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つまり身売り?
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廊下の奥からゾロゾロと――といっても他には女性二人と男性一人だから人数は少ない――出て来て、エイラさんの横に並んだ。そして一斉に「おかえりなさいませ」と言いながら頭を下げた。
「ただいま、皆。……こちらの話は聞いていたね? この子はアシャンだ。今日からこの家に住むことになった」
「え、えっと……コッレルモ村から来ました、アシャンです。よろしくお願いします」
「先ほど声を掛けてきたのはエイラ、メイド長をしている。メイドのヒルダとカティ、庭師のティモだ」
そして執事のルクウストさんの総勢五人。貴族の家ってもっと人がいるイメージがあったけど、ここは小さいお屋敷だからこれで充分らしい。俺の実家のほうが人が多いよ。
元々は全員リューセントさんのご実家に勤めていたらしく、独り立ちにあたって一緒に来たそうだ。だからみんな顔なじみで、ヒルダさんとティモさんは小さい頃からの幼なじみ。ヒルダさんはエイラさんの娘で、ティモさんは本邸の庭師をされている人がお父さんとのこと。
結構、縁故雇用ってあるんだな。そして全員が俺より身長高いのはなんでかな。
「アシャンさま、何かありましたらお気軽にお声がけくださいね?」
「いや! それはっ……それは、ちょっと……むり…………」
その前に〝さま〟を付けて呼ばれているのも無理。ピカピカのお屋敷に俺みたいな田舎者が立っているのだって足が震えるのに、それで恭しくされるなんて……。
「アシャン?」
「すみませ……ちょっと、めまいが……」
精神的なものだろうけど、クラッとしてしまう。少し休めば治るやつだと思うけど、このお屋敷で休むのはちょっと無理かなと考えている俺を置いてけぼりにして「すぐ使える部屋は」「ひとまず応接室に」「掛け物を持ってきます」なんて会話が繰り広げられている。
「あの、ほんと……お気になさらず。えっと、少しだけお庭に出てもいいですか?」
そう言った途端にリューセントさんが俺を抱き上げて、廊下をズンズンと歩き出す。
玄関から外に出るのが一番近いのに? と思っていると、一番奥の部屋が屋根付きのテラスに繋がっていた。そこに置かれたカウチに優しく降ろされ、目元を手のひらで覆われる。
「熱はない……みたいだね。少し疲れが出たんだろう。――エイラ、こっちにお茶と軽食を用意して。皆は自由にし
ていい。あぁでも、風呂の用意とアシャンの部屋の準備だけは頼む」
「かしこまりました」
お風呂あるんだ。
実家……というか、うちの村にそんなものはなかった。基本的に川や井戸の水を浴びるか、手ぬぐいを濡らして拭くくらい。俺はなるべくお湯を沸かして清拭していたけど。
そういえば昨夜の宿屋にはシャワールームみたいなのがあった。タイル張りに大人二人が立てるくらいの省スペースで、宿屋の人へ言えばそこに置かれた盥にお湯を張ってくれたんだ。なので着いてすぐに体を清めたし、二回戦の後にも使わせてもらった。
あれがなかったら、色々と大変だっただろうな。
「びっくり、したんです……」
「うん?」
目を閉じたまま、風の動きや木々のざわめきを感じながらポツリと呟いた。
小さな声だったのに、リューセントさんはそれをちゃんと拾ってくれる。それに少しだけ勇気をもらって、途切れがちに今の気持ちを言葉にする。
「俺のいた村って、ほんと田舎で……こんな立派なおうちはなかったし、周りのおうちも凄いし……っていうか王都自体、人がいっぱいいるし……」
リューセントさんの屋敷があるあたりは閑静な住宅街って感じだけど、宿の周りは人通りが凄かった。
昨日はあそこに辿り着くだけでもかなり疲弊したし、そこからこのエリアまで移動するのも疲弊した。牧歌的な村に比べたらさすが王都って感じで、建物はみっちり建ってるし人は多いし、うっかりしていると馬車に轢かれそうになる。
リューセントさんが手を繋いでくれていなかったら、迷子になっていたかもしれない。
「田舎じゃろくな仕事もないし、王都に出たらなにか出来るかな~なんて思っていたんですけど……」
「アシャン、文字は書ける?」
「文字……」
簡単な単語はわかる。でも書くことなんてなかったから、もっぱら読むだけ……田舎ではそれでもなんとかなっていたけど、たぶんここじゃ通用しない。
「仕事に就くことからして出来ないんですね、俺」
肉体労働ならなんとかなる、なんてもう言えない。だってそういう仕事をしている人は筋骨隆々で、背丈も横幅も俺とは段違いだった。
俺だってまだ成長期なはずだから、いつかはそんな肉体を手に入れられるかもしれないけど……その前に倒れる可能性が高い。
「……アシャンが気後れするというなら〝運命〟のことは考えなくてもいい。でも折角繋がった縁だから、きみが王都に慣れるまではここに住んだら良いんじゃないかな?」
「それはちょっと、お人好しが過ぎるんじゃないですか?」
「もちろん下心はあるよ? あるけど……騎士隊の仕事には王都の警備や人捜し、迷子の保護などの業務も含まれる。その職務の一環として、と言えば少しは甘えられないかな?」
下心、あるんだ。
でもやることやっておいて「ない」と言われるよりは気楽かもしれない。
「ここで勉強をしながら出来ることを探していけば良いよ。この家のことをしてくれるなら、少しだけどお給金も出そう」
「見返りは……?」
「まぁそれなりに。でも私としてはこの家にアシャンがいてくれるだけで良いんだ。これは本当だよ」
薄目を開けてリューセントさんの様子をうかがうと、その目元にチュッとキスをされた。たぶん、これが見返りなんだろうな。
「つまり身売り」
「アシャンも気持ちがいいことは好きだろう?」
なんとも返答に困る言葉を投げかけられたタイミングで、エイラさんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
やり取りはそれでうやむやとなり、俺がリューセントさんのお屋敷でお世話になることは決定となった。
「ただいま、皆。……こちらの話は聞いていたね? この子はアシャンだ。今日からこの家に住むことになった」
「え、えっと……コッレルモ村から来ました、アシャンです。よろしくお願いします」
「先ほど声を掛けてきたのはエイラ、メイド長をしている。メイドのヒルダとカティ、庭師のティモだ」
そして執事のルクウストさんの総勢五人。貴族の家ってもっと人がいるイメージがあったけど、ここは小さいお屋敷だからこれで充分らしい。俺の実家のほうが人が多いよ。
元々は全員リューセントさんのご実家に勤めていたらしく、独り立ちにあたって一緒に来たそうだ。だからみんな顔なじみで、ヒルダさんとティモさんは小さい頃からの幼なじみ。ヒルダさんはエイラさんの娘で、ティモさんは本邸の庭師をされている人がお父さんとのこと。
結構、縁故雇用ってあるんだな。そして全員が俺より身長高いのはなんでかな。
「アシャンさま、何かありましたらお気軽にお声がけくださいね?」
「いや! それはっ……それは、ちょっと……むり…………」
その前に〝さま〟を付けて呼ばれているのも無理。ピカピカのお屋敷に俺みたいな田舎者が立っているのだって足が震えるのに、それで恭しくされるなんて……。
「アシャン?」
「すみませ……ちょっと、めまいが……」
精神的なものだろうけど、クラッとしてしまう。少し休めば治るやつだと思うけど、このお屋敷で休むのはちょっと無理かなと考えている俺を置いてけぼりにして「すぐ使える部屋は」「ひとまず応接室に」「掛け物を持ってきます」なんて会話が繰り広げられている。
「あの、ほんと……お気になさらず。えっと、少しだけお庭に出てもいいですか?」
そう言った途端にリューセントさんが俺を抱き上げて、廊下をズンズンと歩き出す。
玄関から外に出るのが一番近いのに? と思っていると、一番奥の部屋が屋根付きのテラスに繋がっていた。そこに置かれたカウチに優しく降ろされ、目元を手のひらで覆われる。
「熱はない……みたいだね。少し疲れが出たんだろう。――エイラ、こっちにお茶と軽食を用意して。皆は自由にし
ていい。あぁでも、風呂の用意とアシャンの部屋の準備だけは頼む」
「かしこまりました」
お風呂あるんだ。
実家……というか、うちの村にそんなものはなかった。基本的に川や井戸の水を浴びるか、手ぬぐいを濡らして拭くくらい。俺はなるべくお湯を沸かして清拭していたけど。
そういえば昨夜の宿屋にはシャワールームみたいなのがあった。タイル張りに大人二人が立てるくらいの省スペースで、宿屋の人へ言えばそこに置かれた盥にお湯を張ってくれたんだ。なので着いてすぐに体を清めたし、二回戦の後にも使わせてもらった。
あれがなかったら、色々と大変だっただろうな。
「びっくり、したんです……」
「うん?」
目を閉じたまま、風の動きや木々のざわめきを感じながらポツリと呟いた。
小さな声だったのに、リューセントさんはそれをちゃんと拾ってくれる。それに少しだけ勇気をもらって、途切れがちに今の気持ちを言葉にする。
「俺のいた村って、ほんと田舎で……こんな立派なおうちはなかったし、周りのおうちも凄いし……っていうか王都自体、人がいっぱいいるし……」
リューセントさんの屋敷があるあたりは閑静な住宅街って感じだけど、宿の周りは人通りが凄かった。
昨日はあそこに辿り着くだけでもかなり疲弊したし、そこからこのエリアまで移動するのも疲弊した。牧歌的な村に比べたらさすが王都って感じで、建物はみっちり建ってるし人は多いし、うっかりしていると馬車に轢かれそうになる。
リューセントさんが手を繋いでくれていなかったら、迷子になっていたかもしれない。
「田舎じゃろくな仕事もないし、王都に出たらなにか出来るかな~なんて思っていたんですけど……」
「アシャン、文字は書ける?」
「文字……」
簡単な単語はわかる。でも書くことなんてなかったから、もっぱら読むだけ……田舎ではそれでもなんとかなっていたけど、たぶんここじゃ通用しない。
「仕事に就くことからして出来ないんですね、俺」
肉体労働ならなんとかなる、なんてもう言えない。だってそういう仕事をしている人は筋骨隆々で、背丈も横幅も俺とは段違いだった。
俺だってまだ成長期なはずだから、いつかはそんな肉体を手に入れられるかもしれないけど……その前に倒れる可能性が高い。
「……アシャンが気後れするというなら〝運命〟のことは考えなくてもいい。でも折角繋がった縁だから、きみが王都に慣れるまではここに住んだら良いんじゃないかな?」
「それはちょっと、お人好しが過ぎるんじゃないですか?」
「もちろん下心はあるよ? あるけど……騎士隊の仕事には王都の警備や人捜し、迷子の保護などの業務も含まれる。その職務の一環として、と言えば少しは甘えられないかな?」
下心、あるんだ。
でもやることやっておいて「ない」と言われるよりは気楽かもしれない。
「ここで勉強をしながら出来ることを探していけば良いよ。この家のことをしてくれるなら、少しだけどお給金も出そう」
「見返りは……?」
「まぁそれなりに。でも私としてはこの家にアシャンがいてくれるだけで良いんだ。これは本当だよ」
薄目を開けてリューセントさんの様子をうかがうと、その目元にチュッとキスをされた。たぶん、これが見返りなんだろうな。
「つまり身売り」
「アシャンも気持ちがいいことは好きだろう?」
なんとも返答に困る言葉を投げかけられたタイミングで、エイラさんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
やり取りはそれでうやむやとなり、俺がリューセントさんのお屋敷でお世話になることは決定となった。
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