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風の向かう先
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山のてっぺんで雲が風によってグルグルと渦を巻いてるのが見えた。そしてブワッと風が止んだ途端に霧雨がシャワーのように降ってくる。雨によって閉じた目を開けた時には――
『虹だぁ……』
二重の虹なんて目じゃない。何本も山を中心に、クルクルと出ては消えて消えては出てってしてる。
「これね、原始の歌よ。神々が降り立ったときの光景とされているの」
「歌として譜面が残っている訳ではなく、王として自然に覚えるそうです」
最後は山の上から光が降りてきて、祭壇からこぼれ落ちるようにして消えていった。そのまま音が余韻を残して消えていく。
(あぁ、器ってそういう意味か)
光を受け止めて、満ちて、溢れさせて、循環させていく……そんな光景だった。その光も器に呼応しているんだ。うん? つまり、兄貴がいない間って循環が全くされていなくて結構ヤバかったんじゃないかな。二年って期間がどの程度影響してくるのかわからないけど。
「ん? あー……結構ヤバかったと思うぞ。このあたりはマシでも、あっちがなぁ……」
いつの間にか祭壇から降りてきていた兄貴がそう言いながら見つめていたのは、ずっとずっと遠くだった。多分見えていないとは思うけど、その方向に何があるんだろう。
「スリダニアですか……あちらは国民感情もかなり悪く、諸々酷かったでしょうね」
「上の人間は騒ぐだけだが、下のやつらがなぁ……やりきれん。かといって援助を送っても、上だけに届くようなら送る意味もなし」
「拒否される可能性のほうが高いでしょう。なんせ彼らは人至上主義ですから」
「陛下、スリダニアのことでお伝えしたいことが。……多分、カーライルはあちらにおります」
俺がヤーミルくんで連れ去られた時、そっちの方向に飛んでったらしいよ。それはアデラールさんも確認済み。残念ながら俺があの時降り立ったのがそこなのかはわからないけど、可能性は高いらしい。
スリダニアはジュードさんのいう通り、人至上主義の国で獣人の数が凄く少ない。その少ない獣人はほぼ奴隷扱い。国としても結構孤立していて、でもそれは他国が野蛮で自国の崇高な思想を理解しないのが悪いとかなんとか……うーん。なまじっか、自国で鉱石とかが取れるからなんとかなっていたらしいんだけどね。兄貴がいなくなったことで、綻びが出ているだろうって話。
セルトさんは一、二歳くらいだったから覚えていないけど、元々はそのスリダニア生まれ。カーライルさん側に過去の因縁があるなら、多分そこだろうと兄貴たちは予想している。
『っていうか、よく子供二人でこの国にまで来れたよね。遠いんでしょう? セルトさんの四つ上でも、カーライルさんだって子供じゃん』
「ここに向かう移住者と一緒に来ていたな。そいつらは今もここで暮らしてるぞ。……合流する前のことは、そいつらも知らんらしい」
よくそれで受け入れたねって言ったら、「確かにな」だって。一応救護院みたいな場所はこの国にもあって、そこで一定期間過ごす決まりにはなっているらしい。悪い人間じゃないか確認して、その人が本当にここで暮らすことになって後悔しないかも確認して、双方に問題がなければ移住決定。一応、移住にあたって保証金みたいなのも必要になるから、後で「やっぱり合わなかった」とならないようにお試し期間で判断するんだってさ。
「ま。この国に番がいると期間は短くなるけどな」
『……忖度』
「しゃーねぇだろ。番が第一な習性なんだから」
年齢にもよるけど、出会ってしまった番と離れているのはやっぱり不安定になるらしい。それでバーサーカーになることはないけどね。だから人柄とかに問題ないなら早めに一緒に暮らしとけとなる方針だそうな。出会った場合はなので、まだ出会っていないジュードさんは特に問題はないみたい。まぁ……そうじゃなければ獣人全体が大変なことになるもんね。
『ん? ってことは、俺がもし向こうに帰ったらセルトさんヤバいんじゃない?』
「そこは考えなくていいんだよ。お前は自分のことだけ考えとけ。……親父たちも心配だしな。俺って存在が全くなかったことになっていれば良いが、そうじゃなければ子供二人とも行方不明だぞ?」
『……そうだけどさぁ』
そうなんだけどさぁ。……なんでこんなに悩むんだろ。父ちゃんと母ちゃんのことはもちろん心配なんだけどさ。兄貴のいう通り子供が二人とも行方不明だなんて辛すぎる。でも、それとは別にセルトさんのことも気になるんだよ。たった一人の家族を失って……はいないけど中々にヘビーな状況で、世界に一人だけの番なんて存在がまさかの異世界人とか……控えめに言っても地獄じゃん。
「ケント。なんらかの理由で一緒に生きられない番同士もいる。異なる世界でも、ケントが健やかに過ごしてくれるなら構わない」
(と、言いつつ俺の服の端っこをぎゅっと握っているんだよなぁ……この人)
朝も「無理強いはしたくない」って言ってたし、多分どっちも本音なんだろうな。
俺だって悩むもん。いま「帰れるよ!」ってなっても、「ちょっと待って!!」って言うと思う。だって兄貴とカーライルさんのあれこれも中途半端だし、セルトさんとだってもっと一緒にいたい。お別れする時は〝めでたしめでたし〟が良いよね。理想論だけど。
「良いのよ。さっきも言ったけど、ケントくんは自由にしていて?」
「そうですよ。天秤なんて、動く時には大きく動くんです。それまで停滞していても、ね。――さぁ、陛下もそろそろ帰りますよ」
「俺はヤーミルと少し飛んでから帰るわ。お前ら先に帰れ」
いつものことなのか、兄貴が勝手を言ってもジュードさんもレフカさんも何も言わない。遅くならないようにだけ言って、さっさと下山してしまった。そして兄貴……マジで手綱なしで飛んでったよ。そういうことをするから、ヤーミルくんが俺のことを鞍なし・手綱なし状態で乗せたんだよ!
「帰らないのか?」
なんとなく二人についていかなかった俺を見て、セルトさんがそう聞いてくれた。それに首を振って、怖くない程度に広場の端っこまで歩いてみる。
『落ちませんよ?』
危なっかしかったのか、セルトさんに背後から抱きしめられてしまった。キスしていないから言葉は通じないけど、なんとなく同じことを考えていそうだな。
背中にセルトさんの体温を感じながら、虹の消えてしまった空を暫く眺めていた。
――――――――――
昨日は更新が出来なくて申し訳ありませんでした。
いつもお読み下さりありがとうございます。
『虹だぁ……』
二重の虹なんて目じゃない。何本も山を中心に、クルクルと出ては消えて消えては出てってしてる。
「これね、原始の歌よ。神々が降り立ったときの光景とされているの」
「歌として譜面が残っている訳ではなく、王として自然に覚えるそうです」
最後は山の上から光が降りてきて、祭壇からこぼれ落ちるようにして消えていった。そのまま音が余韻を残して消えていく。
(あぁ、器ってそういう意味か)
光を受け止めて、満ちて、溢れさせて、循環させていく……そんな光景だった。その光も器に呼応しているんだ。うん? つまり、兄貴がいない間って循環が全くされていなくて結構ヤバかったんじゃないかな。二年って期間がどの程度影響してくるのかわからないけど。
「ん? あー……結構ヤバかったと思うぞ。このあたりはマシでも、あっちがなぁ……」
いつの間にか祭壇から降りてきていた兄貴がそう言いながら見つめていたのは、ずっとずっと遠くだった。多分見えていないとは思うけど、その方向に何があるんだろう。
「スリダニアですか……あちらは国民感情もかなり悪く、諸々酷かったでしょうね」
「上の人間は騒ぐだけだが、下のやつらがなぁ……やりきれん。かといって援助を送っても、上だけに届くようなら送る意味もなし」
「拒否される可能性のほうが高いでしょう。なんせ彼らは人至上主義ですから」
「陛下、スリダニアのことでお伝えしたいことが。……多分、カーライルはあちらにおります」
俺がヤーミルくんで連れ去られた時、そっちの方向に飛んでったらしいよ。それはアデラールさんも確認済み。残念ながら俺があの時降り立ったのがそこなのかはわからないけど、可能性は高いらしい。
スリダニアはジュードさんのいう通り、人至上主義の国で獣人の数が凄く少ない。その少ない獣人はほぼ奴隷扱い。国としても結構孤立していて、でもそれは他国が野蛮で自国の崇高な思想を理解しないのが悪いとかなんとか……うーん。なまじっか、自国で鉱石とかが取れるからなんとかなっていたらしいんだけどね。兄貴がいなくなったことで、綻びが出ているだろうって話。
セルトさんは一、二歳くらいだったから覚えていないけど、元々はそのスリダニア生まれ。カーライルさん側に過去の因縁があるなら、多分そこだろうと兄貴たちは予想している。
『っていうか、よく子供二人でこの国にまで来れたよね。遠いんでしょう? セルトさんの四つ上でも、カーライルさんだって子供じゃん』
「ここに向かう移住者と一緒に来ていたな。そいつらは今もここで暮らしてるぞ。……合流する前のことは、そいつらも知らんらしい」
よくそれで受け入れたねって言ったら、「確かにな」だって。一応救護院みたいな場所はこの国にもあって、そこで一定期間過ごす決まりにはなっているらしい。悪い人間じゃないか確認して、その人が本当にここで暮らすことになって後悔しないかも確認して、双方に問題がなければ移住決定。一応、移住にあたって保証金みたいなのも必要になるから、後で「やっぱり合わなかった」とならないようにお試し期間で判断するんだってさ。
「ま。この国に番がいると期間は短くなるけどな」
『……忖度』
「しゃーねぇだろ。番が第一な習性なんだから」
年齢にもよるけど、出会ってしまった番と離れているのはやっぱり不安定になるらしい。それでバーサーカーになることはないけどね。だから人柄とかに問題ないなら早めに一緒に暮らしとけとなる方針だそうな。出会った場合はなので、まだ出会っていないジュードさんは特に問題はないみたい。まぁ……そうじゃなければ獣人全体が大変なことになるもんね。
『ん? ってことは、俺がもし向こうに帰ったらセルトさんヤバいんじゃない?』
「そこは考えなくていいんだよ。お前は自分のことだけ考えとけ。……親父たちも心配だしな。俺って存在が全くなかったことになっていれば良いが、そうじゃなければ子供二人とも行方不明だぞ?」
『……そうだけどさぁ』
そうなんだけどさぁ。……なんでこんなに悩むんだろ。父ちゃんと母ちゃんのことはもちろん心配なんだけどさ。兄貴のいう通り子供が二人とも行方不明だなんて辛すぎる。でも、それとは別にセルトさんのことも気になるんだよ。たった一人の家族を失って……はいないけど中々にヘビーな状況で、世界に一人だけの番なんて存在がまさかの異世界人とか……控えめに言っても地獄じゃん。
「ケント。なんらかの理由で一緒に生きられない番同士もいる。異なる世界でも、ケントが健やかに過ごしてくれるなら構わない」
(と、言いつつ俺の服の端っこをぎゅっと握っているんだよなぁ……この人)
朝も「無理強いはしたくない」って言ってたし、多分どっちも本音なんだろうな。
俺だって悩むもん。いま「帰れるよ!」ってなっても、「ちょっと待って!!」って言うと思う。だって兄貴とカーライルさんのあれこれも中途半端だし、セルトさんとだってもっと一緒にいたい。お別れする時は〝めでたしめでたし〟が良いよね。理想論だけど。
「良いのよ。さっきも言ったけど、ケントくんは自由にしていて?」
「そうですよ。天秤なんて、動く時には大きく動くんです。それまで停滞していても、ね。――さぁ、陛下もそろそろ帰りますよ」
「俺はヤーミルと少し飛んでから帰るわ。お前ら先に帰れ」
いつものことなのか、兄貴が勝手を言ってもジュードさんもレフカさんも何も言わない。遅くならないようにだけ言って、さっさと下山してしまった。そして兄貴……マジで手綱なしで飛んでったよ。そういうことをするから、ヤーミルくんが俺のことを鞍なし・手綱なし状態で乗せたんだよ!
「帰らないのか?」
なんとなく二人についていかなかった俺を見て、セルトさんがそう聞いてくれた。それに首を振って、怖くない程度に広場の端っこまで歩いてみる。
『落ちませんよ?』
危なっかしかったのか、セルトさんに背後から抱きしめられてしまった。キスしていないから言葉は通じないけど、なんとなく同じことを考えていそうだな。
背中にセルトさんの体温を感じながら、虹の消えてしまった空を暫く眺めていた。
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昨日は更新が出来なくて申し訳ありませんでした。
いつもお読み下さりありがとうございます。
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