね。

「ヒルダ、なんか思い出さない?」
「あー……うん。そういえば旦那さまが夜遊びしなくなったのって……」

 五株を植え替えたところで立ち上がって腰を伸ばす。ルクウストさんの言っていたとおり、ちょっと暑くなってきた。

「……イーアが死んでから、だったよね」

 ふぅ、と深呼吸をしたタイミングで聞こえてきた名前。〝イーア〟……その名前、聞き覚えがある。俺を抱き枕にしたリューセントさんが、たまに言うことがあったから。

「イーアって、誰ですか?」
「……」

 無言。二人揃って俺から視線を外した。
 明らかになにかを隠している。でも、それをさらに問おうとしたところにルクウストさんが来て「冷たいお茶を用意しましたよ」と声を掛けられた。すると二人は天の助けとばかりに駆け寄ってしまう。

「アシャンさま? どういたしましたか?」
「……あ、すみません。ちょっとボーッとしてたみたいで」
「それはいけませんね。日陰で少しおやすみください。――二人は別ですよ。それを飲んだらサッサと仕事に戻りなさい!」

 イーア……女性の名前。そして死んでしまった人。
 ルクウストさんに聞けば教えてくれるかもしれない。でも聞けなかった。なんとなく、胸が痛いのはどうしてだろう?
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