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現在過去未来、それぞれの後悔
閑話~森の賢者~
しおりを挟む「やだわ、こんなおばあちゃんな姿……見られたくなかった」
そう言いながら笑うかつての妻は、やつれこけ床に伏せた時でも美しかった。
ファディーノ・クルス。性別は男。見た目だけで言うなら人族では十代後半。長命な種族にままあることだが、細かな年齢は覚えていない。
五百を超えたあたりで妻に出会い、六百を数えるあたりで子が出来て、そこから二百年くらいの時が経ったから今は八百を過ぎたくらいか。
「なんで僕を呼ばなかったの?」
「……怒っていると思った。怒っていても、来てくれるとは思った。でも、そうね……怖かったのよ。それにイルの結婚もまだだったし、下手に呼んで皇帝に目を付けられても困るし。婚姻の話が出ないこと、何か理由があるんだと思っていたけど……あの姿は私のせい?」
二人の娘であるイルリオナが十二の時、ベルグリッタは去って行った。
いや、それにだって理由はあった。混ざり物と蔑む孫でも何かしらの使い途はあるだろうと公言するような義両親にとって、イルリオナはただの駒。アーディトリア竜皇国の皇帝の番だとは伏せていたが、それが明るみになった時にどうなるか……起こりうる未来を天秤に掛けてベルグリッタは去ったのだ。
それに対して恨みはない。ファディーノだって、同じ天秤で妻を捨て娘を取っただけだから。
「僕のせいでもある……でもきっと、ここから良い方向へ動いていくと思うよ。僕も君も、そう願うしか出来ないのが歯がゆいね」
艶の失せた髪を撫でつけると、ベルグリッタは目を細める。いつもいつも、この時が一番の幸福だったことを思い出した。
「ねぇ。……一つ教えて欲しいんだけど、あいつのことを愛したの?」
まだ目通しはしていない、が尚志の話でヴェルクトリ魔王国王の人となりは理解した。きっと前王の亡霊を滅しようとしただろう。それを命を掛けてまで庇うような必要があったのだろうか。
「やだ、ディーノ……貴方、妬いてるの?」
目を丸くしたベルグリッタを小突けば、クスクスと笑われた。
「信じてもらえないだろうけど、体の関係はなかったわ。……なんと言えば良いのかしらね。愛……は、あったかもしれない。貴方へのものとは違う、なんらかの形の」
「……哀れみではなく?」
「それもあったかもしれないわねぇ……出来の悪い弟みたいな、そんな感じよ」
そう、とファディーノが呟くと、ベルグリッタが力なくその手を握ってきた。好きなようにさせれば、指先に一つのキスを贈られる。
「ヒサシには迷惑を掛けてしまったけど……もうすぐ終わるわ。私がいなくなった後のこと、ディーノに託して良いかしら。イルも心配だし、ヒサシもとっても心配なの」
「まぁ……わかる気がする」
「でしょう? ふふ、陛下もね。……ちょっと行き過ぎるところがあるから」
ヴェルクトリ魔王国の王は、何かしらに熱中というか没頭をすることが多い。固執といっても良いほどだ。先ほど立ち上っていた魔力の揺らぎからして、現王は尚志へ度を超した執着を抱いているように思う。
「親子ってことだけど……」
「ちょっと成り立ちが特殊なのよね。もうディーノったら、あの顔をしているわ。……研究がしたくてしたくて堪らないって顔」
「そうかな?」
確かに色々と聞きたいことが多い。とはいえ、それは様々なことが落ち着いてからで良いだろう。
「愛しているわ、ディーノ。だから……私が死んだ後は、ちゃんと別の人を愛してね?」
「……さて、それはどうかな」
絶対よ、と呟きながら目を閉じたベルグリッタを見つめ、ファディーノは苦く笑った。
ただの森族ならそんな未来もあっただろう。しかしファディーノは獣族との混血だ。そちらによく見られる性質を強く受け継いでいる。
「ハウシャンのこと、僕もとやかく言えないんだよね」
〝唯一〟〝番〟〝運命〟、それらを感じられたのはベルグリッタだけだった。
きっとこの先、恋も愛も自分の身には起こらないだろうと理解している。もしイルリオナが了とすれば孫という愛情の向かう先は出来るかもしれないが、今の段階ではわからない。
「ひとまずは……」
愛する人を死んで尚離そうとしない阿呆をどうするか……ファディーノは今までに蓄えた膨大な知識をまとめるために目を閉じた。
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