上 下
25 / 57

色気より食い気

しおりを挟む
 着替えて、ご飯をぼっちで食べて(護衛だからってセルトさんは一緒に食べてくれなかった……)、兄貴の仕事部屋? 執務室? の端っこでお勉強タイムです。

「セルト」
「ちゅ、ちゅると!」
「せ・る・と」
「しぇ・う・とぉ!!」

 えー……ダミアンさんが「では、名前から始めますよ」と教えてくれてるんですが、俺の舌が回りません。
 向こうの机で仕事してる兄貴は突っ伏して笑っているし、横で見守ってくれてるセルトさんはほっこりしてる。いや、ほっこりしないでよ。

『うぇー……兄貴ぃ、これインカムみたいにして日本語と変換出来ないの?』
「……アホ言うな。それだって作るの大変なんだぞ」
『でもこれ、全部の〝声〟拾っちゃうよね。さっき[おまえのかーちゃんでーべそ]って聞こえて、何かと思ったよ』

 鳥がね、外で鳴いてたんです。何故か音の外れた感じで[お前の母ちゃんデーベソ]と聞こえた時の俺の気持ちよ……外したら[ピチチ、チチ、チー]って鳴いてました。なんでそれがそのネタになるんだよ。

「聞こえた音を全部変換するでもすげぇだろうが。……まぁ、ちっちぇ頃にお遊びで作ったんだけどな。最初に聞いたのはホルリスの[お、嬢ちゃん良い尻してんなぁ]で、そのまま封印した」

 兄貴と一番仲の良いホルリスだったらしいよ。わっくわくで準備して、わっくわくで装着したら雌のホルリスに向けてのセクハラ発言……それは悲しい。
 これ、近いモノは補聴器になるのかな。周りで聞こえてる音をそのまま日本語に変換してるんだって。特殊な鉱石を加工して、電磁波の膜を耳の周りに張ってると説明された。うん、よくわかんない。俺を探すにあたって日本語翻訳にして何個か作ったけど、それは捜索組が国外持ち出し中。俺が見つかったから順次帰ってくるだろうってさ。複数あればそれぞれ専用の翻訳機に出来るみたいだけど……「変更するの面倒くさいから、お前が言葉を覚えろ」と言われました。うへぇ。

「ふむ……では〝スネンダ〟」
「スネンダ!!」
「……言えましたね。食べ物の名前から覚えていくのが良いかもしれませんね」

 またしても兄貴が「食い気かよ!!」って爆笑してる。いやだって、勢いこんで言ってみたら言えちゃったんだよ。セルトさんごめんなさい、お耳をペタってしないでください。
 その後も食べ物系の名前を何個か教えてもらって、そのたびに復唱……なんてことを繰り返していたらお腹が空いてきた。

「ではここまでにいたしましょう。お腹が鳴りそうなお顔をしておりますからね。――レオルカ様、そろそろあの方もいらっしゃるかと」
「だな。移動すっか」

(そういえば顔見せとかもあるって言ってたんだっけ?)

 誰と会うかは言われてなくて、今の時点でもなんにも説明がない。偉い人だと困る……と思ったけど、この国で一番偉いのは兄貴だった。そして宰相がジュードさん……あれ? もう偉い人には会ってるや。
 お茶会も一緒にって感じらしくて、昨日通された部屋に移動する。すでにジュードさんは席に座っていて、優雅にお茶を飲んでたよ。むしろ貴方が王様みたいです。

「どうですか? 勉強の進捗は」
「あー……食いもんばっかり覚えてる」
「は?」
「どうにもこうにも、セルトってまず言えてねぇからな」
「スネンダ! ラビルー! カリャ! クパイ! チュリュト!!」

 あれ? おかしいな。覚えた単語を連呼したら、ジュードさんがまたしても哀れみの目で見てきたよ。ラビルーはスネンダと同じくらいポピュラーなお肉の名前。カリャは昨日食べたクッキーの中に入っていたやつ。クパイはセルトさんと一緒に屋台で食べたオヤツの名前。結構覚えたでしょ? 褒めてくれても良いんですよ? 最後に〝セルト〟って言ったつもりがおかしな言葉になってたのは目をつむって下さい。

 ジュードさんの哀れみの目から顔を背けていると、ドタドタって音が近付いてきた。

「お、来たな。――レフカ」
「もぉお! ごめんなさいね、子供が寝付かなくって。――初めまして! 可愛い弟くん!」
『?!』

 パッと見、兄貴のそっくりさん。違いといったら色が違うところ? 兄貴は黒いけど、この人は黄色い。あと、声が少し高い。でも見た目は兄貴そのまんま。

『え、ツーピーキャラ? ドッペルゲンガー??』
「こいつはレフカ。じーさんが三兄弟っつったろ? その弟の孫、つまり俺のハトコだよ。それにしちゃあそっくりではあるんだけど」
『え? 兄弟ってオチじゃなくて?』
「こいつ、こんなんだけど女だぞ?」

 兄貴のそっくりさん、レフカさんはまさかの女性でした。よーく見ると確かにって感じはするんだけど、初見だとめっちゃ男の人。あの、ほら、某歌劇団の男役さんみたいな感じ。
 しかもセルトさんがこっそり「アデラールの奥さんだ」って教えてくれて、二度見しちゃったよ。

「てか、子供の寝付きってお前んトコいくつになったんだよ」
「レオルカ、あなた……随分と言葉遣いが悪くなったわね。カーライルが泣くわよ。あぁ、それとウチね、いま五人なのよ。あなたがいなくなった後に双子が産まれたの」
「……それでよく影武者してたな、お前」

 背格好がそっくりだから、兄貴がいない二年間を「王様は生きてますよー元気ですよー」ってアピールしてたんだって。国内ではバレていても、国外では結構通じたらしいよ。髪色は染め粉を使って染めてたらしく、特徴的な尻尾はカバーをつければ大丈夫だったそうな。
 そう。尻尾。兄貴は豹だから全体にフサフサな毛が生えた尻尾なんだけど、レフカさんは途中までは毛が短くて先っぽがポサポサしてる尻尾。なんだっけ、この尻尾。

『レフカさんの獣種って何?』
「ライオン」
『あー……納得した。兄貴がお姉さん言葉で話してるみたいな違和感はちょっとあるけど』

 兄貴が通訳で俺のことを紹介してくれたから、ペコッと頭を下げる。

「まー、本当に黒髪黒目なのね! 可愛いわー、ケントくんはおいくつなのかしら?」

 訂正。やっぱり違和感しかないや。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...