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毎日コツコツ
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ちょっと身構えた新生活だけど、言うほど危険な状況にはならず――なって欲しいのかと聞かれたら、それはそれで答えづらい――というよりも、リューセントさんにそんな暇がないまま三ヶ月が過ぎた。
王都の騎士隊、本人も言っていたけどその仕事は多岐に渡る。しかも三交代制で夜勤だってある。早番、遅番、夜勤、そして休み。基本はこのルーティーンの繰り返しだけど、リューセントさんは分隊長ということもあって通常業務の他に事務作業も加わるから拘束時間も長い。
日本のような残業代もないしね。あ、分隊長っていうのはこの国では〝班長〟くらいで、直属の部下が六人いるらしい。隊長ってつくけど、本当の隊長はもっと上の役職だって。
そしてリューセントさん以外は事務仕事が壊滅的とのこと。俺は事務作業は結構好きだから、部外者が見ても良いような書類なら手伝いたいとは思っている。なので毎日コツコツと……。
「はい。文章の書き出しは良くなってきました。……こことここ、スペルが間違っていますね。計算は問題なし。むしろなぜこちらは好調なんでしょう?」
ルクウストさんが首を傾げているけど、それは日本で四則演算を勉強していたからです。今出されていた問題は桁数が多いだけで、メインは足し引きの単純計算だったし。
この世界が十進法なのはコッレルモ村でも気付いていた。それに、数字や貨幣は村でも使っていたから、そういう面でも文法とは進捗に差が出るんだろう。
「この後はどうされますか?」
「ティモさんと花壇の手入れをする約束をしているので、そちらにいます」
「かしこまりました。今日は少々暑いので、休憩は充分に取られてくださいね。時間を見てお茶をお持ちいたしましょう」
机に出していた黒板を片しながら「ありがとうございます」と答えた。
俺の生活サイクルは、朝食を食べたらリューセントさんのお見送り、その後に朝の勉強。それからお屋敷で働く皆さんのお手伝いをして、お昼にエレナさんやルクウストさんと一緒に昼食を取る。ランチにおけるヒルダさん、カティさん、ティモさんの参加率は半々といったところ……まぁ上司と一緒にというのが息苦しいのもわかる。そのあたり、ここは強制ではないようだ。
午後はどこかに出掛けて良いと言われているけど、土地勘もないから部屋で勉強の復習をしたり本を読んだりして過ごす。そしてリューセントさんが早番の時は一緒に夕食を摂って就寝……かな。
帰りが遅くなる時は部下の人が連絡をしに来てくれるから、そういう時はサッサとご飯を食べることにしている。薄情者と言うなかれ。前に食べないで待っていたら夜中になってしまって、リューセントさんが「ちゃんと食べて! 私のことは気にせず、規則正しく生活をして!」と泣いてしまったから。ついでに「折角ちょっと丸くなってきたのに!」とまで言わたから、思わずお腹のお肉を確認したよ。
「ティモさん、お待たせしました! ……あれ? ヒルダさん??」
「待ってないから大丈夫。ヒルダは苗を買ったから、俺たちの横で鉢替えをやりたいって」
「さすがにここに植える訳にはいかないからね。ちゃんと鉢も買ってきたの。見てみて、可愛いでしょ?」
ヒルダさんが見せてくれたのは女性らしいピンクの鉢。蔦模様がぐるりと一周していて、一色だけどデザイン性があるタイプだった。小ぶりだし、自室の窓辺にも置けると思う。買ってきた苗というのはまだ葉っぱだけだ。
「これ、イチゴですか?」
「そう! さすがアシャンね。このイチゴ、普通は白い花を咲かせるけど薄紫色なんですって」
「へぇ?」
出来上がった実がどんな色になるのか、非常に気になる。
「綺麗に咲かせたら恋が実るって、王都の女の子に人気らしいよ。ヒルダ、そんな相手いるの?」
「……いないわよ。っていうか、あわよくばと思っていた相手からの失恋まっただ中よ」
そう言いながら俺のほうをじとりと見てきて、思わず首を傾げてしまった。そんなヒルダさんの横で、ティモさんは「やれやれ」とため息をついている。
「別にアシャンに対してどうこうは思ってないけどね。だって、あんなに遊んでいた旦那様が……」
「ヒルダ、それは言っちゃ駄目。しかもその話ってめっちゃ前の話だろ? 俺らがまだ十歳くらいの」
「そうよ。そんなに前の話よ! でも諦めきれなかったのよ!!」
ヒルダさんとティモさんが二十一歳、カティさんは二十五歳だと聞いた。かしこまった口調は早々に止めてもらって、今ではルクウストさんだけが丁寧な口調で応対してくれるのみ。それも止めて欲しかったけど眉を下げて「ご容赦ください」と言われてしまったから、それ以上は強く言えなかった。
この二人は特に歳も近いからということで、結構明け透けな話もしてくれる。
「十年くらい前は、リューセントさんも遊んでいたんですね」
その遊びが駆けっこや鬼ごっこじゃないことくらいはわかっている。
ぶっちゃけて言えば夜の遊びだろう。
王都の騎士隊、本人も言っていたけどその仕事は多岐に渡る。しかも三交代制で夜勤だってある。早番、遅番、夜勤、そして休み。基本はこのルーティーンの繰り返しだけど、リューセントさんは分隊長ということもあって通常業務の他に事務作業も加わるから拘束時間も長い。
日本のような残業代もないしね。あ、分隊長っていうのはこの国では〝班長〟くらいで、直属の部下が六人いるらしい。隊長ってつくけど、本当の隊長はもっと上の役職だって。
そしてリューセントさん以外は事務仕事が壊滅的とのこと。俺は事務作業は結構好きだから、部外者が見ても良いような書類なら手伝いたいとは思っている。なので毎日コツコツと……。
「はい。文章の書き出しは良くなってきました。……こことここ、スペルが間違っていますね。計算は問題なし。むしろなぜこちらは好調なんでしょう?」
ルクウストさんが首を傾げているけど、それは日本で四則演算を勉強していたからです。今出されていた問題は桁数が多いだけで、メインは足し引きの単純計算だったし。
この世界が十進法なのはコッレルモ村でも気付いていた。それに、数字や貨幣は村でも使っていたから、そういう面でも文法とは進捗に差が出るんだろう。
「この後はどうされますか?」
「ティモさんと花壇の手入れをする約束をしているので、そちらにいます」
「かしこまりました。今日は少々暑いので、休憩は充分に取られてくださいね。時間を見てお茶をお持ちいたしましょう」
机に出していた黒板を片しながら「ありがとうございます」と答えた。
俺の生活サイクルは、朝食を食べたらリューセントさんのお見送り、その後に朝の勉強。それからお屋敷で働く皆さんのお手伝いをして、お昼にエレナさんやルクウストさんと一緒に昼食を取る。ランチにおけるヒルダさん、カティさん、ティモさんの参加率は半々といったところ……まぁ上司と一緒にというのが息苦しいのもわかる。そのあたり、ここは強制ではないようだ。
午後はどこかに出掛けて良いと言われているけど、土地勘もないから部屋で勉強の復習をしたり本を読んだりして過ごす。そしてリューセントさんが早番の時は一緒に夕食を摂って就寝……かな。
帰りが遅くなる時は部下の人が連絡をしに来てくれるから、そういう時はサッサとご飯を食べることにしている。薄情者と言うなかれ。前に食べないで待っていたら夜中になってしまって、リューセントさんが「ちゃんと食べて! 私のことは気にせず、規則正しく生活をして!」と泣いてしまったから。ついでに「折角ちょっと丸くなってきたのに!」とまで言わたから、思わずお腹のお肉を確認したよ。
「ティモさん、お待たせしました! ……あれ? ヒルダさん??」
「待ってないから大丈夫。ヒルダは苗を買ったから、俺たちの横で鉢替えをやりたいって」
「さすがにここに植える訳にはいかないからね。ちゃんと鉢も買ってきたの。見てみて、可愛いでしょ?」
ヒルダさんが見せてくれたのは女性らしいピンクの鉢。蔦模様がぐるりと一周していて、一色だけどデザイン性があるタイプだった。小ぶりだし、自室の窓辺にも置けると思う。買ってきた苗というのはまだ葉っぱだけだ。
「これ、イチゴですか?」
「そう! さすがアシャンね。このイチゴ、普通は白い花を咲かせるけど薄紫色なんですって」
「へぇ?」
出来上がった実がどんな色になるのか、非常に気になる。
「綺麗に咲かせたら恋が実るって、王都の女の子に人気らしいよ。ヒルダ、そんな相手いるの?」
「……いないわよ。っていうか、あわよくばと思っていた相手からの失恋まっただ中よ」
そう言いながら俺のほうをじとりと見てきて、思わず首を傾げてしまった。そんなヒルダさんの横で、ティモさんは「やれやれ」とため息をついている。
「別にアシャンに対してどうこうは思ってないけどね。だって、あんなに遊んでいた旦那様が……」
「ヒルダ、それは言っちゃ駄目。しかもその話ってめっちゃ前の話だろ? 俺らがまだ十歳くらいの」
「そうよ。そんなに前の話よ! でも諦めきれなかったのよ!!」
ヒルダさんとティモさんが二十一歳、カティさんは二十五歳だと聞いた。かしこまった口調は早々に止めてもらって、今ではルクウストさんだけが丁寧な口調で応対してくれるのみ。それも止めて欲しかったけど眉を下げて「ご容赦ください」と言われてしまったから、それ以上は強く言えなかった。
この二人は特に歳も近いからということで、結構明け透けな話もしてくれる。
「十年くらい前は、リューセントさんも遊んでいたんですね」
その遊びが駆けっこや鬼ごっこじゃないことくらいはわかっている。
ぶっちゃけて言えば夜の遊びだろう。
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