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どなたですか?
しおりを挟む一夜の過ち――とは。
日暮れから翌朝までの間になんらかの間違いを起こすこと。
一般的には、恋人や夫婦の関係ではない二人が一線を越えてしまうこと。
平々凡々な農家の五男として生まれ、アシャンと名付けられた俺には前世の記憶がある。こことは違う地球という星の、日本という国で、これまた平々凡々に生きた記憶だ。その頃から色恋沙汰とは縁遠く草食系男子と言われるような人間。女の子は好きだったけどその先なんて考えられず、大事に大事に……童貞を守り切って死んだ、んだと思う。
生まれ変わった先がファンタジーな異世界――とはいっても生まれたところが田舎過ぎて、古めかしい中世ヨーロッパくらいの世界観でしかない――であっても、その草食系な気質は変わらなかった。そして〝奥ゆかしい〟なんて言葉がある日本とは正反対な、ありていに言えば秘め事がフルオープンな世界では「こいつ、色々と死んでるから」とまで言われている絶食系男子へと進化した。
いやだって、付き合う付き合わないの前に体の関係があるんだもの。それはセフレというのでは? とドン引きしたのは十歳になるかならないかの頃……精通があれば近所のお兄さんやお姉さんが嬉々として手ほどきをするなんて、それはなんのエロ漫画ですか。無料広告でそういうの見たことがあるよ! 一応、皆さん拒否すれば止めてくれる優しさはあるけど。
村を歩けば納屋や木陰でうごめく影。日が落ちればすることなんて一つで、部屋数も少ないのに両親がギシギシとベッドを揺らした。兄も姉も、それが普通だと思っているから爆睡しているし、翌朝には「今度は妹が良いな」なんて言う始末。エンゲル係数って言葉は知っていますか? 結果として、そんな異世界の恋愛や性愛の事情から遠ざかっても仕方ないだろう。
五男の下に六男七男八男、ついでに妹も四女五女……兄姉弟妹を俺を含めて数えたら十三人に、プラス両親で十五人家族。下手をしたらさらに増えそうな家庭環境、ついでに五男だなんて将来性もない立場……ならばいっそ、都会に出てみれば俺にだって出来るなにかがあるんじゃないかと考えた。ついでに故郷に錦を飾れたら万々歳。
そうして成人である十八歳の日を旅立ちに――と、思っていた。のに。
「やっちゃったぁ……」
ズッキンズッキンとあらぬ箇所が痛む。全身はこれまた見事に筋肉痛。農家出身ということでそれなりに体力はあるはずだけど、それでもまとわりつく倦怠感。
王都までは馬車を使って半月――ようやくたどり着いて押さえた宿の一室で俺は途方に暮れた。えーと……昨夜はこの部屋の下にある食堂でご飯を食べて、それで……どうしたんだったか。
「ん……」
横でなにか聞こえた。いや、気付いてはいたんだ。横になにかいるなと……それで痛むところがあそこって、つまりはまぁ、そういうこと?
寝たまんま、なんとか顔を横に動かすと至近距離で健やかに寝ている……成人男性がいた。うん、男だ。掛け布からチラリと見える鎖骨と胸板はセクシーなんだろうが、そんなセクシー男性に抱き込まれているとはこれ如何に。
しかも俺の腰あたりに熱いモノが触れている。
ふにっとしてて、もさっとしてて、ちょっと硬い。
ギシギシときしむ体を叱咤してその熱源から離れようとするのに、寝ている相手はその分だけ距離を詰めてくる。俺は壁側に寝ているからすぐに追い詰められた。
「う、んん……逃げないで……」
「逃げさせてぇえ!!」
寝言に言葉を返したら駄目だと言うけど思わず叫んだ。その叫び声に、男のまぶたがぼんやりと開く。
数回パチパチと瞬きをして、半泣きの俺に気付いてふにゃりと笑う。思わず「綺麗」と口走りそうになって、下唇を噛みしめた。
いやだって、寝ていた時の顔立ちからわかってたけどめっちゃ美形! めっちゃ男前!!
「アシャン、体は大丈夫? なんでそんな狭いところにいるの?」
「う……ううぅ……」
「それに、そんなに唇を噛んだら血が出るよ? 昨夜のアシャンもよく唇を噛んでいたけど……ほら、おくちを開けて?」
無理です無茶ですと、言えれば良かった。
でも絵にも描けない美しさとばかりの美貌を前にして、俺は混乱していた。顔が熱い。心臓が破裂しそう。
じわりと滲む血の味だけが、今を現実だと教えてくれた。
「アシャン? ねぇ、大丈夫?」
王都の中でも安宿の、煤けた漆(しつ)喰(くい)や褪(あ)せた木枠に嵌まる曇ったガラス窓が見えるはずなのに……男の背景として映るそれはキラキラと光り輝いている。というか、男自体が発光しているように俺の目には映っていた。
艶のある金髪に、目だって綺麗なビー玉のように透明感のある水色だ。
もちろん、その肌にはニキビ痕なんてものはなく、王子様と言われてもしっくりきてしまうようなご尊顔。そんな人がこっちを見て、なおかつ俺の勘違いでなければ 〝愛おしい〟とでも言いそうな表情を浮かべている。
いや、ちょっと待って。なんで?
「あにょ……」
「うん?」
「あ、あの……どちらさま、ですか?」
同衾しておいて言うことではないが、この人が誰だかわからない。田舎から出て来た上京ボーイが、その初日に出会う人物とは思えなかった。
俺なんてザ・芋と形容するしかない風貌なんだ。つぶらな瞳と言えばかわいらしく聞こえても、実際のところは奥二重に埋め込まれた石ころだし……ニキビ痕は少ないけど代わりにそばかすが浮いている。前世の感覚で清潔感は気にしていても、髪は自分で適当に切っているざんばらヘアー。
こんなのが、王子様と、一夜の過ち?
「いやいや、ないない。絶対にない!」
体をむしばむ筋肉痛と怠さはあれだ。昨日、王都の閉門時刻ギリギリになって半泣きになりながら走ったせいだ。馬車の停車場が門の外なんて酷すぎる。
あらぬところの痛みはきっと、かねてから内部に隠れていたアイツが火を噴いたに違いない。全く自覚がなくても進行していることがある、漢字で書いたら〝寺の病〟ってやつ。この世界に寺はないけど。
あと、あと……お互いに裸で寝ているのはきっと、うん、あちらさんが裸族なんだろう。俺も王都に到着した開放感で一時的に宗旨替えをしたのかもしれない。
うん。そういうことだな。
「アシャン? もしかして……」
俺が考え込んでいるうちに、いつの間にか起き上がった男がマウントを取っていた。
すごい、イケメンは下から見上げてもイケメンだ。朝なのに髭なんて生えてないし、もちろん鼻毛も出ていない。ブラボー、イケメン、あんたはすげぇや! いや、王都って場所だしここでは全身脱毛が流行っているのかもしれない。つまり俺もそれをすれば、少しはイケてるメンズに……まぁそんなに毛深くないんだけどさ。髭もポツポツとしか生えてこないし。
「昨夜のこと、忘れてる?」
「へ?」
「お互いに熱い夜を過ごしたと思っていたんだけど、私の思い違いかな? あぁ違うか。アシャンは最後ずっと泣いていたものね。初めてだったし、恥ずかし過ぎて忘れちゃったのかも。ふふ……可愛いねぇ、きみは」
色気マックスな男性に、頬をさらりと撫でられているのはなぜだ。
幻覚だろうけど、キラキラなエフェクトが俺に襲いかかってくるように見える。
「もう一度自己紹介をしようか。私はリューセント・ウォルズ。今年で二十八歳だから、アシャンより十歳年上だ」
「……二番目の兄ちゃんと一緒」
「ん? そうだね。……ふふふ、アシャンは昨夜もそう言って笑っていたな。他には……そうだ、私の名前や家名に聞き覚えは?」
「リューセントさん……ない、です。家名があるってことは、なんとなく偉いところのおうちなんだろうなぁとは思いますけど」
家名持ちはイコールで、貴族やそれに準ずる家系を指す。
田舎だったら親の名前で判断する――俺の場合は父親の名前〝ルド〟を使って、「ルドのところのアシャン」と呼ばれる――し、土地から離れたら地元の村や町の名前を姓の代わりに使う。俺が住んでいたところは〝コッレルモ〟という村だったので、もし名乗るなら「コッレルモ村のアシャンです」となる。
「うん。この王都で騎士隊の分隊長をしているよ」
「はぁあ……すごいんですねぇ……」
田舎者でも王都の騎士隊が凄いってことはわかる。分隊長だって、前世のように考えれば係長あたりだろう。年齢的には順当かもしれないが、実力が伴ってなければまだ早いとも言える。
それでもってこの美貌持ち。
この人、このまま騎士隊長にでもなったら大変なことになるんじゃないだろうか。
「あぁ、もう! アシャンは可愛いなぁ! 昨夜と同じ気持ちをまた味わえるなんて、きみはなんて素敵なんだろう!」
「え? わわっ、……ひゃん?!」
ぼけっと会話を続けていた俺が悪いんだけど、取られていたマウントから抜け出すのが遅かった。
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